第10話 メタバーズは地方を救う?

 菫さんが来るのを待っている間、私は早川さんの家の喫茶店でオレンジジュースを飲んでいた。


「それにしても、大企業ともなると広告ひとつにしてもお金の使い方が凄すぎるよね……」


 私が座っているすぐ近くの席に座っていた早川さんは、個人勢とは異なる草プロという大手の広告のやり方について独り言を呟いていた。


 そんな菫さんが来るまでの待ち時間の間、私は先程の早川さんと草間さんとの話で少し気になった事を聞いてみる事にした。


「そう言えば、草間さんと知り合うきっかけは、菫さんのお陰と言っていましたよね」


「そうだけど、それがどうしたの?」


「流石にSPレディオにスピアーズがいるだけで、あの大手の草プロの目に留まるとも思えなかったので」


 私が気になった疑問とは、菫さんがどの様にしてあの大手の草プロのプロデューサーである草間さんと知り合う事が出来たのかという事であった。


「菫の仕事は何もスピアーズのマネージャーだけではないんだよ」


「えっ!? そうなのですか」


「菫はスピアーズのマネージャー以外にも、アイドル系UTuberを目指す人のオンラインレッスン教室の講師も務めているんだよ」


「マネージャーだけでなく、講師も⁉」


「UTubeだけでやっていくのは今の時代、無謀過ぎるからね。そんな理由もあって菫は菫で、自身の得意分野である歌や踊りの指導をする仕事もやっているんだよ」


「なるほど…… そう言えば昨日、早川さんはUTubeはあくまでもメインの活動の為の助長的な事を言っていましたけど、菫さんも似たような事をやっているのですね」


「そうだね。最もUTubeで成功が出来たとしても、数年以上もそれ一本で食べていける人なんてほとんどいないというのが現実なんだよね。1年2年の成功は出来ても、数年以上の成功となったら話は別。だからこそUTubeを始める時は、ただ目先の成功だけを考えるのではなく、UTubeで何をしたいのか、そしてUTubeで収益を稼げなくなった時の事も考えておく事が大事なんだよ」


 早川さんはスピアーズのマネージャーである菫さんのもう一つの仕事の件を言うのと同時に、UTubeをやる上で最も大事な事も言ってくれた。とは言うものの、私自身はUTubeをやるつもりは全くないけど。


「話は戻すけど、アイドル系UTuberを目指す人の為のオンラインレッスン教室を受講している生徒の中には草プロのような大手事務所のオーディションに受ける人達もいるから必然的に知り合う事が出来たのだと思うよ」


「草間さんに知られるぐらいだし、たくさんの受講生か凄く優秀な生徒がいたのかな?」


「その可能性もあるけど、私自身はオンラインレッスンを受講している生徒全員を把握しているわけではないので、真相は菫にしか分からないよ」


 早川さんから菫さんが草間さんと知り合う事が出来た理由を聞き、私はその理由になんとなく納得が出来た。


 これによりひとつの疑問が解決した後、私はもうひとつ疑問に思っていた事を聞く事にした。


「でも、菫さんがマネージャーを務めているスピアーズ達って、実写でのアイドル系UTuberですよね。スピアーズ達は生身で活動しているし、バーチャルである草プロとはあまり繋がりがないようにも思えますけど?」


 もうひとつの疑問とは、どうして実写で活動をしているはずのスピアーズ達がバーチャル型アイドル系UTubeの専門事務所である草プロ側が興味を持ったのかという事であった。


「そう思うかも知れないけど、スピアーズの活動は何も実写だけではないんだよ」


「えっ!? まさか?」


「実はスピアーズのメンバー達には、メタバース内でもライブが出来るようにする為に、バーチャルのアバターもあるんだよ」


「そうなの!?」


 まさか、スピアーズのメンバー達がメタバース内で活動をする為のアバターがあったなんて!! SPレディオはメタバースにも力を入れていると言っていたけど、まさかこんな形で!!


 この事実に私は更に驚かされた。


「そうさ。スピアーズ達の活動の場を少しでも増やす為に、彼女達の専用アバターを作り、メタバース内でライブを出来るようにしたんだよ」


「メタバースって。ただ単にライブをやるだけなら、別にアバターを作ってメタバース内でやらなくても出来ると思うのですが?」


「そうでもしないと、多くの人前でライブなんて気軽に出来ないからだよ」


「それって、ライブ会場とかのレンタル料など、予算面ですか?」


「予算というよりは、この数年間、世界中で流行った新型ウイルスのせいで今までは普通に出来ていた多くの人を集めての大規模ライブ等に制限がかかって、今までのような思い通りには出来なくなってしまったんだよ。そんな理由もあって世間ではメタバースでのライブが流行り出したというのもあり、スピアーズ達にもメタバース内で最高のライブ活動が出来るようにと、専用のアバターを作ってあるんだよ」


「そうだったのですか」


「VRを使ったメタバース内のライブなら、どんな場所に居ても気軽にアクセスする事が出来るからね。ここ数年で一気に定着したライブスタイルだよ」


 早川さんの言う通り、この数年間は新型ウイルスのせいで人が集まってのライブに制限がかかるというニュースを嫌ほど聞いてきた。そんな理由もあり、リアル世界で密にならない為の策としてVRを使ったメタバース内でのライブが、この数年の間で一気に定着したみたい。


「確かにVRを使ったライブなら、スマートグラスがあればどこでも観る事が出来ますものね」


「実は、このどこでも観れると言う事こそが、VRを使ったメタバース内でライブをやるという本当の意味があると私は思っているんだよ」


「どういう事ですか?」


「今までの時代だと、芸能人だけでなく、どんな仕事でも有名人と関わりたい又は有名人になりたいと思うなら、まずは東京に行くという選択肢しかない時代だった。夢を抱いて東京に行くのは別にいいとして、東京に出られるという事は同時に元いた街から離れるという事にもなる。東京に近い街は特に大きなリスクは少なくても、東京から遠い地方程、人材が減るという大きなリスクがある」


「確かに地方の人口減少は社会問題にもなっていますからね」


「そんなどうやっても解決不可能な問題の唯一の解決策こそ、メタバースにあると私は考えているんだよ」


「えっ、メタバースなんかで解決するものなの?」


「完全な解決と言うよりは、衰退するペースを大幅に遅らせると言ったほうが正解かな? 新型ウイルスの影響もあり、この数年の間で一気に普及したメタバースには、今やありとあらゆるコンテンツが存在している。その中には東京でしか出来なかった事だって存在しているのだよ」


「なるほど…… それって、アイドル系UTuberのようなエンタメ業もですよね」


「そうだね。エンタメ業以外にもたくさんあるけど、それらの事が全てメタバース内で出来てしまえば、世の中は変わると思わない?」


「確かにそれが出来れば世の中は変わるかと思いますけど、ネットで何でも出来てしまうネット万能論は現実的にはあり得ないと誰かが言っていましたよ」


「そう言われていたのは、あくまでも2000年代のネット黎明期だからこその話であって、現在では必ずともそれが正解でもないんだよ。それに、誰かが始めて行かないと変われるものも変わらないまま終わってしまうからね」


「誰もやっていない事に挑戦するのって、資料がないから凄く難しいと思いますよ」


「だからこそ、成功をした時には誰よりも大きな報酬が得られるんだよ。あの草プロなんて、新型ウイルスが流行ってライブに制限がかかっていた頃から二次元のアバターを使ってのメタバース内でのライブ活動に力を入れて来たからこそ、今では日本一のバーチャル型アイドル系UTuberの事務所になったんだよ。草プロなんて、要は先行者利益で成功をした事務所だよ」


「UTubeで有名なレンレ~さんの様に、誰もやっていない分野でいち早く成功をすれば、大きな成果が得られるものね」


 確かに早川さんの言う通り、どんな分野でも誰よりも早くに成功をしてしまえばそれだけ大きな成果が得られる事はUTubeが既に証明している事実である為、私にもそのイメージは付きやすいものであった。





 その後も菫さんが来るのを待ちながら、私と早川さんの話は続いた。


「確かに、スピアーズ達がメタバースでも活躍が出来るのであるのなら、8月末に行われるSPフェスティバルにあのシズクちゃんが来るのも納得が出来るわね」


「あのシズクさんに負けない様にと、ここ最近はスピアーズ達だってVRを使ったメタバース内でのライブ活動を行っているんだよ」


「そうなんですか。メタバース内のライブも観てみたいわね」


「ちょうど明日、メタバース内でライブをやるんだよ。よかったら観ていく?」


「もちろん観ます!!」


 まさかの明日にスピアーズ達のメタバース内でのライブが行われるという事もあり、そんなライブに私は運よく早川さんから誘われた。


 まさかのメタバース内のライブに誘われたという事で機嫌が高上昇していた時、突然カバンに入れているスマホがブザーを鳴らし始めた。


 菫さんからかな? そう思いながらスマホの画面を見てみると、そこに映っていたのはリーフィであった。


「どうしたの?」


『私も、メタバース内のライブを観てみたいです』


 まさかのリーフィが、自分からライブを観たいと言ってきた。


 先日からいろんなものを見せたり聞かせたりしていたという結果なのか、今度はAIが自分の考えを言って来た事に私は驚いた。


「リーフィがこう言っていますけど、リーフィも一緒にメタバースに行く事って出来るのでしょうか?」


「一応、リーフィもメタバース内に行く事が出来るし、観る事は出来るけど?」


「そうなの?」


「リーフィも一緒に観に行くかい?」


『はいっ、私も一緒に観に行きたいです!!』


「よし分かった!! リーフィの席も用意しておくよ!!」


『ありがとうございます』


「よかったね。リーフィ」


『はい』


 ひょんな事から、メタバース内で開催されるライブをリーフィも一緒に観に行く事になった。


 そんな事を思いながら、私はスピアーズのライブを観に行けると聞いて喜んでいるリーフィを見ながら、菫さんが来るのを待っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る