第5話神童と不良の対話
七月中旬のある日、暑さが身に染みるようになった頃。全治は日差しを全身に浴びながら、勉学に励んでいた。あれから黒之の陰湿な陰謀は無いが、なぜか上級生の不良に絡まれるようになった。
「自分だけ頭良いからって、調子に乗るなよ!!」
「お前、何でそんな犯行的な目をしているんだ?」
このように因縁をつけられることが多くなった。全治は上級生達がどうしてそんなことをするのか、ずっと疑問を抱いていた。
七月二十四日、一学期の修了式があるこの日に全治は新庄から、「放課後になったら、三年二組に来い。」と呼び出しを受けていた。放課後になり三年二組に行くと、新庄と伝野と山代の三人がいた。そしてその周りを、制服を着崩した上級生が取り囲んでいる。
「来たな、全治・・・。」
「僕に何の用?」
すると山代は全治に、一冊の冊子を投げた。全治がそれを受け取ると、山代は全治に言った。
「これは俺に配られた夏休みの日誌だ、お前にはこれを夏休み中にやってもらおうと思う。」
「後、ついでに俺のも。」
「俺のも。」
新庄と伝野も日誌を渡した、それから他の七人の上級生からも日誌を渡され、全治は合計十冊の日誌を受け取った。
「どうして僕に日誌を渡すの?」
「それはお前に分からせるためだよ、勉強の苦しみというのをな。」
山代が言うと、他の上級生達がゲラゲラ笑いだした。
「校内上位クラスの成績なら、このくらいできるよな?」
「・・・分かった、やるよ。」
全治の言葉に山代達は、一瞬きょとんとした。しかし山代はすぐに、悪い笑みを浮かべた。
「そうか、せいぜい頑張るんだな。」
「あの、一ついいですか?」
「何だ?」
「もし全ての日誌が終わったら、どうすればいいですか?」
「ああ、それはお前が先生に提出しろ。」
「分かりました。」
そう言うと全治は解放された。去り行く全治の背中に、上級生達はゲラゲラ笑いだした。
夏休みになり、全治は勉強に励んだ。あの十冊の日誌の問題は全治の全能な頭脳と、三年生の問題集を購入しそれを参考に、全ての問題を解いた。もちろん自分の夏休みの宿題も全て終わらせた。そして楽しい夏休みも終わり、二学期の始業式が始まったが、全治が十冊の日誌を提出したことでパニックが起きた。全治は三年二組の担任・馬場菊美に問いただされた。
「これ、いつもらったの?」
「終業式の日に呼び出されて、やってくれって渡されました。」
「何で私に言ってくれなかったの?」
「ごめんなさい、断れなくて・・・。」
「まあいいわ、山代達の事は私に任せて。戻っていいわよ。」
その後始業式はスムーズに終わった。山代を含む十人の生徒達は全治に日誌を丸投げした罰として、補習をさせられた。そしてこの事は生徒達の間に広まり、全治の武勇伝になった。そしてそれから十日後、全治は放課後に馬場に呼び出された。
「何ですか?」
「下級生のあなたにこんなお願いをするのは、自分でもみっともないと分かってるけど、私と一緒に山代達の補習を見てくれない?」
「え・・・・いいけど、何かあったの?」
「それが全然補習が進まなくて困っているの、山代達は私に反発するし、これから体育祭と文化祭があるから、山代達にも早く取り組んでもらいたいの。」
「分かりました、それでいつからやります?」
「早速、今日から頼むわ。」
そして下校の時間、全治は馬場と一緒に三年二組の教室に入った。
「あっ!!全治、てめえどうしてくれるんだ!!」
「そうだそうだ、よくもこんな目に合わさせてくれたな!!」
「今から廊下に出ろ、ぶちのめしてやる!!」
早速強烈なブーイングが全治に飛んできたが、山代の「静かに!!」の一喝に山代達は黙った。
「えー、今日から全治君に補習を手伝ってもらう事にしました。」
「今日からよろしくお願いします。」
全治がお辞儀をすると、山代達が笑い出した。
「は?わけわかんねえ、こりゃババアも年だな。」
「学校でて老人ホームに入ったら?」
「そうだそうだ!!」
山代達が喚くと、馬場は低い声で言った。
「あなた達がこのままだと、学園祭に出させないわよ。」
「な・・・汚いぞババア!!」
山代は怒鳴って机を叩いたが、馬場は怯まずに続けた。
「そもそも日誌を全治に押し付けたのはあんた達でしょ、どの口が文句を言っているの!!このまま何も変わらないと、あんたたちは子供のままだよ。そうなりたくなかったら、勉強を頑張りな。」
馬場のこの言葉に山代達は黙り込み、そして補習が始まった。
補習中、山代は真面目に問題を解こうとはせず、隙あらばサボっていた。
「山代君、進んでないよ。」
「うわあ・・・急に話しかけてくんな!!」
急に声をかけられ、山代は飛び上がった。
「そういえば、勉強が嫌いって言っていたけどどうして?」
「・・・何にもなんねえだろ、勉強なんかして。」
「そうかな?僕は勉強をして知識を増やせば、見える世界のいろんなことが知れて、より面白いと思うよ。」
「うるせえ!俺は兄貴みたいになんかなりたくねえんだよ!!」
「お兄さんがいるの?」
山代はしまったと、慌てだした。しかし全治はそれを見逃さなかった。
「お兄さんと勉強嫌い・・・どんな関係があるの?」
全治の静かな眼差しに観念した山代は、兄の事を語りだした。
「俺の兄は俺と違って勉強が出来て、六年前に有名大学に入学したんだ。でも兄はそのせいで自信が付きすぎて、真面目だったのが高飛車で傲慢な性格になった。俺はそんな兄に失望した・・・。しかも勉強そっちのけで、サークルというところで同級生達と遊びほうけるようになった。しかもそれが仇になって、入学二年目の八月にケンカ沙汰を起こしたんだ。しかも未成年なのに飲酒していたこともバレて、大学を辞めさせられたんだ。それから兄貴は引きこもりになった、もう俺が呼んでも無視するようになった、それで両親は兄が二十歳になった三か月前に、兄を家から追い出して親戚の家に預けたんだ。」
山代の口から出た意外なセリフに、他の生徒や馬場も聞き入った。
「ふーん、つまり自分が兄と一緒になるのが嫌だという事だね。」
「ああ・・・。」
山代は視線をそらしながら頷いた。
「でも、そんなに気にすることは無いんじゃないかな?」
「どういう意味だよ?」
山代は怪訝な顔で全治を見た。
「だって大学に行くかどうかなんて自分が決める事だよ、そのことで勉強を蔑んで避けるなんて、やはり間違っている。」
「でも頭が良くなってしまったら・・・大学に行けって言われるに決まっているだろ。」
「誰に言われるの?」
「親や教師・・・とにかく周りからだ。俺が兄みたいに成りたくないって言っても、行けって決めつけるんだ。」
「だってそれがあなたの未来を良くするからよ。」
馬場が口を挟むと、全治が馬場に質問した。
「確信はあるの?というより先生は大学に行ったの?」
「え?教師になったんだから、もちろんよ。」
「それでこれまであなたの生涯に、後悔や苦しみは無かったのですか?」
「それは・・・あるわよ。」
「そうだ、大学に行っても行かなくても後悔や苦しみはある。逃れられないのなら、受け入れて乗り越えるしかない。でも後悔や受ける苦しみを避けることを拒絶する自由があってもいいんじゃないかな?」
全治が言うとその場に居た全員が黙り込んだ・・・。そして全治は、山代に優しく言った。
「兄みたいに成りたくない気持ちに間違いはない、だったらそのために自分を磨くことをすればいい。心配はない、君は兄とは違うから兄とは違う生き方が出来る。それは自分と僕が一番分かっている。」
「全治・・・。」
山代は目を涙で満たして、全治の笑みを見つめた。
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