第3話哀愁の死別
六月三日、全治は学校から帰宅する途中にK病院に立ち寄った。
「全治様、今日も行くのですね。」
「ああ、そうだよ。」
「それにしても突然の事でしたね・・・。」
「うん。ずっと胸を痛めながら、頑張っていたんだね・・・・。」
突然の事というのは、全治のおばあちゃんが突然倒れて入院したという事である。原因は心筋梗塞、緊急搬送された時はもう酷い状態まで進んでおり、もういつ死んでもおかしく無いという。全治はK病院の二階の「108号室」に入った、そこにはベッドに力なく寝ているおばあちゃんがいた。
「お婆ちゃん。」
「ああ、全治かい。毎日悪いねえ。」
「ううん、気にしてないよ。」
「山さんは大丈夫かい?」
山さんとは山師のことで、全治のおじいちゃんの名前である。
「うん、全然大丈夫だよ。」
「あたしゃ、お前が心残りだよ。せめて二十歳になるまでは面倒を見るつもりでいたのに・・・。」
「おばあちゃん・・・僕は一人でも大丈夫。だっておばあちゃんにはいろんなことを教えてもらった、人が死ぬのは辛いけど避けられない事、僕は育ててくれたおばあちゃんの事は忘れないから。」
おばあちゃんは目に涙を浮かべて全治に言った。
「全治・・・あなたは大した人間だよ。いつの間にかこんなに大きくなっていたんだね、全治・・・。」
「じゃあもう行くね。」
「ああ、体に気お付けてね・・・。」
本当は全治が言う台詞をおばあちゃんは言った、そして全治は病室を出ると自身に視線を向ける影に声を掛けた。
「北野君。」
「どわわわ・・・・、バレてたの?」
「うん、ずっと感じていたから。どうしてつけていたの?」
「お前最近いつもどこかへ行っているようだったから、どこへ行くのかつけていたんだ。・・・流子さん、入院していたんだ。」
流子は全治のおばあちゃんの名前である。北野は顔見知りだから知っていた。
「うん、心筋梗塞みたい。容態もかなり悪いらしい。」
「今、家にはおじいさんと二人きりなんだろ。生活は大丈夫か?」
「大変だけど、僕は生きているよ。」
笑顔を浮かべる全治に、北野は見ていられなくなった。
「よし、俺ん家へおじいさんと一緒に来い。」
「え?急に家に押しかけていいの?」
「ああ、取りあえず今から家に行って、お袋を説得しに行こう。」
北野と全治はK病院を出て北野家に向かった、そして北野は北野の母に全治の事情を説明した。
「全治君・・・今日は家で食べていく?」
「え、本当にいいの?」
「流子さんがそんなことになっていたなんて・・・、今度お見舞い行っていいかしら?」
「ええ、もちろんいいですよ・・・。」
「だから言っただろ、親父とお袋はお人好しだって。だから今日はそれに思いっきり甘えなよ。」
北野が呆れたように言うと、北野はお袋に尻を叩かれた。そして全治は家に戻って、山師にこれまでのいきさつを話した。
「それじゃあ・・・今日は北野さんにお世話になるとしよう。」
そして午後六時に全治と山師は家を出た、北野家に到着すると北野の親父が豪快な笑顔で出迎えた。
「よく来たなあ、今日は家でたくさん食べていけ!」
「それでは失礼します、今日は本当にありがとうございます。」
「かしこまることはないよ、上がった上がった!」
全治と山師は食卓の席に座った、この日の北野家の夕ご飯は白飯・豚汁・カレー風味の野菜炒め・そしてメインは山のように盛られた鶏の唐揚げである。
「スーパーで鶏むね肉が激安で売られていたから、今夜は唐揚げパーティーにしようと思っていたの。」
「凄いなあ・・・。」
「さて、私は唐揚げのお代わりを作ってくるから、先に食べてて。」
「おう、じゃあ食べるか!!」
こうして食事が始まったが、全治と山師は北野と北野の親父の食いっぷりに酷く驚いた。
「すごい食べ方だね。」
「早くしないと、食べちゃうぜ。」
北野が食べながら言った。北野家の夕ご飯は賑やかで、全治にとっては新鮮な食事だった。それまでの千草家の食事は、三人だけのお喋り無しな「沈黙の食卓」なのである。全治は北野家での食卓を、料理と雰囲気で楽しんだ。
「なあ、夕ご飯済んだら風呂に入らないか?」
「え?本当にいいの?」
「おうおう、遠慮するな。もう沸かしてあるから、先に入れ。」
「そんな、色々申し訳ない・・・・。」
山師が言うと北野の親父はこう言い返した。
「俺はな、千草さんにはいろいろ世話になったんだ。話し相手になってくれたり、料理をおすそ分けしてくれたり。だからここで、その借りを返させてくれよ。」
「では、お言葉に甘えます・・。」
そして夕ご飯を終えた後、山師が先に入浴し、全治はそれまで北野と「戦・技・王」で遊んでいた。
「なあ、こんな事聞くのは変だけど・・・もし流子さんが亡くなったら、どうするの?」
「・・・・実はおじいさんから『施設に行ってきてほしい』と言われているんだ・・。おじいさんだけでは僕の面倒を見るのも難しいし、僕にも生活の負担が大きくかかるから。」
「そんな・・・全治が俺とはもう会えなくなるなんて・・・。」
北野は肩を落とした・・・。
「落ち込まないでよ、北野君はずっと友達だから・・。」
「ありがとよ・・・そうだ、渡さなきゃいけないのがあった。」
「何?」
「転校を発表した日に俊平君から、手紙を預かっていたんだ。」
北野は自分の机の引き出しから、一枚の折りたたまれたメモ用紙を取り出して、全治に渡した。全治がメモを開くと、短い文章が書かれていた。
『北野君から君に両親がいない事を知った・・・、何か親の事で文句を言っているのが馬鹿らしくなった、これから前を向いて頑張るよ。じゃあね、全治君。』
全治は俊平君の元気な姿をみてホッとした。そして北野家で入浴した後、山師と一緒に帰宅した。
それから一週間たったある日、全治が授業を受けていると教室に樺島がやってきた。いつもこの時間なら職員室で作業をしているはずだ。
「全治、お前の祖母が危篤になった。今日は早退して、至急病院に行ってこい。」
全治の心が揺らいだ・・・、いつか来る死の瞬間が訪れるかもしれないからだ。やはり一週間前に病室で流子に「一人でも大丈夫。」と言った全治でも、いざその局面を迎えると、心に悲しみと緊張が伝わるのだ。
「わかりました、すみませんがこれで失礼します。」
帰り支度をする全治を、北野は心配そうに見ていた。
「大丈夫か、全治・・。」
全治は北野に頷くと、荷物を持って教室を出た。そして学校を出て校門前に停まっている車を見つけた。
「全治、早く乗れ!!」
車のドアを開けながら山師が言った。
「これって、北野君家の車だよね?」
「ああ、わしが病院まで連れて行ったんだ。早く乗れ!!」
せかされた全治は大急ぎで車に乗り込んだ、そして車は十分程で病院についた。
「全治、急ぐんだ!!」
「え?いいの、病院内で走って?」
この質問は緊急事態の空気に黙殺された。そして全治と山師と北野の父は、流子の病室に入ってきた。
「先生、流子は!!」
「手は尽くしました、ここからは流子さんの気力次第です・・・。」
医者は静かに言った。
「おばあちゃん!!おばあちゃん!!」
全治は無意識に大声を出していた。
「全治・・・・最後に会いたかった・・・、ごめんなあ・・・。」
「そんなこと言うな、必ず良くなる!!」
山師は流子の手を握りながら強く言った、しかし流子はこの一言を最後に目をつむった。そして心電図モニターからジグザグが消え、ピーッという音がした。
「午前十時十六分・・・ご臨終です。」
それは死の宣告だった・・・、山師は掴んでいた流子の手を静かに置きながら呆然としていた・・・。北野の父も黙ったままだ・・・、そして全治は少し涙を流した。
「やはり、分かっていても死別は悲しいんだね・・・。その悲しさは、その人と一緒に居た時間を物語るんだ・・・。」
全治は泣きながら、人についてまた一つ理解した。
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