第112話 トランの復讐。そして朝

「そうだったなトラン。貴様にとっては雪辱ともいえる戦いになるな」



 そう、この場所にいる人物の一人は、かつて俺と対峙した冒険者「トラン」だ。


 別に俺がトランに悪いことをしたではない。トランはクエスト中に冒険者であるミュアを故意に攻撃したこと。その後、ギルドでの暴力行為や器物を破壊したことによる罪で冒険者である資格そのものをはく奪されたのだ。


 数多の罪によって冒険者でいられなくなったトラン。

 おまけにこれまでの粗暴の悪さもたたり、表の世界で彼に手を差し伸べるものはいなかった。


 そんな彼に残された道は一つだけだった。


 非合法で裏社会で活動する組織での活躍。そこでのし上がっていくこと。


 もちろんリスクも伴う。

 大金を得ることができても、国から指名手配を受け、二度と表立った活動はできなくなる。

 法律も通用しない力が支配する世界社会、悲惨な死を遂げることだってある。


 おまけにもし足を洗ったとしても裏世界で活動していたことがばれれば、白い目で見られ、つまはじきにされてしまう。そんな世界だ。

 そして力が足りず、散っていった仲間達は両手で数えきれないほど存在している。


「しかし、これは久しぶりに、骨のあるやつが相手になりそうだね」


「フライ──。まるで運命だな。こんなところでお前と出会えるなんてよ。お前から味わった屈辱、恨み、百倍にして使えしてやる」


 トランは夜空に視線をむけながらそうささやいた。


「──だがトラン。感情に任せて暴れて、目的を忘れるようなことはするなよ」


「わかってるよ。そこまで馬鹿ではないから安心しな」



 黒いローブ姿の人物がハウゼンに質問する。


「強力な力を持つ精霊。勝算はあるのか? 真正面から戦えば痛い目を見るぞ」


 ハウゼンはにやりと笑みを浮かべ、その人物へと視線を向けた。


「当然だ。戦いってのは、勝たなきゃダメなんだ。そのための策を、今から話すんじゃないか」


「ははは、そうだったな」


 それから、彼らはさらに作戦の打ち合わせを行った。大まかな作戦の説明の後、細部の打ち合わせなど。


「なるほどな。最初の方は相手の出方をうかがい、戦力を知る。そして三日目に勝利をかけると──」


 トランが大きく感心する。さすがはハウゼンだと。


「そうだ、敵も私達を追っ払ってうまくいったとなれば気だって抜けてくるだろうしな。おまけにどこが穴か、わかってから奇襲した方が成功しやすいしな」


「なるほどねぇ。じゃあ、その通りに動いてやるぜハウゼン」




 それが終わると、トランは出口の方へと向かっていった。


「じゃあ、互いに健闘を祈ろうぜ。生きて帰って、野望を果たせるようにな」


「ああ」


 トランは就寝のため、波戸へと戻っていく。

 闇夜の夜。静かに積もりゆく雪が、この街の未来を静かに見届けていた。








 翌朝。今日から冬至の礼が始まる。


 早めに起きると、寝間着から着替えを終えたあたりに使用人の人がやってきた。


「皆様、朝食の用意ができました」


 その言葉に俺達は食堂へ。

 廊下を歩いている途中、ゴォーンという重い鐘の音が、数回にわたって響き渡る。


 今日から儀式があるということで、落ち着いた音色が街中に響きわたっているらしい。


 普段なら身分の高い人が泊まるであろう部屋ということで、初見では緊張していた俺たち。だが、長旅の後で疲れがたまっていたので思いのほかぐっすりと眠ることができた。


「朝食を終え、少ししたら、巡礼へと出発します。準備の方が大丈夫ですか?」


「大丈夫です。ぐっすりと眠れたので、よく疲れは取れました」



 教皇「ステファヌア」達の護衛として同行する冬至の礼のスケジュールはすでに頭の中に記憶してある。

 今日を含めて四日間、この聖都の神聖な建物や、その周辺にある聖なる場所とされた場所をめぐり、祈りを捧げたり、儀式を行ったりする。


 俺たちのほかに同行するのは、教皇「ステファヌア」や教会の要人や祭司たち。さらにウェレン王国の王族に周辺国から来た人もいる。

 そして彼らを護衛する冒険者や教会専属の兵士たち。



 今までのクエストとは違って、身分の高い人たちがたくさんいる。

 作法や言葉使いとか、これまでとはまた違ったものが求められる。けれど、何とか乗り越えていこう。



 そして俺たちは階段を降り、広い部屋で食事をとる。



 それを見ただけで俺たちは驚いてしまう。

 いつも食べている食事とは比べ物にならない豪朝。


 この宗教の権威を見せつけているようだ。


 席について、食事をとり始める。

 パンは温かいコンソメ風のスープで煮込まれていて、味が良くしみ込んでいる。


 焼いた鶏肉にはハーブや花のチップで香りがついていて、サラダの野菜はチーズでほど良く味付けされている。



「このお肉。いい香りがしておいしいフィッシュ」


「うん。ハーブの香りね。手が込んでいておいしいわ」



 レディナとハリーセルが嬉しそうに食事を手に取る。フリーゼも、どこか喜んでいる表情をしているのが理解できた。


「おいしいね、フリーゼ」


「そうですね、フライさん」


 おまけにどれも暖かい料理で肌寒い体がとても温まる。

 そして食事を終えてから部屋に戻り、身支度。寝間着から、俺はタキシード。フリーゼたちは黒いドレスを着ている。


 全員、彼女たちの魅力が引き立てられていて、とても綺麗に見える。素敵だ。


 それから送迎の馬車で、目的の場所へ。

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