適齢期の迷い

 翌週の土曜日、若い女の子やらカップルやらでいっぱいになったカフェの店内で、祐希は先週の結婚式の模様を、大学時代の友人である真美まみに報告していた。

「それであたしも婚活しようかと思ったんだけど、いまいち何から始めていいかわかんなくて」祐希は言った。「真美はそういうの詳しいから、話聞けたらと思ったんだけど」

「そっかー。祐希もやっとやる気になったんだね! 祐希って全然そういう話しないから、あたし心配してたんだよ」

 真美は安心したように笑って言った。念入りなメイクを施した顔、綺麗に巻かれた茶髪のセミロング、指先を彩るピンク色のネイル、ボディラインを強調した黒のワンピース。つま先から頭まで隙のないその姿は祐希とは対照的だ。大学時代はぱっとしない感じだったのに、社会人になってデビューでもしたのか、別人のように垢抜けてしまった。本人曰わく、「大学の時のままではいつまで経っても結婚できないから」だそうだ。

 真美は学生時代から結婚願望が強く、自分は絶対に20代のうちに結婚して寿退社するんだと宣言していた。そしてその言葉通り、様々な街コンやパーティーに参加しては相手を見つけ、一時はこの人しかいないと思って燃え上がるものの、長続きせずに数ヶ月で別れるということを繰り返している。そんなに取っ替え引っ替えしていてはかえって結婚が遠ざかるのではないかと思うのだが、『一生に一度だから妥協したくない』とのことらしい。

「で? 何から聞きたいの?」真美が尋ねた。

「そうだなー。とりあえずどういうやり方があるか教えてくれない? 色々ありすぎて、どれが自分に合ってるかわかんないし」

「オッケー! まー手っ取り早いのは街コンとか婚活パーティーかな? 大人数の方がいろんな人と会えて確率上がるし!」

「あー、でもあたし大人数って苦手で。いろんな人と話すの疲れるし、絶対顔と名前覚えらんないんだよね」

「じゃあアプリは? 自分のペースで出来るし、会う前に相手がどんな人かわかるから合う人見つけやすいかも」

「あー、アプリもちょっと。あたし連絡マメな方じゃないし、毎日メッセージのやり取りするのって面倒なんだよね」

「え、じゃあ何、結婚相談所とか?」

「あー……それは一番ないかも。お金かかるし、若い人あんまりいなさそう」

 真美はまじまじと祐希を見つめてきたが、やがて呆れたようにため息をついた。

「あのさ、祐希。そんな何もかも否定してたら出会う方法なんかないよ? 結婚したいならどっかで妥協しないと」

「それはわかるんだけど、そういういかにも婚活って感じの抵抗あるんだよね。もっと自然に出会える方法ないの?」

「そりゃ一番自然なのは職場だけど、祐希んとこってオジサンしかいないんでしょ?」

「うん、たまに若い人いても既婚者」

「じゃあ習い事とかサークルは? 祐希、確か英会話習ってるって言ってたよね。そこでいい人いないの?」

「あー……男の人はいるけど、あんまりそういう感じじゃないかも。普通に飲みに行ったりはするんだけど」

 祐希は海外旅行が好きで年に2回ほど行くのだが、語学力の方はからっきしで、いつも自分の言っていることが伝わらずにもどかしい思いをしていた。それで一念発起して半年ほど前から英会話教室に通っている。新しいことを覚えるのは面白く、コミュニケーションを取っているうちに自然と生徒同士の交友関係も広がっていったのだが、だからといってそれを恋愛関係に発展させたいとは思っていなかった。     

「でも自然なのがいいなら、そういうとこで頑張らないと」真美が窘めるように言った。「うちらもう27なんだよ? いつまでも自分の好きなことばっかやってられる年でもないんだから」

「うん……」

 真美の言うことは正しい。男が若い女の子を好むことはネットの記事などでも言われている。29と30、たった1歳の差が婚活においては勝敗を分ける大きな要因となる。

 だから若さの価値を知っている女の子達は、早々と条件のいい相手を見つけて婚活市場から退場していく。後に残れば残るほど選ぶ余地は少なくなるから、少しでも若いうちに頑張らないと。それはよくわかる。

「でもさ、20代って婚活以外にも色々したいことあるじゃん?」祐希が反論した。「あたしまだ行っていない国いっぱいあるし、英会話だってまだ始めたばっかだし、正直今すぐ結婚したいって思ってなくて」

 それは祐希の本音だった。自分には婚活よりもやりたいことがたくさんある。学生の時のように無尽蔵にあるわけではない時間、その貴重な時間を婚活に費やしたいと思うほど祐希は結婚に熱心なわけではなかった。

「もー、それじゃダメなんだって! 今はまだ早いって思ってるかもしんないけど、30とかあっという間だよ! その時になって、あの時頑張っといたらよかったって思っても遅いんだからね!」

 責めるような口調で真美は言う。祐希はうん、と返事はしながらも、心のどこかで疑問を拭えずにいた。

 確かに女性にとって年齢はシビアだ。特に20代後半のアラサーと呼ばれる世代になると、結婚できるか否かという不安が重くのしかかってくる。このまま同じ生活を繰り返していては到底結婚などできない。それはわかっている。

 問題はそこに自分の気持ちが伴っていないことだ。いくら適齢期と呼ばれる年齢に達しようと、本人に結婚する意思がなければどうしたって頑張る気にはなれない。だからこうして話を聞いても、努力しないと結婚できないのなら、いっそ結婚なんてしなくていいという考えになってくるのだった。

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