「…………ちょっと、嘘でしょっ!?」


 叫び声で後ろを振り向くと、そこにはトレイを片手に僕らを睨みつけている不破の姿があった。そりゃそうか。注文を受け取って厨房に戻り、注文通りの品を渡そうとしたら知人二人が客のテーブルに勝手に混じっているとなれば、叫び声の一つや二つ挙げたくもなる。

 不破は一つ咳払いをし、ツカツカと僕らがいるテーブルに近づいて「紅茶、お持ちしました」と、青色のソーサーとカップを紫門さんの机の前に置きいた後、安藤の顔を睨んだ。

「…………何考えてるの?」

「なんだよ。まるで俺が悪いみたいな決めつけ。そう言うのは良くないぞ!」

「疑われるのが嫌なら、普段の行動を反省しなさいよ。羽藤は考えなしにそんなことしないけど、貴方ならやりかねない」

 まぁ実際、不破の想像通りだから弁解のしようもない。ことの成り行きを見守ろうと思ったけど、意外にも手を差し伸べたのは紫門さんだった。

「いや、彼は僕が退屈そうにしていたから声をかけてくれたんだよ。おかげで有意義な時間を過ごすことができた」

 そう言って渡された青いカップに口をつけ、紅茶を一口飲み込む。不破はまだ何か言い足りなさそうな顔をしていたが、紫門さんのニコリと微笑んだ表情を彼女に投げかけると、彼女は嘆息を吐き、「申し訳ございません」と深々と頭を下げ、「あんまし迷惑にならないようにね」と安藤の方を向いて言い放ち、厨房の方へと引っ込んでいった。


「あ、ちょっと待っててください」

 僕は席を立ち、自分たちがいた席に置いていたコーヒーを持って紫門さんのテーブルに戻った。そして、先ほどまで引っかかっていたことを訊いてみることにした。

「あの、保険調査員じゃなくて……、コンサルタントって、どう言うことですか?」

 コンサルタント———、つまり相談や助言を行う立場のことを指す。彼はわざわざコンサルタントという言葉を付け足したと言うことは、正式な保険調査員じゃないと言うことだ。それに、彼の勤めている職種に助言をするとしたら、そう種類は多くないだろう。

 紫門さんは手に持っていたカップをソーサーに置き、僕にニコリと微笑み返した。

「そこに引っ掛かりを感じて訊いてくるってことは、大体どう言う意味か察せるはずだよ」


 …………あっさりとそう言う彼の言葉に僕は拍子抜けをした。今のはつまり、そう言うことなんだろう。話がついていけないのか、安藤は僕と紫門さんの顔を見比べ、最後には「おい、どういうことだよ! 教えてくれよー!」と僕の体を揺すってくる。

「安藤、多分この人は……」

 言って良いのかどうか——。額に手を置き一瞬頭を巡らせたが、その続きを紫門さんはあっけらかんとした表情で続けた。

「そう。詐欺師だよ。もちろん、”元”ね」

 紫門さんはもう一度微笑み、紅茶を嗜むことを再開した。


 ——翌日、寝ぼけ眼をこすりながら僕は3階分の階段を登って事務所へと到着する。

 事務所可で借りたワンルームマンションに無理やりに詰め込んだ机が西向きに4つ並んでいて、背もたれがある椅子が完備されているせいで余計にギチギチとしており、毎度のことながら、正直、見ているだけで頭が痛くなってくる。

 事務所には所長である所沢ところざわが一人いるだけで、入って来た僕に気づいて「よお」と軽く手を挙げた。おはようございます。と言い返す前に携帯電話の着信音が鳴ったので、軽く手を挙げて返事を返した後、携帯電話を取り出して誰からの受信か確認した。

 電話に表示された【安藤】という名前を見て嘆息を付いた後、通話の表示をフリックした。

《よぉ、おはよう! 昨日はすごかったよなー! まさか紫門が元詐欺師だなんてさ! いやー、なんかアヤシイとは思ってたんだよ。やっぱり俺の観察眼は伊達じゃないよな!》

 ……予想はしていたが、やはり昨日の興奮がまだ冷めやらぬらしい。まあ確かに、詐欺師なんてのは職業柄、隠れて生活しているものだし、元だからと言っても公言したがる人は少ないだろう。滅多にお目にかかることのない業種なので、安藤が興奮するのも無理はないか。というか、出会ったばかりの人物を平然と呼び捨てに出来る神経が凄いなこいつ。

 当然ながら、詐欺師とカムアウトしてからの安藤の質問攻めは凄かった。相手の返答を待つことなく矢継ぎ早に質問を投げていたが、それを気にもせず淡々と応えている紫門さんも凄いと感心してしまった。

 頭の回転が早いのか、答えは短かったが全てが要領良く明瞭な内容で、僕はもちろん安藤ですら2回以上聞き返すことが無いほど明確だった。というか、良心の呵責が無いのかと疑問にすら思う。

 時刻が20時を回ったあたりで紫門さんは帰ることになり、その流れで僕らは解散することとなった。安藤はまだまだ聞き足りない様子だったが、無理やり人を引き止めるほど常識が崩壊している奴ではなくて安心した。まあ、そのおかげで今この電話に出ていることになっているんだが……。

《…………っでさ、あ、また今日もあの喫茶店寄ることにするよ! 紫門に会えたら、また色々と聞きたいしさ! 、、、って、羽藤。大丈夫か?》

 昨日の回想に浸っている間にも安藤は何かを喋っていた。僕は適当に相槌を打っていたのだが、気に入らなかったようで心配されてしまった。

「あ、ああ、大丈夫だ。分かった、僕も行くよ。じゃあな」

 電話を切りポケットに携帯を仕舞う。ドッと疲れが来たのか大きな嘆息をつくと、所沢は「どうした? 友達か?」と訊いて来た。あー、はい。と適当に返事をすると聞いているんだか無いんだか、「へっ」と小さく鼻で笑う。

 そうこうしている間にも従業員、、、というかバイトが3名到着した。4つあるテーブルの内、バイトがそれぞれ持ち場の机に座る。

 現在は3つが埋まって1つは空きが出ている状態、所沢は特に何もせず、僕は彼らの動向チェックをする係だ。

 時刻が9時を周り、所沢が最前線の机の前に仁王立ちし、おなじみの演説を開始する。

「よし。今日もマニュアル通り進んで行け。電話で話して、見込みがありそうなら斬りかかれ。どうしょうもない時は羽藤に頼れ。個人で判断するなよ」

 バイトたちは適当な返事をするが、それを気にするような所長ではない。所沢はついで僕の方を見た。

「羽藤。今日も頼むわ」

 支給されたインカムを装着しながら頷きで応える。

 インカムのBluetoothをオンにする。

 今日も今日とてクソのような仕事が始まる。吐き気がするが、どうしようもない。

「じゃあ、今日もたくさん巻き上げていこーぜ!」

 狭い部屋の中、やる気に満ち溢れているのは所長の所沢だけだった。


 数ヶ月前、夢破れて行き場のない僕のところに所沢はふわりと現れて、昔のよしみが何だかんだと、あれやこれやと言って僕を勧誘した。僕も自暴自棄になっていたので、特に気にすることなく彼の事業に参入した。ロクでもない事は充分に理解していたが、まさか、こうなるとは予想していなかった……。


 僕、羽藤陸は残念なことに、振り込め詐欺のコンサルタントだ……。

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