02 うそ.

 電話に出た俺は。


 うそばかり。


 いつも、携帯を握りしめて、眠る。朝も夜もわからない身の上では、いつ彼女が電話をかけてくれるのか、分からないから。


 彼女のことが、好きだった。


 夕暮れの街で出会って、恋に落ちた。それでも、互いに告白しないまま、俺は病院にいる。


 眼が原因だった。常日頃、画を描いて台詞を入れて。手だけは大事に守ってきた。だけど、目は、大事にしてこなかった。たしかに、デザインの参考のために明かりで照らしたりもしたけど。


 彼女に知られたくなくて、街を出たとだけ電話で伝えた。


 彼女からは、電話がいつも掛かってくる。何も言わずにいなくなった俺を、彼女は、心配してくれる。それだけで、泣きそうになった。


 取材とか版元の関係で、しばらく急に街を離れることになったと、うそをついた。そのうそを、ひたすら新しいうそで塗り固めていく会話。


 絶対に、視力を取り戻す。そう決意した。


 それでも、心はざわついて、眠れない。


 親族も家族もいないが、暮らし向きにこまることはない。よくわからない莫大な遺産だけがある。自分の描いたものも、かなり売れていた。


 それでも、眼は、直らない。


 医者からは精神的なものが問題だと、言われていた。心当たりはない。


 物心ついたときの事故の影響ではないかと、言われても。そもそも記憶がない。親族が全員しんだのだからそれなりに大きな事故だったのだろうが、覚えてないものは、覚えてない。


『電車の時間来ちゃった。またね。仕事のしすぎは身体にどくだよ』


「気をつけるよ」


 仕事にならない、目なのに。またひとつ、うそをついた。


 電話を閉じて、また、握りしめた。


 彼女に会いたい。


 彼女の笑顔が、見たい。


 視界は、どこまで行っても、真っ暗なままだった。

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