始めの一歩
その翌日、朝から雨が降り続く鬱陶しい天気の日のこと。どこにも出かけられず家で暇を持て余していた祐希は、スマホの画面を見つめたまま十分ほど思い悩んでいた。
『プロフィールを入力しよう!』
画面に表示されたそのメッセージは、昨日真美に無理やり入れられたマッチングアプリのものだ。気が進まないながらも登録を済ませ、年齢や職業などを一通り入力したところで手が止まった。
(自己紹介って何書けばいいの?)
趣味、アプリを始めたきっかけ、好きなタイプ、テンプレートの文章にはそんなことが書かれている。趣味やきっかけはまだいいとしても、好きなタイプなんて祐希には検討もつかなかった。今までも好きになった人はいたが、たまたま近くにいたから気になったというだけで、タイプで分類できるものではなかった。
(まぁ……無難に優しい人とかにしとこうかな)
その後も考えること数十分、テンプレートの文章を適当にいじって、何とか完成させた自己紹介文がこれだ。
『はじめまして、友人に勧められて登録してみました。趣味は海外旅行で、半年前から英会話を習っています。好きなタイプは優しい人です。よろしくお願いします。』
あれだけ考えた割に淡白な文章。でもしょうがないのだ。匿名とはいえ、誰が見ているかわからないネット上で自分のことを事細かに書き連ねることには抵抗がある。だから当たり障りのない情報だけを開示したのだ。せめて顔文字くらいつけた方がいいかと思ったが、それも無理にテンションを上げているようで気が進まなかった。
これで一段落と思ったのも束の間、アプリはまだ祐希を解放してはくれなかった。
『写真を登録しよう!登録すればマッチング率が3倍に!』
必要以上に自分の情報を晒したくないと思った矢先のこの指示。祐希はますますげんなりして画面を見つめた。
祐希は写真を撮られるのが好きではない。カメラを向けられた途端に顔を作る行為に違和感があったし、出来上がった写真はだいたい自分だけ不自然な顔をしていたからだ。真美のように、ことあるごとに写真を撮ってはせっせとSNSにアップする人の気が知れなかった。
(写真あったかな……。でも自分の写真知らない人に見られるの嫌だし……)
迷った挙げ句、祐希は最近行った旅行先の写真をアップすることにした。ヨーロッパの街並みを写したもので、自分は写っていない。プロフィール写真としては好ましくないだろうが、ないよりはマシだろう。
写真のアップを終え、承認待ちのメッセージが表示されたところで祐希は大きなため息をついた。そのままベッドにごろりと身を横たえる。これだけの作業をするのに約30分。何だかひどく時間を空費してしまったような気がする。
(これ、今日から毎日チェックしないといけないのかなぁ……。相手探して、やり取りして……あーめんどくさい。)
真美などは、一時は3つも4つもアプリに登録していたと聞いた。暇さえあればアプリを起動して、絶えず相手のプロフィールを見たり新着メッセージをチェックしていたそうだ。自分は1つ登録を終えただけでこんなに疲れているというのに、そこまでして結婚したいと思う真美の気が知れない。
(だいたいさ、何で20代で結婚しなきゃいけないわけ?)
20代の方がモテるから、子どもを産むには早い方がいいから。理由はいろいろあるだろう。
でも祐希には、世の中の女性が全員20代での結婚を望んでいるとは思えなかった。自分のように他にやりたいことがあって、結婚はまだ先でいいと思っている女性だって少なくないはずだ。
でも何となく、20代後半を迎えるとそろそろ結婚を考えなければというプレッシャーが忍び寄ってきて、ただ自分のやりたいことをしているだけではいけないのだという焦燥感を生じさせる。友人や同僚が結婚した、子どもが産まれたいう話を聞くたび、いつまでもお気楽な生活を続けているだけの自分が悪いような気になってくる。結婚しない女性が増えたとは言え、年齢という呪縛から完全に解放されたわけではないのだ。
(女って……めんどくさい。)
祐希は内心で独り言ちながら、枕元に放り出したスマホを憂鬱な気分で見つめた。
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