第四章 当日 午後 そしておまけ

水森さんとオレは、膝を突き合わせて座っている。あと少しで水森さんの膝とオレの膝が触れてしまうほどの距離だ。

少し身を乗り出している水森さんは、オレと真摯に向き合ってくれているのが良く分かった。


「覚えてるかい?君は二月の梅花だと言う話しをした事」


心当たりがあった。

その時は何の事か分からなかった。


「本当は、『君は』の後に『僕の』と言う言葉がついているんだよ」


「君は僕の二月の梅花」


口に出しても分からない。オレは難しい顔をして水森さんの方を見た。


「梅の花というのはね、寒い冬を耐えて耐えて、二月の終わり頃にふっと咲き始める。そうやって僕が耐えて耐えても、咲いた君を僕が摘み取ってしまうかもしれない。もっと春が進めばもっと美しくたくさん君は僕の中に咲く。その梅の香りにきっと僕は耐えられない」


オレは自分の馬鹿を呪った。

こんなに説明してくれているのに、水森さんの言っている言葉の意味が分からない。

そんなオレに、水森さんが言い募る。


「君は仕事として僕と契約を結んだんだ。大学のバイト生に手を出すことは僕には出来なかった。だけども来月いっぱいなんて、とても僕は待てないと思った。

だからあと二回と言ったんだ」


初めてオレにも水森さんが言わんとしている事が分かった気がした。

要するに水森さんは…水森さんは、


「オレの事が…好き…なの?」


水森さんはオレの目を見ながら頷いた。オレは全身がカッとなった。

顔から火を吹きそうだった。


「えぇっ?!でも、

だって、えぇ?!」


こんな展開、

オレ、どんな顔して良いんだよ。


「十二時は過ぎた。仕事はもう関係無い。僕は君の隅々まで知ってる。ホクロの数も…でも、それだけじゃ無く、もっと君を知りたい」


こんな水森さんをオレは見た事がない。大人な雰囲気を醸してグイグイ迫って来る。

自分の心臓の音が耳にうるさくてクラクラする。


「君が欲しい」


あの声が、あのセクシーな声が、オレが欲しいって言っている。

脳が痺れた。

そして股間が瞬時にドクンと疼いた。

もう一度言って欲しい。

更に水森さんがオレの顔に近付いてくる。

良い匂いがする。

水森さんはこんなに良い匂いだっけ?


少しだけおずおずと水森さんがオレの唇に自分の唇を近付けて来る。

オレが嫌がらないのが分かると、しっとりと唇を重ねて来た。

オレはもう、ほとんどボーッとなって何も言えないでいた。

だって、ほんのさっきまではこれで水森さんとは終わりだと思ってたのに。

こんな奇跡ってあるんだろうか。


「お、オレも水森さんが…欲しい。

ずっと、多分オレは、、、」


貴方が好きだったんだと思います。


花が咲いた。

この日一気に沢山の梅が香りいっぱいに咲き誇った。

こうしてオレは水森さんに摘み取られた。




古めかしい達磨ストーブの上ではヤカンがチンチン言っている。

蒸気が細い口から立ち昇って、いかにも冬の暖かな光景だ。

オレが目覚めたのは水森さんの腕の中だった。

お互いに気持ちを確かめ合ってからの展開は早かった。お互いに耐えて耐えていたんだろうね。


「起きた?良く寝ていたね」


オレがポーズを取るのに使っていたソファは、倒せばベッドになるやつだった。男二人には少しばかり狭かったけど、今のオレ達にはちょうど良かった。裸のままぬくぬくと二人で包まる毛布が心地よかった。


「外、暗いね。夕方なの?それとも朝なのかな」


「明け方だよ。今日は学校休みだろう?何か用事がなければ、今日一日一緒に居よう」


彼の胸から伝わってくる声も、やっぱり痺れるほど素敵だ。こうして暖かな腕の中で安心していたが、まだ気になっている事がある。


「身体の具合は大丈夫なの?」


「身体?身体は元気だよ。君が今さっき見ての通りだ」


エッチな軽口を言う水森さんに、真剣な顔でオレは尋ねた。


「そうじゃ無くて、病気の方だよ。

軽井沢に静養に行くんでしょ?

そんなに…悪いの?」


水森さんは一瞬、キョトンとした顔を

してオレを見た。


「誰から聞いたの?その話し」


「この前、水森さんと原田教授が話してるの偶然聞いたんだ。そしたらこのアトリエは閉めてしまうの?」


オレの心配を他所に、水森さんは可笑しそうに肩を震わせた。


「君、それ間違いだ。静養しに行くのは、僕じゃない。僕の母だよ」


「だって、原田先生が大事になって…

……あ、」


そうか。

『お母さんお大事に』そう言う意味だったんだ。


「分かったかい?暫くはココと軽井沢を行ったり来たりすることになりそうだからね。バイト生の募集もしない」


そうだったのか。

全部のピースがオレの中で繋がった。

ここ数日、オレは独り相撲でヘトヘトになっていたのか。


「そう言う事だったんだ。良かったオレはてっきり。

水森さんが死んじゃったらどうしようと思ってた」


「ハハ、勝手に殺さないでくれよ。

君が休みの日には、一緒に軽井沢に来ると良い」


「えっ?良いの?」


「勿論」


オレはすっかり嬉しくなって、水森さんに抱きつくと、また二人とも火がついてしまって、お日様が登るまで呆れるくらい互いの身体を貪った。


この日を境に街の中のあちこちで梅の花が咲き始めた。

ああ。春が来たんだなと、オレはしみじみ感じていた。



        ◆



オレをモデルに仕上がった彫刻は、その後ナントカ大賞というやつに入賞したけど、オレには何がどうなんだか理解不能な抽象的なものだった。

丸や四角がグロテスクに重なってる。


「ねえ、水森さんにはオレがこんな風に見えてるの?なんだかショックだ」


「見る目がないなあ、君そのものじゃないか」


ホラ、と作品の真ん中あたりの上と下を指差すと、そこには小さな点が二つ打ってある。


「…コレって、もしかして、」


「そう。君のホクロだ」


水森さんは何故だかとても満足そう。


きっと、水森さんは売れる彫刻家にはならないだろう。

そう思ったけど、それは水森さんには秘密だ。






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二月の梅花 mono黒 @monomono_96

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