入ってきた男二人組はどちらも筋骨隆々で、190センチはありそうな大柄な男と、対照的にもう一人は小柄な男だった。もっとも、大柄な男が近くにいるので相対的に小さく見えているだけで、おそらくは日本男児の平均身長かそれ以上だろう。

 男達はじっくりと事務所の中を見回し、所沢、紫門さん、僕の順に視線を向けた後、紫門さんに向け「お前がボスか?」と質問した。

「いや、僕は日雇い労働派遣者みたいなところ。ボスは……」

 そこまで言い、舌を鳴らしながら親指で所沢を指した。促されるまま大柄の男が所沢に視線を向けると、「な、なんなんだよお前らは!?」と所沢は情けない声をあげた。


(……紫門さん、これって仕込みですか?)

 意識が所沢に向いている間に、僕は紫門さんにだけ聞こえるように小声で質問をした。

(いや、僕も驚いてるよ。警察を呼んだはずなんだけど、どうやら来客はそれだけじゃなかったらしい)

 …………なんてこった。これは紫門さんの計画外の事ということか。一気に雲行きが怪しくなってきたな。


「言わなくても分かんだろ? 随分とウチの島で好き勝手に稼いだそうじゃねえか。俺んところの親父はそういう商売には煩くてな。とりあえず、場所代として1000万出してもらおうか?」

「い、1000万!? そんな金払えるわけないだろ!?」

 へえ……。と大柄の男がは呟き、ニヤリと微笑んで、スーツに手を突っ込む。

 再び現れた男の手には、テレビドラマでよく見られるような拳銃が握られていた。先端には黒い筒形のものが取り付けられており、サイレンサーだなと直感的に理解した。


 いや、待て……。は? 拳銃? 


 僕が状況を理解する間もなく、男は躊躇せず銃口を紫門さんに向け引き金を引いた。

 ボスッという音と共に銃口が跳ね上がり、紫門さんの脇腹から血が溢れ出す。彼はそれを左手で押さえるとガクリと崩れた。その光景を見て所沢は叫びながら扉へとがむしゃらに走るが、進行方向にいた小柄の男に呆気なく取り押さえられ、羽谷締めにされる。


 僕は条件反射的に両手を上げ、掌を相手に向ける。大柄の男が持っている銃の銃口は僕を通り過ぎ、そのまま後ろにいる所沢に向けた。

「どうする? お前も同じ目に会いたいか? 別に金額は1度にじゃなくて良い。とりあえず今日は100万だ。分かってると思うが、ATMとかで大金は引き落とせないからな。銀行の窓口に行って金を下ろす。いいな?」

「わ、分かった! 羽藤! 通帳と印鑑を持ってこい!」

 僕は名を呼ばれハッとすると、急いで通帳と印鑑を取り出した。大柄の男は「それをこちらに渡すんだ」と言うので、言われた通りにそれらを渡す。手が明らかに震えているのが自分でもわかり、何だか情けない気分になる。


 大柄の男は小柄の男の方に目配せすると、小柄の男はコクリと頷いた後、所沢を引きずって事務所から立ち去った。その様子を大柄の男が見送り、階段を降る音がしたあたりで男は携帯電話を取り出し何処かへ電話をかける。


「俺だ。ああ、Mr.キャプランを呼んでくれ。ああ、久々にキレちまったよ。死体の処理を頼む」


 男は携帯電話をスーツに仕舞い、持っている拳銃を無用心にも机に置いた。そして視線を自分が撃った紫門さんに向ける。

 しばらくの間、男は紫門さんを眺めていたが、見る見るうちに男の顔は余裕の表情から緊張した面持ちに変わり、「おい、嘘だろ」と呟くと大股で紫門さんの方へと駆け寄った。いや、嘘だろって言うか、撃ったのアンタだろ。

「おい、紫門! しっかりしてくれ。まさか本物じゃないよな!?」

 男は紫門さんの肩を掴みユサユサと揺らす。本当に焦っている様子で男は自分が撃った脇腹に手を当て、そこから流れている血を確認したり、首筋の動脈に手を当てて脈を測ろうと試みた。自分が殺したことが余程のショックだったのか、さっきまでの余裕は感じられな————。


 ………………え? いや、待て……。は? 今、こいつ、なんて言った?


「ブッ!」

 僕が何かを気づく前に、紫門さんから放屁の様な音が出た。彼は肩を震わせ、やがて笑い声を挙げる。大柄の男はそれを見て、一瞬安堵の表情を浮かべて息を吐いた。

「おい、勘弁してくれ。Mr.キャプランが作戦終了の合図だったろ! 生きてるなら生きてるってすぐ言ってくれ。一瞬死んでるのかとマジで焦ったぞ、あんなに反動がくるとは思わなかった」

 紫門さんは生き返り、ムクリと立ち上がると「朝、掃除しておいて良かった」と呟きながら体についたホコリを軽く叩き落とした。

「いやごめん。君が演じるヤクザが予想以上に良かったから、からかった」

 目の前で起こっている光景は、先ほど銃が出てきた時よりもさらに把握に困難を極めた。僕は紫門さんの脇腹に目を向けると、そこからはやはり鮮血が滴り落ちていた。

 僕の視線に紫門さんが気づくと、にこりと微笑んでベストのポケットから小さな袋を取り出した。

「血糊袋だよ。さっきの拳銃にも仕掛けてあって、そっちには血糊玉が入っている。通常、銃弾は火薬を詰めた薬莢と弾頭には弾丸が入っているんだけど、これは弾丸の代わりに血糊玉を詰める。基本原理は銃弾と同じ。火薬を爆発させた爆風の勢いで血糊玉が発射され、着弾すると衝撃で玉が弾けて、まるで本当に撃たれたかのようになるんだ。【赤の染料殺人】って言う、マフィアがよくやったペテンの一種だよ。希望では血糊玉で袋を当てて欲しかったけど、流石にそれは出来なかったから、左手で袋を潰して血の量を増やした」

「俺にそんな射撃の精度求めるなよ」

「いや完璧だよ。そもそも僕に当てられるとすら思ってなかったから」

 …………なるほど、二人が談笑しているところを見るに、元からの知り合いってところか。状況的に考えて、もう一人の男も紫門さんの知り合いって事だろう。

「紹介するよ。桜江伊織人おうえいおひと。僕の同僚だ、保険会社のね。この日のためにもう一人のキムと有給を取ってもらった」

「昨日急に連絡が来たから焦ったぞ、谷さん怒ってないと良いけどな。それより紫門……」

「何?」

「さっきの説明。弾丸はニセモンだけど、拳銃の方はどうなんだ? あれ、お前が持ってきたんだよな?」

「…………そんなことより、キムの後を追ったほうがいい。そろそろ車に着いてる頃だし通帳は君が持ってる。僕らは後ろから気付かれないように付いていくよ。このままだとフィナーレに間に合わなくなる」

 明らかに話を逸らした紫門さんに桜江さんは嘆息を吐き、急いで事務所から出て階段を降りていった。その後を紫門さんが追い、途中で気づいて事務所に置いていた拳銃を取りに戻る。


「その銃…………、偽物なんですよね?」と僕が聞いても、紫門さんはニヤリと笑うだけだった。

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