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《やはり、警察に踏み込んでもらうのが一番かなって》
その日の夜。自宅に帰った僕はどうしようもできず紫門さんに電話をした。とにかく後1日しかない状況で、一体どう言う風に彼が考えているのか知りたかった。我ながら他力本願もいいところだと思うが、背に腹は変えられない。
ダメならダメで、元の生活に戻るだけだ。いっそのこと踏ん切りが付くだろうと意を決した結果、意外にも一般的な手法で拍子抜けしてしまった。まあ、確かに考えればそれが確実だろう。
《君も一人で踏ん切りがつかない事だったろう。多分、思いついてもバイト君のこととか、自分が受ける損失とか、裏切り者になる後ろめたさとか、色んなものが巡り巡って上手くいかなかったはずだ。でも、僕も一緒にいる。誰かがいればそれだけで勇気が湧いてくるはずだよ》
確かにその通りだ。しかし、それで良いのか……?
《まず、バイト君達には買い物に行かせ、僕が所沢を引き止める。その間に警察に来てもらって、逮捕って流れにすればどうかな?》
「でも、そしたら紫門さんも捕まっちゃいますよね? 僕は良いとして、紫門さんは大丈夫なんですか?」
《まあ、僕も色々と修羅場は潜り抜けているからね》
うん? それは全く回答になっていない。もう一度聞き返そうかとも思ったけど、この人に関しては、一度はぐらかした回答にちゃんと答えてくれるとは考えられなかった。
《何とかなるだろう。じゃ、また明日》
そう言って紫門さんは一方的に電話を切ってしまった。相変わらず、一抹の不安が残る状況ではあったが、まあ、警察が来て事態が収まるならそれに越したことは無いだろう。
自身の逮捕というところで踏ん切りがつかない部分もあったが、紫門さんの言った通り、一人では無いというところで妙に安心している自分がいるのも確かだった。紫門さんが同時に捕まってしまうという恐れは確かにあるが、どうもあの人は何かしらの策略があるようだ。何とかなるだろう……。多分。
いよいよ決行の日だ。僕は勇んで事務所へと直行したが、既に事務所には所沢と紫門さんが到着しており、入ってきた僕の顔を見て「よお」と小さく手をあげた。
「なんだ、今日は皆な早えな。紫門なんか俺が来る前から事務所にいたぜ」
「昨日は途中で早退したからね。お詫びに早めに出勤して、事務所の掃除でもと思ったんだ」
「さすが、殊勝な心がけだな!」
「ところでここ紅茶とか無いの? 昨日から気になってたんだけど僕は紅茶派でね、仕事中に飲むとリフレッシュできる。あとはスコーンとかも欲しいな。ね、バイト君に買いに行くよう頼んでよ」
さも当然と言わんばかりに紫門は注文した。しかし、その態度が所沢は気に食わなかったようだ。
「いや、確かにアンタには世話になりっぱなしだが、バイトを好き勝手に使われるのは」
「いいから買いに行かせろよ。通帳、変えただろ?」
所沢の反発に、にべにもない態度で紫門さんはピシャリと言い切った。一瞬不穏な空気が走ったが、所沢が観念してバイトに電話をする。あの3人はいつも揃って行動する。一人連絡を入れたら全員で買い出しに向かうだろう。
「…………満足か?」
携帯電話を仕舞いながら紫門さんを睨み付ける所沢に向かい、「まあ、多少はね」と紫門さんは肩をすくめた。
「あのな、ちょっと良いか? 確かにアンタが優秀なのは認めるが、だからって上下関係が変わるってことじゃない。ここのボスは俺だ。誰が何をするかは俺が決めるんだ」
「部下の言うこともある程度呑んで、気持ちよく仕事させるのも上司の仕事だ。ワンマンタイプで上手くやっていける人もいるにはいるが、君はそれほど有能じゃない」
イラつく所沢を楽しむかのように、紫門さんは油を注ぐ。
「っんだと、テメェ……」
「この事務所に2日間程いたけど、これほどプロ意識も低くずさんな所は珍しい。僕も色々と詐欺師を見ていたが、君には詐欺師として決定的に足りない部分が幾つもある。そもそも、古くからの知り合いである羽藤くんを仲間に入れている時点でお察しだ」
「ああ!? 俺の何が足りねえってんだよ!」
所沢のイライラがピークに達したようだ。
近くにある机を力一杯殴り、彼の方を睨み付ける。その様子も意に介さないようで、紫門さんは淡々と言葉を続けた。
「まず第一に知性だ。知性がなければ詐欺を思いつけない。結果、ありきたりな振り込め詐欺なんかに手を出すんだ」
「そして第二に忍耐だ。君は我慢ということを知らない。詐欺とは長く考えた計画と、釣りのように待つ辛抱強さが必要だが、君にはそれが全くない」
「そして第三、これが最も致命的」
…………紫門さんは一旦呼吸をし、間を置いた。遠くから階段を登る足音が聞こえる。
「君は人を信用しすぎている。詐欺師は人を信用させるが、自らは誰も信用してはならない。そうしているから、足元を救われる。こんな風にね」
事務所の扉がタイミングよく開き、所沢が驚いてそちらの方を振り返る。
紫門さんの計画通り、警察が来たのだ。
そう思って視線を扉に向けたが、そこに立っていたのは明らかにカタギには見えない、黒いスーツを着たガタイの良い男二人組だった。
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