河童

時分は朝。どんよりと黒い雲が重く、青空に蓋をして、何時(なんどき)かということすら隠しもっている。これから程よく明るくなっていくような心持ちもするし、これから暗くなるような気もするそんな朝。


すぐに雨が降り始めてもおかしくないが酔狂に近くの小川を眺めに行く。ほんの小さな小川でおおよそ1m地面から彫り込まれたところに、これまた1mほどの幅に水が流れている。別段珍しいところはない、ただ都市開発の厄介者として追いやられた小川だ。


そこに掛かるヒト一人が通れる幅の小さな橋の上から見た小川には水の流れとは別の独特の雰囲気が水上を漂い流れていた。流れる水特有の静けさや空を反射させて黒く濁ったようになった水の色がそう思わせるのかもしれない。

あるいは過激なものには程遠い、しかし確かな存在感を鼻腔の片すみに残す川特有の湿った匂いが鼻をグッと圧迫するからか。


このような日はあまり清々しい・よい気分になるものではないが、何か起こりそうな雰囲気が不思議と好きで見に来る。

川の流るるさまをボゥっとみていると何やら水面に藻のような緑がただよってきた。クラゲのようにしばらくプカプカ浮いていたと思ったら、トプンと沈んだ。しばらくするとまた水面に姿を現してその場にとどまっている。

奇妙に思い橋をわたって川辺に近づいていくと、緑の塊は藻ではなく固体であることに気がつく。例えるならケロリンと書かれたあの黄色い銭湯の桶を、アクリル絵の具で緑色に塗ったくったような感じの物であろう。

拾い上げようかとも思ったが、手を伸ばして届く距離でもないのでそのまま眺めていると桶が持ち上がりその下からキロッと光る2つの目が見えた。睨みを聞かせるわけでもなく、こちらに興味があるわけでもない。こちらに興味などないが、お前に見られているからただ見つめ返していると言いたげなその目はジッとこちらを見ていた。


私の頭には目の前の存在が河童ではないかという考えがよぎっていた。河童の特徴など、爬虫類のような姿の人型できゅうりが好物であるぐらいしか知らないのだがそう思った。互いにまんじりともせず凝視しているとぴちゃりと顔に冷たい感覚があった。


顔を拭い空を見上げれば、黒い雲が一層暗く今にも水粒を吐き出しそうにしている。そう間もなくポツリポツリと顔を濡らす粒が空から降ってくる。眼の前の奇怪なそれよりも降ってくる水の冷たさがたまらなく、近くの軒へ邪魔をする。


軒から先の目を見つめればもうそこに目はなく。雨が降ったことを嬉しそうに勢いを増す小川だけがあった。

今も颱風たいふう近づく中夏に思い出す。


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短編集:雨の日の怪 北米米 @hakuro3269

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