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「井上。電話を切れ、多分いたずらかユーチューバーだ。これ以上構っても時間の無駄だ」
「平良。もう20万下げろ。それで値切らせたと思わせとけ」
「大俣。制限時間まであと3時間しかない。これを過ぎたら延滞金がさらにかさむと言え。考える隙を与えるな。日を跨いだら払わなくなる」
「なんだ井上、まだ絡まれてるのか。電話を切れ」
「良い加減にしろ井上。ディペード勝負じゃないんだ。金を稼げないなら無条件で敗北だ」
「井上、意固地になってるんじゃない。知恵もないのに対抗しようとするな!」
「泣くな井上! ムキになって絡むから墓穴を掘るんだ!」
「………………まあ、頑張ったよ井上。ほら、これで涙拭けよ」
狭っこい椅子の上で体育座りをして、涙と鼻水を垂らしながら嗚咽を漏らしている24歳の男にタオルを渡しながら疑問に思う。僕は本当に一体何をやっているんだろうか……。
罪悪感と、それに頭の悪い馬鹿のフォローで疲労しきった僕が何気に壁の時計へ目をやると、時計の針は丁度5時を回ったところだった。同時にアラームであるチャイムが鳴り、今日の終業時間を告げる。
「お疲れー! 今日はどうだったかなー!?」
僕の疲労など気にも止めず、所沢は能天気にパソコンから残高を確認した。僕の計算では本日の振り込みは320万。どうも計算は合っていたらしく、所沢は「ふん」と小さく息を吐いた。
「まあ、いつも通りってかこのくらいか。もっとこう、1000万とか稼いでみたいよな!」
完全に金銭感覚が麻痺した所沢は、この結果に満足いっていない。
そもそもコイツは何にもやっていないし、大前提として人から金を騙し取ってると言う感覚すらない様子だった。僕も仕事なので、上手く行くようにと気を尖らしているが、それが終わると罪悪感に潰されそうになる。被害者の人たちからして見れば関係のない話だろうが、一応、人としての矜持として、その感覚は忘れないようにしておきたい。
インカムの電源を切り荷物をまとめる。僕の帰り支度を見た所沢は「お、お疲れ」と声をかけたが、返事をする気力もない僕は適当に頷いて事務所を後にした。
30分後、僕はいつもの喫茶店に到着しテーブルに着いた。店内を見渡すが、安藤はまだ来ていないようで不破の姿も見えない。とりあえずいつも頼むコーヒーを注文を取りに来たウェイターに伝え、鞄の中に入っているソフィー=キンセラの小説の続きを読むことにした。
「随分と少女趣味な小説を読んでいるんだね」
読み始めてから数ページ送った頃、人の気配がしたと同時に上の方から声が聞こえ、僕は視線をそちらに向けた。テーブルを挟んだ椅子に手をかけ、紫門さんはいつものにこやかな表情を浮かべてこちらを見返している。軽く会釈をすると、彼もそれに答えて正面の椅子に座る。僕も礼儀として読んでいる本にしおりを挟んで傍においた。
「ああ、ごめん。馬鹿にしているつもりは無いんだよ。誰がどんな本を読もうとその人の自由だからね。まあ、官能小説とか大っぴらに読んでたらアレかなとは思うけど、自慰行為でもして周りに迷惑をかけてなければそれも自由の範囲内……、ええっと、なんの話だったっけ?」
「いや、未だ何も……」
「ああ、そうだったね。ところで、安藤くんはまだ来ていないんだね」
紫門さんはそう言って店内を見渡した。運悪く目の合ったウェイターが勘違いをして注文を取りに来たが、紫門さんは「紅茶をお願い」と言って厨房へと向かわせた。
「ええ、彼は普段、もう少し遅れて来ます。18時まで仕事なので」
「そうか。まあ、それなら都合が良い」
紫門さんは改めて椅子に座り直し、真剣な表情で僕の顔を見返した。何事かと思い、僕も姿勢を正すことにする。
「羽藤くん」
「……はい」
昨日まで見せていた、にこやかでフランクな表情はそこにはない。なんとも言えないプレッシャーがひしひしと感じられ、自然と僕の呼吸は荒くなっていった。
「君、人に言えない仕事、してるよね?」
…………ッヒュ。
情けない音が、僕の喉の奥から聞こえた。
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