第161話 唯一王 再びウェレンへ

「ごめんなさい。私、道──外しそうになった」


「誰でも、道を外しそうになることはあります。しかし、あなたは振り返ることができました。以前ならそれはできなかったでしょう。立派になりましたね、クリム」


「ありがとう、ステフ──」


 クリムは、まるで赤ん坊の様に、ステファヌアに抱きしめられ、そのまま彼女に抱かれたまま。

 そしてクリムの頭を抱いているステファヌアに、タミエルが反論する。



「はっ、意味が分からねぇよ」


「どうして?」


「腐っちまうんだよぉぉ。異教徒がどんどんこの世界に増えると。だから消さなきゃいけないんだ。俺はお前たちの味方なんだ。同じものを信じる味方その味方が をぶっ殺してやるってんだから」


 ステファヌアらしいいつもと変わらない。おっとりとした優しい表情。しかしそこには強さも感じる。きっぱりとゼリエルにNOと言い放った。


「信じる者が違っても、考え方が違っても救済を与える。だからこそ私達は人々の信仰を得ることができました。だからこそ私達に行き場所を失った人々が集まり、ともに大天使を信じると誓うことができました。あなたの様に、暴力で従わせるようなやり方では、誰も私の元についてこなかったでしょう」


「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!!」


 その言葉にゼリエルはその言葉を遮るように叫ぶ。しかし、ステファヌアは言葉をやめない。


「私にはわかります、人々を従わせるのは何か。それは暴力と強制ではありません。どんなものでも、考えが違うものでも等しく、優しさをもって平等に愛を与える。だからこそ人々は私達を信じてくれるのです。見て見なさい、私には、たくさんの人々がいます。

  しかしあなたの周りには誰も味方がいない。いても利害を通した仲間しかいないから危機になってもだれも力になってくれない。この場にある光景。これがあなたが起こした行動の結果です」


 タミエルは、悔しそうにステファヌアを見つめるが、それ以上何も言えなかった。




 誰からも認められず、かといって自分の間違いを見つめることも出来ず、

 裏社会へ逃避し周囲を敵扱いしていった自分達。


 そんな彼女とは正反対のステファヌア。


 いつも人々の上に立ち立場として苦しいことがあっても人々を信じ、救済をやめなかったステファヌアの考えの違いなのだろう。


 ゼリエルもタミエルも、けげんな表情をしながらそれは理解しているようだ。

 さっきまでとは違い、もう反論も攻撃もしない。


 完全に、戦意を失っていた。


「んで、あんたらはどうするの?」


 腰に手を当てながら、ニヤリとクリムが話しかける。


「そうですねぇ。私達ではあなた達に勝てないというのは理解しましたし、帰りましょうか」


「そうだな。あんたたち見てぇな、強くてそんな心構えを持つ奴がいなくなったら、また来ることにするぜ」


「──勝手にしろ」


 俺は半ばあきれ果て、言葉を返す。敵ではあったものの、彼らのこの戦いに賭ける思いは本物だ。恐らく、俺がなんて言った所で考えを変えることはないだろう。


 大丈夫、俺達が自分たちの存在をかけて戦ったように、その時だって、誰かが戦うはずだ。

 それを信じよう。


 そして、ゼリエルはピッと指をはじく。すると──。


 シュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ


 何と二人の体が光りだした。


「クリム、フライ。これでいったんお別れです」


「お前たちの強さ、染みたぜ。また、どこかで会えるといいな──」


「そうね」


 ゼリエルから、フッと笑みがこぼれる。クリムもそれに合わせるように言葉を返した。


「じゃあ、俺達はいったん引いてやる。ここにいても、勝機なんてないってわかったからよ──」


「はい。またどこかで、逢いましょう」


 そして、二人の姿は完全に消滅していった。


 何とか勝利した。そのせいか、俺もクリムも安堵し、その場にへたり込んでしまった。


「ちょっと、立ち上がれそうにないわ……」


 クリムが皮肉交じりに苦笑いを浮かべた。


「俺もだ。少し休んでから、戻ろう」


 もう敵はいない、というかもう戦える力がない。

 少し休んでからでも、文句はないよな。



 すると、来た道の方から足音が聞こえだす。

 ゆっくりと歩いてくる音。



「フリーゼ!」


「フライさん。勝ったのですか?」



 そこにいたのは、フリーゼと上にいた冒険者達だ。ボロボロの、フリーゼの姿。

 フリーゼは、冒険者達の一人に肩を借り、ここまで来たようだ。

 斧を持った冒険者の一人が、気さくに話しかける。


「わりぃ! 気になってきちまった。そっちは、片付いたのか?」


 話によると、冒険者の人に魔力の気配を察知できる人がいた。

 明らかに彼らのいた場所にはその気配がなかったので俺たちの元へ行こうとした。


 ──があまりに魔力の気配が強いので、とりあえず入り口で待機していた。

 そして、魔力の気配がなくなり、物音が聞こえなくなってしばらくしてこの場に来たのだ。


「ああ。もう大丈夫だ」


 その言葉に、冒険者達から安堵の表情がこぼれる。


「──ありがとな。あんた達のおかげで、街は守られた。ステフさんもな」


「どういたまして。フライ、フリーゼ、ありがとうね」


「いや、あそこで頑張ったのはクリムだ。クリムは、もっとそれを誇っていいよ」


 クリムは、ほっと顔を赤くした後、ぷくっと顔を膨らませて言葉を返した。


「──今は、素直に受け取ってもらうわ。フライ」


 これは、喜んでいるのかな? 反応に困る俺に、フリーゼがどこか拗ねた表情で言葉を返した。


「フライは、罪作りです。すけこましです」


「ご、ごめん……」


 よくわからないけれど、まずいこと言っちゃったかな……。

 女心って、よくわからないんだよな。何がいけなかったのかな。


「もう、変なちゃち入れちゃってごめんね」


 クリムも、すっかり表情に笑みが戻っている。

 戦いが終わり、気が抜けたせいかどこか明るい雰囲気がこの場を包む。

 冒険者達も、俺に「色男」だの「女たらし」だの笑いながら言葉をかけてきた。


 こんな明るい雰囲気を、取り戻すことができてたまらなく嬉しい。


「もう、他がどうなってるかわからないのよ。すぐに戻りましょう」


「そ、そうですね」



 その言葉に俺たちの表情が再び真剣なものになる。

 すると、ステファヌアが手をパンパンと叩き話に入ってくる。



「では、上に戻りましょう。大丈夫ですね?」


「いいわ。行きましょう」



 そして俺たちはこの場所を去っていった。


 その後、他の要人や遺跡で別れた人たちと再会。

 特に問題もなく無事だったという。


 それから、街へと帰還。


 戦場の様になっていた光景にびっくりした。──が、メイルやレディナ達と再会。何があったかを聞く。


 激戦になったが、何とか勝利してスパルティクス団や熾天使たちに勝利したという。

 こっちも、遺跡であったことを報告。


「お疲れ様!」


「そっちこそ、無事でよかったわ」


 レディナの誇らしい表情。街が守れてほっとした。

 危ない戦いにはなったけれど、無事でよかった。

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