第4話 アイドル系UTuber スピアーズ
しばらくの間、話をやりながら昔ながらの小さな港町を歩いていると、ついに目的の旅館に辿り着いた。この旅館こそが、火花さんの家が運営している旅館であるのと同時に、私がこの夏休み中滞在する事になる旅館である。
旅館はちょうどこの町の海水浴場の目の前にあり、部屋からは目の前の海水浴場が一望出来そうな感じであった。そんな旅館は外観は、少しばかりオシャレな和風建築の旅館であった。
「じゃあ、早速部屋に荷物を置いて遊びに行こうよ!!」
これからの生活の拠点地となる旅館の外観を眺めていると、早速火花さんが私の手を掴み、旅館の建物内へと案内し始めた。
「たっだいま~ 先日から言っていた森崎さんがご来店だよ!!」
旅館の敷地内へ入るや否や、火花さんは威勢よく私が来た事を館内の人達に伝えた。すると、受付付近で立っていた着物を着た1人の女性が、火花さんの声に反応をした。
「あんたねぇ、そんな事よりも店の手伝いをしなさいよ!!」
「いいじゃないの、お姉ちゃん。それに私は森崎さんというお客さんをここまで連れて来たという大きな仕事をしたじゃない」
「そんなのは仕事のうちには入らないわよ!! それにお客様には失礼のない様に敬語を使いなさい」
「別にいいじゃない、同じ歳なんだから」
着物を着た女性は火花さんのお姉さんらしく、旅館内に入るなり火花さんと言い合いをしていた。このような言い合いが、いつもの様に行われているのかな?
「それよりも、部屋に荷物を置いたら、早速遊びに行こ」
「そっ、そうね!!」
火花さんはお姉さんらしき人との言い合いを終えた後、何事もなかったかのように私を部屋へと案内し始めた。
その後、部屋に荷物を置いた後、皆で遊ぶ為に再び旅館を出て話をやりながら外を歩き始めた。
そんな感じで今度は町外れの山道をしばらく歩いていると、大きな恐竜や動物のオブジェが置かれている広場に出た。それは、首を上げないと見る事が出来ないくらい巨大で首が長い草を食べている草食竜や、大昔のイメージで作られた草食竜と肉食竜の両者が睨み合っている構図等、大きいが故にどことなく不気味さも感じる恐竜のオブジェがそこにはあった。
「ふぅ、だいぶ歩いたわね」
「そうでしょ。でも、まだまだ疲れるのはダメだよ。ここからが遊びの本番なんだから」
そう言って火花さんが始めた遊びは、巨大恐竜や動物のオブジェが置いている広場内での鬼ごっこであった。
この日はたくさん歩いたが、部活をやっている私はこの程度では激しく疲れる事はない為、十分に鬼ごっこを楽しむ事が出来るぐらいの体力は残っていた。
それは私だけでなく、私と一緒に長距離を歩いていた火花さんも走っている時の様子が疲れている様には見えなかった。それは火花さんだけでなく、一緒に来た火花さんの友達の氷山さんや水島さんや虹川さんも同じ様に見えた。
それからしばらくの間、鬼ごっこを楽しんだ後、私はこの広場内にある恐竜と動物のオブジェを、スマホ内にいるリーフィに見せてあげる事にした。
旅館までの道のりの途中で立ち寄った時に海を見て喜んでいた為、恐竜や動物のオブジェを見せても喜ぶと思い見せてみたら、案の定予想通り、リーフィは楽しそうな様子で恐竜や動物のオブジェを見ていた。
そんな感じで夕方頃まで広場で遊んだ後、日が暗くなる前に私達は広場を離れ、広場に行くまでに通る狭い山道に入る場所の近くにあるキャンプ場まで戻って来た。
そのキャンプ場は、普段は軽く運動をするのに使われている様な場所であるのか、この日は夏にも関わらずキャンプをしている人は見当たらなかった。
「さてと、この辺でいいかな?」
そんな中、火花さんはキャンプ場の周囲に人がいない事をキョロキョロと見渡すように確認をやり始めた。
一体、何を始めるつもりなのかしら? そう思っている間に、火花さんの友達である氷山さんと水島さんと虹川さんの3人が、火花さんの周りに集まった。
「ここでいいんじゃない」
「今は人もいないし、誰かの迷惑になる心配もないしさ」
「これくらいのスペースなら、ちょうど良いわね」
火花さんだけでなく、氷山さんと水島さんと虹川さんの3人も火花さんがこれから何をしようとしているのかが分かるのか、それぞれが火花さんと一緒にスマホを操作したりスマートグラスをかけ始めたりと、何かを始める準備を始めた。
「ねぇ、森崎さん、今スマートグラスは持っている?」
「持っているけど、それがどうしたの?」
「今すぐつけてよ!!」
「分かったわ」
何を始めるのか気になりながら見ていると、火花さんからスマートグラスを付けて欲しいと言われた為、私は日頃から常に持ち歩いているスマートグラスをカバンから取り出して、疑問に思いつつスマホでグラスからARを見る為の専用アプリを起動して装着した。
スマートグラスを装着し目の前に広がる光景を見た途端、私は驚きを隠す事が出来なかった。スマートグラスを装着した先に広がる光景は、何の変哲もないキャンプ場の景色とは一変し、そこに広がる景色はどこからどう見ても野外ライブ等を行う為のフェス会場の姿になっていた為である。
「こっ、これは……」
「どう? すっごく驚いたでしょ」
「確かにこれは驚くわ。何の予備知識もなしに見せられると尚更よ」
「でも、まだまだ驚くのは早いよ!! ここからが本番なんだから!!」
そう言うと、火花さんの着ていた服装が一瞬にしてガラリと変化した。それは、先程までの比較的露出が高めな服装とは違い、まるでアイドルが着ていそうなチェック模様の茶色のスカートが付いたワンピース衣装に、ARの機能で一瞬にして変化をしたのであった。あと、変化をしたのは服装だけでなく、靴までもが黒のブーツにARの機能によって変化をしていた。
服装や靴の変化は火花さんだけでなく、一緒にいた氷山さんと水島さんと虹川さんの衣装も、火花さんが着ている様な服装に一瞬にして変わった。
そして、皆の衣装がAR機能によって変わった後、火花さん達はARによって再現されているステージの場所へと移動を始めて、それぞれが特定の場所に立ち始めた。
「私達、アイドル系Utuber スピアーズ!!」
ステージがある場所から、皆でアイドルらしい決めポーズと共にそう叫ばれた。
「えぇ!! 一体どういう事?」
ARで再現された突然始まるアイドル風の真似事を見せられた私は、ただ驚くばかりであった。
「どうしたも何も、これから森崎さんの為だけのライブを始めるんだよ。スピアーズのライブをね」
「そっ、そうなの…… じゃあ、そのライブを楽しませていただくわ」
火花さんがこれからライブを始めると言い出したので、私はそのライブ風景を最も見やすい特等席である最前列のステージ前へと移動をした。特等席とは言うものの、観客は私一人しかいないのだけれども……
そう思いながらステージ前に立った時、私のかけているスマートグラスの耳元からリーフィの声が聞こえて来た。
『ユア、今から始まるライブはどんなライブになるのでしょうね?』
私がスマートグラスを装着して見ている景色は、スマホの中にいるリーフィも見る事が出来る。どうやら、それは通常の景色だけでなく、ARで変化した野外の風景もリーフィは認識出来ているみたいであった。
「そうね。どんなライブになるか凄く楽しみね」
こうして、私はスマホ内にいるリーフィと一緒に、目の前で始まるライブを楽しむ事にした。
「じゃあ、始めるよ!! レッツ、スピアーズ!!」
私がステージ前へと移動をすると、その様子を見ていた火花さんの元気が良い掛け声と共に、スピアーズのライブがスタートした。
スピアーズの歌う歌は、凄く曲のテンポが良い元気が出るような曲であった。ただ歌うだけでなく、キレの良い動きのダンス等、素人目線から見てもプロ顔前のレベルの歌唱力とダンスを披露していた。
そんなスピアーズのライブは、スマートグラスに付いている骨伝導スピーカーのお陰で、本当のライブ会場にでもいるかの様な臨場感で聞く事が出来た。
私がスピアーズのライブを楽しみながら見ているのと同時に、リーフィもまた、スピアーズのライブを楽しんでいた。
リーフィがライブを楽しむ様子は、目の前のライブを見ながらでも、リーフィの楽しんでいる様な声で確認をする事が出来た。
何の変哲もない物静かなキャンプ場内でも、スマートグラスを装着している私達にとってはそこは凄く賑やかなライブ会場。そんな少し不思議な空間で私とリーフィだけの特別なライブが行われていた。
ここ数年でAIが急速に発達した事により、AIによるAR等の画像生成の分野も急速に発達し、どんな場所に居ながらでもまるで本物が出現したかの様なAR世界を楽しむ事が出来るようになった。
そして、ライブが終わった後、先程まで歌って踊っていた火花さんがステージ場所から私の前へと駆け寄って来た。
「ねぇ、私達のライブはどうだった?」
「凄く良かったわ。歌とか踊りとか、凄く上手いわね」
「そうでしょ。なんで私達はこの町を代表するアイドル系UTuber、スピアーズなんだから!!」
私の目の前にやって来た火花さんに感想を聞かれた私は、歌とダンスが上手かったという事を素直に伝えると、それを聞いた火花さんが自慢気に嬉しそうな様子を見せた。
「そうなの。それにしても本物のコピーが凄く上手いわね」
「コピー? もしかして、私達がコピーアイドルとでも?」
「えぇ、違うの? だって、アイドル系UTuberスピアーズって言っていたし」
そんな中、プロの様に上手く出来ていた為にコピーが上手く出来た事を褒めると、先程まで喜んでいた火花さんの表情が一変した。
「いやっ、私達がその本物のスピアーズなんですけど」
「えっ、火花さん達が本物なの!? てことは、先程まで全て本物のライブを見てたってわけ?」
「そう。全て本物のスピアーズのライブをね」
「本物!? それはそれで凄いよ!! 凄すぎるよ!!」
「えへへ、そうでしょ~」
まさか、今まで一緒にいた上に先程まで一緒に遊んでいた火花さん達は、実は本物のアイドル系UTuberだったなんて今まで知らなかったおかげで凄く驚いてしまった。今の時代、世間で有名になるアイドル系UTuberと言えば、大手所属の人達ばかりの時代の為、この様な小さな町で活躍をしているアイドル系UTuber達を知らなかっても仕方はない。最も、私は有名無名以前に、アイドル系Utuberにはあまり詳しくはないのだけれども……
そんな驚く私の反応を見た火花さんは、自慢げな様子で嬉しそうだった。
「それはそうと…… 改めて、夏休みの間だけでも、よろしくね!!」
「確かに改めてだね。滞在中、この町を楽しませて頂くわ」
「森崎さんの期待通り、たっくさん楽しみましょ!! そして、ようこそ私達の町へ!!」
そんな感じで、火花さんはARで再現されたステージの上から、私はそのステージの前から、お互い握手を交わした。
夏休みの間だけとはいえ、今までに訪れた事のない町での生活に来る前は少し不安がありあまり好まなかったけど、友達が出来た今はなんとかやっていけそうな気がしてきた。
『ユア、私からも改めて夏の間よろしくね』
「こちらこそ、よろしくね。リーフィ」
それと同時に、リーフィというAIの少女と一緒に、初めて訪れる町で過ごす少し変わった私の夏休みが始まった。
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