W 英雄の君と破壊者の俺 下書き1

@maow

第1話 未定

「優、そっち行ったわよ」


破壊された町を猛スピードで走る異形の怪物、そいつを必死に追いかけながら、私は肺に残ったありったけの空気を吐きだして叫んだ。辺り一帯瓦礫の山で私の声がこだまするわけもなく、鉄の臭いが残る空気にあっさりと飲み込まれてしまった。あまりにも無力な私の叫び、それでも長年苦楽を共にした相棒は聞き逃すことなく、眼前を走る怪物のちょうど真上、気持ち悪い緑頭の真ん中に、その黒くも美しい愛剣を振り下ろした。


「うおおおおおおおおおおお」


気合の入った声と共に近くに積み上がっていた瓦礫より飛び降りた優は私の前を走っていた怪物、見るからにブヨブヨした緑色の体を持つバイス:バジリスクを頭から真っ二つに、スプラッター映画のゾンビがかわいらしく思えるぐらいに見事な一刀両断をしてみせた。


「Gyoa」


生物学者でもない私には、というか生物学者でも無理だろうけど、目の前で頭をかち割られた怪物が最後に残した言葉は分からない。それでもわかることがある。それは短い断末魔を残してバジリスクはその命を絶たったこと、そして切断されたバジリスクの頭から出る血や脳漿で二人の乙女が汚されてしまったことである。


「おつかれえ、優。これでやっと半分ね。」


「うーん、そうだけど、服がべたべただよ。なんか変なにおいもするし」


私は顔だけで済んだけど、バジリスクを一刀両断した当人は顔だけというわけにはいかなかったみたいで、全身バジリスク成分でびちゃびちゃになっていた。まあせめてもの救いはひざ下まで伸びる紫色のコートのおかげでインナーまで汚れなかったことぐらいかしらね。


うん、違うわね。


バジリスクの体液を一身に受けた優のコートだけどそれでもコートの持つ神秘的な美しさは損なわれることなく、むしろ怪物の血すらも自らを彩る配色の一部にしてしまっているように見える。美人は何を着ても美人と言うことだろうか。といってもさすがに臭いまで着こなすことは出来ず、せっかくの整った顔も生き物特有の獣臭のせいでゆがんでしまっている。顔に少ししかついていない私ですら顔をしかめたくなるくらいだから優の方はかなり重厚な風味なのだろう。


「早く神託(オラクル)を解きなさいよ」


私の言葉にうなずくとすぐに優の体を紫色の光が包み込んだ。美少女が光に包みこまれるなんて魔法少女もののアニメなんかでよく見るシーンだけど、幼少期の私はあれをただの放送時間の尺稼ぎと思っていた。だから一回見たら次の回からは早送りして見ていたのけれども、実際目の当たりにしてみると、とってもキレイ。ずっと見てられると思う。


まあ、魔法少女物のアニメならここで優の裸が全国のみなさんにお届けされ視聴率がグンッと上がる所なんでしょうけど、ざんねんなことに、私たち女性利用者にはありがたいことに、そうはならないのよね。優を包んでいた光の粒子たちは一分もしないうちにセーターの糸がほどけるように消えて行ってしまった。そして光が消えるとさっきまでどこぞの世紀末の美少女剣士風だった優の衣装が今やOLご用達のパンツスーツ姿にモデルチェンジしていた。


衣装チェンジが速すぎて肉眼じゃほとんど見えないのよね。まあでもそれでよかったわ、いや、本当に。もし裸じゃなくてもスタイルがわかるんだったら私は絶対光になんて包まれない。だって・・・・・・胸が、ねえ。


光速早着替えを終えてすぐ優はその場でクルッとまわって、自前のパンツスーツにシミが着いていないか確認した。その後、自分の腰まで伸びた綺麗な黒髪を摘まんで鼻に近づけた。やっぱり少しはバジリスク成分が着いていたみたいで、何ともいえない顔で口を引き結んだが、首を横に振ると、勢いのあまりアスファルトにめり込んだままの愛剣を引き抜き自分の腕ごと愛剣を光で包み込んだ。衣装チェンジの時と同じく数瞬の内に光源は消え去り、握っていたはずの愛剣も光源と共に跡形もなく消失していた。


「ふう、神衣(カムイ)だと洗濯とかしなくていいから良いよね」


神衣と神器。神契(かみちぎり)という私たちとはまた違う次元、といっても全く別の世界と言う訳じゃなくてつながった世界。高次元って言うのが一番しっくりくるかしら。その高次元、私たちが通常干渉できない世界に存在するいわゆる神様のような存在と契約、神契(かみちぎり)をすることで神託(オラクル)が与えられる。そのオラクルがこの次元で顕現した物が神衣と神器である、らしい。正直私も聞いただけでよくわかってないんだけど、要は別世界に転生しないでなんかチート級の武器を神様からもらったってのが一番わかりやすい表現なのかしらね。


私も優も神契をしてオラクルを賜ってるけど、オラクルは普通みんながもらえるような代物じゃない。むしろ選ばれたごく限られた人間しか持てない神聖なもの、なんだけど、困ったことに優はオラクルで得た神衣、夜の女王(ナイトオブクイーン)と神器、黒神刀(こくじんとう)を洗濯機いらずの服といつでも取り出せるサバイバルナイフぐらいにしか思ってないのよねえ。


「あんたねえ、人智を超えた超常の力に対してよくもそんな専業主婦みたいな感想言えるわねえ。」


「主婦ですから。専業じゃないけど。」


そんなことで威張られても。町一帯壊滅させられた状況でない胸を張れる親友を私は白い目で見ればいいのか頼もしく思えばいいのか。まあ一つだけ確かに言えることは、もし優に胸があったら親友はやめてるってことね。いや、ほんとに、まじで。


「オラクルも永久的に使えるもんじゃないし、私も自前のパンツスーツに着替えようかしらね。っていうかなんで優の神衣は過去に何かあった英雄風なのに私はこんなフリフリの着いたアイドルのセンター風衣装なのよ。」


「ええ、かわいいじゃん。赤髪のさいさいによく似合ってるよ。」


この手のやり取りは今まで散々してきて、結局ろくな答えが出ないので私は黙って優とはまた別の赤みを帯びた光源を出現させて自分の体を包みこんだ。すると優と同じく一瞬で朝着ていたスーツ姿に衣装チェンジできた。


一応私も自分の二つに結んだ赤髪にバジリスクの体液が着いていないか確認していると、どこからかくぐもった機械音が聞こえた。


「ん、さいさい、携帯鳴ってるよ」


優にそう言われ、真っ赤なパンツスーツのズボンについているポケットに手を入れてみると携帯のバイブレーション機能が作動した。


神衣って発現させると服だけじゃなくてポケットの中も一緒に消えちゃうから面倒よね。

ポケットから出して神衣に着替えれば大丈夫なんだけど、急な戦闘でいちいちポケットから携帯出すわけにもいかないしね。


画面に表示された名前を見て一安心した後、携帯の通話ボタンを押した。


「もしもし、ああ秋。大丈夫よ、こっちで片付けたわ。そっちは、うん、そう、わかったわ。じゃあこっちで合流しましょ。ええ、じゃあまたね。」


通話は至って簡潔に一分もかからず終了した。まあ、秋は長話しするタイプじゃないし、してる状況じゃないしね。


「あきあきから」


「ええ、あっちは逃がしたみたい。近くまで来てるらしいから、このまま合流するまで待ちね」


秋たちは私たちが追っていたやつとは別のバイスを追っていたけれども結局見つけることはできなかった。そのことを報告しようとしたら私たちの電話がそろって圏外だから戦闘になってると思い応援に駆け付けてくれている途中で戦闘を終えた私が電話に出た次第ということらしい。バイスは無事私たちが討伐したからとりあえず情報確認も合わせてここに集まる運びになった。


さっきまでずっと追いかけっこやってたからあんまり動きたくなかったしね。


「さてと、下手に動いて行き違いになっても癪だし、ここで秋たちが来るまで待機ってことになるけど、どれくらいかかるかしらね」


「あきあきだけなら、ビューンって来れるから十分もかかんないと思うけど」


「問題は春樹ね、何で秋と同じような能力なのにあそこまで性能が違うのかしらね」


「はるはるのオラクルもすごいよ」


「あからさまな困り顔で言われてもね」


あはは、とお世辞にも上手と言えない作り笑いをする優に思わず私も目を細くしてしまった。


もちろん私も心の底から春樹を役立たずとか女の尻にひかれて情けない男とか思ってるわけじゃないんだけど・・・・・・・少しは思ったこともあるけど、それ以上にねえ。


「秋が出来る女すぎるのよねえ。」


「あー」


優もこれに同意を示すように唸り声を上げた。


昔からずっと春樹は秋とコンビを組んでたらしいけど、あの才色兼備を体現したような秋とずっと一緒に仕事してたらねえ。比べられることもいっぱいあったでしょうに。


「相棒が出来ると大変よねえ。私はそういう経験ないけど。」


「なんか言った」


「いいえ何も」


勘は鋭いのよねえ。男を見る目はなさそうだけど。


「それにしても、秋たち遅いわね、かれこれ十分は経ってそうだけど。」


「あきあきたちが向かったのってここから結構離れてなかった。あそこからだと三十分ぐらいはかかると思うけど。」


「それはそうだけど、秋の口ぶりから結構近くまで来てる感じだっ、た・・・・・ん」


話の途中で私の足元に小さい小石のようなものがコロコロと転がってきた。一つくらいならたまたまだと思うけど、それが続けて三個もとなるとさすがにおかしい。転がってきた方を見やるとひときわ大きい瓦礫の山が。たしかタワーマンションがあったとこだっけ、金持ちしか入れない超高級の。


破壊される前の面影を完全に失い道端の汚山の大将と化した高級タワーマンションのなれの果てを見上げていると、突然ローキックを受けたような衝撃が。


「え、なに、地震」


当然優が私にローキックするわけない・・・・・こともなそうだけど、こんな時にそんなことする子じゃない・・・・・・・と思いたい。突然降りかかった想定外の出来事に脳がショートしてしまい事態を把握できないでいると不意に優の叫び声が聞こえた。


「さいさい、横にジャンプ」


長年の相棒の声を私も聞き逃すわけがなく渾身の力を込めて地面を蹴り横っ飛びジャンプ。すると私がさっきまでいたところから巨大な筒状のものが地面を突き破って地上に這い出てきた。


「なにこれ」


突然地面から現れ私を見下ろす褐色の筒はかつて成功の象徴としてこの辺りにそびえ立っていた高級タワーマンションをはるかに超える大きさで、外側に紫のニキビのような斑点があり、大の大人でもすっぽり覆ってしまいそうなほど大きい中央の空洞からはのこぎりのような細かな歯が三百六十度ぎっしり詰まっていた。


「これあきあきたちが追ってたワームのバイスじゃない」


「ええ、何でこっちに来んのよ」


バイス:ワームはどんなものでもかみ砕いてミンチにしてくれるわと言わんばかりにおぞましい口を徐々に私の方へと近づけてきた。ちょうど私の体が完全にワームの陰で隠された瞬間、私は優とアイコンタクトをとった。そしてすぐさっき解除したオラクルを再び発動、全身を光の繭で包み込む。一泊遅れて慌てたようにワームが私を捕食しようと繭ごとのみ込みにかかるが、光の繭がワームを吹き飛ばす。


数瞬後には繭がほどけ私の神衣、赤の深層(ディープレッド)と神器、豪炎双(ごうえんそう)が顕現する。


私の双剣、豪炎双は刀身に鋼鉄すら切断できるほどの熱を持たせて攻撃する攻撃特化型の神器。通常、神衣も神器も神契した神様の影響を大きく受けるのだがそれと同時に契約者の影響も色濃く受ける特徴がある。


ワームは光の繭から受けた反動でノックバック状態、このチャンスを見逃すはずがなく、私と優は一斉にワームへとびかかった。


何でこっちは私好みなのに、服はこんなアイドルみたいなふりふり衣装なのかしらっ。


「っ」


無言の気合と共に二つの剣でワームバイスを攻撃。斬撃を交差させるX(クロス)切りに、二つの剣を寝かせて平行に構え切り裂くファングスラッシュ。


「gruuuuaaaaaaa」


息もつかぬ連続攻撃にワームバイスは痛哭する。


別に私は特殊能力を身に着けられて浮かれているわけでも中二病という病に犯されているわけでもない。ただ自分の攻撃に名前を付けていたりすると実際その攻撃をするときにイメージがしやすいのだ。契約で手に入れた力といっても所詮は借り物の力、うまく扱うにはイメージが重要になってくる。その際名前と自分の動きを関連付けしてると扱いが容易になるのだ。まあ、アニメや漫画とかの必殺技みたいなもんね。もちろん人前でこんな技名を大々的に言うのは恥ずかしいから心の中でしか言わないけど。


ワームの体、外表面にある吹き出物のようなもの、どうやら正体は酸のようなものらしく、私たちの斬撃で水疱が破けるたび辺りの瓦礫を溶かしていっている。こんなものをまともに浴びれば当然人の体なんてひとたまりもないでしょうけど、こっちが纏っているのは神衣、人智を超えた衣服である。露出している顔なんかにかからないようにすればそれほど怖いものではない。


休みなく叩き込まれる斬撃にワームバイスは悲鳴を上げることしかできず馬鹿でかい図体にはすで無数の火傷跡をついている。圧倒的に私たちが押している。ワームバイスは耳を劈くほどの悲鳴を上げ続ける、けれどもその巨体を地面に横たえることはなかった。


こいつどんだけ耐久力あるのよ。防御特化型ってことないでしょうね。


単発の強撃を得意にしている優は既に肩で息をしており、攻撃の手が止まっている。そして私も。


「く、X切り」


渾身の力を込めた一撃もワームバイスを倒すには至らなかった。そして私の攻撃もついに止まった。


「Guoooooooooooooooooooooooooo」


斬撃が止まったことを確認すると、次は自分の番だと言わんばかりの殺意に満ちた怒号を上げ、私の頭上へ最初から決めていたようにおぞましい口元を私へと近づけてきた。


「さいさい、うわ」


「ゆう」


私を助けようと優は愛剣を振りかざしたが、いち早くワームに察知され尻尾で優を強打。横殴りに飛ばされた優は近くの瓦礫に頭から突っ込んでしまった。神衣を着ているので命に別状はないと思うけど、このままじゃ私も優もこの気色悪いミミズの餌にされる。


邪魔者がいなくなったのを確認すると、ワームは無数のギロチンを生やした口を大きく開いた。さしわたし三メートルはあろうかという大口が私を丸みミンチにしようと近づいてくる。全力の斬撃を十分以上連続で出し続けた私に目の前に迫る緩慢かつ無慈悲な暴虐に抗う体力が残っているわけもなく。ついに私の全身がワームの中へ納まろうとした瞬間。


「Gyaoo」


ワームは勢いよくのけ反らされた。


「これは風」


コの字に腰を折るワームを見上げながら、私は自分の周りを取り巻く風が高速で回転しているのを肌で感じた。こんな局地的に台風が自然発生するわけなく、ワームを見上げる視界を猛烈なスピードで横切るポニーテール巨乳を見つけた。


「あきあき」


「ここは私に任せて優と彩夏は下がれ。春樹は風の防護壁を彩夏たちに頼む。」


「わかった」


そう言うと白馬の王子様風の神衣を纏った秋は一つに束ねた緑白色の髪を振り乱しながら空を縦横無尽に駆け抜け、ノックバックから立ち直ったワームをかく乱、シミひとつない白銀の剣でワームの体を引き裂いていく。


この隙に私は瓦礫に埋まる優を掘り出し、体勢を立て直すため瓦礫の陰からこちらを援護してくれる春樹の元へ走る。


「せりゃあ」


「Gyaooooooooo」


宙を自由自在に舞う秋を撃ち落とそうと必死に尻尾を振り回すが、空を高速で動くハエを人間が捕らえられないとの同じように、ワームバイスの尻尾も空を切るのみだった。頼みの綱である酸たっぷりニキビも秋が体にまとわせている風の鎧、エアブレスに阻まれ秋の柔肌に届くことなく霧散。キラキラ光る薄紫色の霧が秋の周りを覆いまるで舞台の演出のように見えた。


「とりゃあ」


ぶしゅう


「おわあ」


「ちょ」


「止まるな、ウィンド・ホール」


秋がつぶした酸疱の一つが春樹の元へ向かう私たちの真上に酸の飛沫を飛ばしてきた。とっさに私たちは神衣で防御されていない顔を守ろうとするがそれよりも早く春樹が風の防御結界をふたt日私たちの周りに展開。おかげで酸の雨粒は一瞬で吹き飛ばされた。


「すまない」


律儀に謝罪する秋は一瞬空中で動きを止めてしまった。そんな隙をワームが見逃すわけなく今まで空を切っていた尻尾が秋をついにとらえた。


「秋」


空中を高速で飛び回るハエを人間がはたけばどうなるか、殴り飛ばされた秋ははじかれたピンポン玉のように一際小高い瓦礫に激突。秋が視界から消えてもなおワームの怒りは収まらず体全体をぶんぶん振り回し暴れだした。


「ちょ、このまま暴れたら、ぼくたちみんな瓦礫に押しつぶされちゃうよお」


優の言うとおり、神衣を身に着けていれば瓦礫に下敷きにされても無傷でいられるでしょう。でもそれはあくまで傷がつかないというだけで、無事と言う訳ではない。当然瓦礫の中に埋もれれば私たちの体には何キロ、何トンといった重量がのしかかることになる。神衣は地球上のどんな防護服よりも丈夫であるけれどもその上からのしかかる重量を失くしてくれるわけじゃない。つまり、ワームがこのまま暴れまくって瓦礫の下敷きになったら当然私たちはのしかかってくる瓦礫の重みで圧死する。


「はやくあきあきを助けないと」


「そうね、とりあえず秋を助けてここからひきましょう」


「だが、ワームをこのままにしておくわけには」


「もう私たち以外にこの辺りで生き残ってる人なんかいないわよ。ワームをこのままにしてもこれ以上被害が大きくなることはないわ」


すこし考える仕草をした後、春樹は分かったと言って上司らしく私たちに指示を出した。


「手数の多い彩夏は双剣でワームの相手を、なるべく秋から遠ざかるように立ちまわってくれ、その間に優は埋まってる秋を救出、俺はウィンド・ホールで二人の援護をする。」


春樹からの指示を聞いた後すぐ私たちは飛び出した。私はワーム目掛けて豪炎双を振るい、優は秋の埋まっている辺りでもう一人の相棒、刀身の厚い黒剣を振り回してうずくまる瓦礫をなぎ倒していく。


「せやああああああ」


「Gyaaaaaaaaaaa」


春樹のウィンド・ホールのおかげで水疱から吹き出す酸は私に届く前に紫色の霧になって飛んでいってくれる。それに秋の攻撃でただでさえ体力を消耗していたワームは怒りに任せて暴れまわったせいで完全にスタミナ切れを起こしており、尻尾攻撃もかみつきもかわすのはさほど難しくなかった。おかげで集中して攻撃できるんだけど、問題が一つ。


「はあ、はあ、はあ」


私の方もスタミナがすでに限界に近いことだ。さっきのトカゲもどきのせいでただでさえスタミナ消費してるってのに、こいつ全然倒れない。


「Gyaaaaaaaaaooooooooooo」


「あぶなっ」


横薙ぎに振られた巨大尻尾を間一髪と言うところでなんとかよける。


どっちもスタミナはもう限界。だけど向こうはまだまだ倒れる気配がない、それに引き替えこっちは一発でも喰らったらアウト、最悪こいつの腹の中でマッシュにされる。


「Gyaaaaaaaaaaaaaaaooooooooooooooooooooooooooooooooo」

 

ゴムのような体を限界までの引き延ばすとワームは空へ向けて威嚇の咆哮を上げた。地面も揺らすほどの怒号だったが私の耳にはある少女の声がはっきりと聞こえた。


「あきあき見つけたあ」


その声が聞こえた瞬間、私はありったけの力を込めて二本の剣を交差するように振るった。


「X切りっ」


普段なら顔面真っ赤にするぐらい恥ずかしいが、今はそうも言ってられない。恥も外聞も捨てて気合の技名叫び。


「Gruuuuuuaaaaaaaaaaaa」


渾身の一撃にさすがの耐久お化けワームもノックバック、生じた一瞬の隙を見逃さず私も戦線から離脱。重たい足を無理やり動かして春樹たちの元へ向かう。瓦礫から掘り出された秋も優に肩を借りながら春樹たちの元へ向い、すでに数メートルの所まで来ている。


何とか無事にみんなで戻れそうね。


安堵の息を漏らした瞬間、背中に強い衝撃が。


「ぐふ」


「彩夏」


「さいさい」


限界をとうに向かえていた足が背中からの強い衝撃に耐えられるわけなく、地面に倒れる寸前攻撃を受けた方向へ体を回転させるとそこには、そこらへんに嫌と言うほど転がっている瓦礫の破片が。


まさか、私目掛けてそこら辺にある瓦礫を尻尾で飛ばしたの


「ぐ」


「Gyaaaaaaaaooooooooooooooooooo」


足に踏ん張りがきかない私は地面に肩をつける。そこへイソギンチャクのようにおぞましい口が迫り、そして


「Gy」


私をむしゃむしゃひき肉にして食べようとしたワームはまばゆい光に飲み込まれた。


なにこれ、私たちが神衣に衣装チェンジするときの光とは違う、もっと圧倒的で無機質な光。


ついさっきまで対峙していた、ワームを超えるほどの力強さを感じさせる光に見とれていると、滝のように流れる光の本流が消え、後には何も、あの高層タワーを超えるほどに大きかったワームもそこのアスファルトが見えないほど積もってた瓦礫も消え去り残っていたのは隕石でも衝突した後のように大きなくぼみだけだった。


「これは」


なんとなく、春樹たちの方を見るとみんな一点の方向、私から見て左斜めにある周りで二番目に高い瓦礫の山の頂上を見つめていた。


目を凝らしてみると、そこには見知った顔の男が三人。


年を感じさせる堀の深いしわに黒縁の眼鏡をかけた白髪の老人にその隣で並ぶ俗物と思えないほど洗練された雰囲気を纏う金髪の青年、そしてその二人が従えるように前に立つ褐色の男。嫌みのない笑顔に真っ白な歯が特徴的な紫髪の偉丈夫。


私たちは彼を知っている。まさか生きていたなんて。


私が声を出す前に優が口を開いた


「シンコクオウ、生きてたの」


一国の王、しかもアフリカを統一した大王に向かってあんたは。


シンコクオウは少し困ったような顔をしながらも、笑顔でこちらに手を振ってくれた。


正直ワームよりもこっちの方が生きた心地がしなかった。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


「みんな無事か。」


「はい、シンコクオウ様の方もご無事で何よりです。」


ワームが謎の光で跡形もなく消滅させられた後、私たちはシンコクオウ達との奇跡的再会を果たした。


普通なら一介の公務員である私たちが一国、いや一大陸の王であるシンコクオウと面識があるわけもないが、以前の事件でたまたま一緒になったことがあるのだ。


「他の方々は。」


本当ならば今頃シンコクオウは世界中のトップたちが集まる会談、世界サミットに参加しているはずだった。そこで歴史的採択がなされ、今日という日に世界が歓喜しより良い未来へ世界が新たな一歩を踏み出すはずだったのだが・・・・・・・。


春樹の問いにシンコクオウは答えずただ首を横に、振った。


「そう、ですか」


国の王がこんな危険地帯を側近二人だけ連れて出歩いている時点でおおよその見当はついていた。今さら偉そうなオヤジにしゃしゃりでてこられても現場が混乱するだけではあるのだが、まさか


全世界のトップがみんな殺されてしまうなんて。


私たちはまだ外の世界がどんな状態なのか知らない。この大厄災を逃れた地域でこの大厄災がどのように報じられているのか私たちは知らない。


それでも一つだけ、分かっていることがある。世界最高の日となるはずだった今日が世界最厄の日となったことだ。


シンコクオウと合流した後、私たちはシンコクオウを安全な場所へ連れて行くため、緊急捜査本部、と言っても私たちと後二人しかいないけど、そこへ向かいながらお互い情報交換することとなった。


「シンコクオウはこの事態について何か心当たりはありませんか。琥珀さんからは世界サミットの途中で暴れはじめたバイスの対応に追われていたら突然町が破壊されたと・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・」


シンコクオウは一瞬、探るような視線を春樹に向けた後、考えをまとめるかのように顎に手を置いた。そこへ普段元気な優の恐縮した声がシンコクオウの思考に割って入ってきた。


「あ、あの、王様、わたしのダーリン、じゃなくて黒髪で少し目つきの悪い二十代前半ぐらいの男の人を見ませんでしたか」


「ちょ、優」


いくら知り合いと言っても、相手は一国の王、私たちのような一公務員が軽々しく話していい相手ではない。状況が状況だけにある程度は許容の範囲かもしれないけど、それでも。


「それが何か、その男性とこの事態に何か関係があるんですか」


優の飛び入りにシンコクオウの側近、オーディンが口を開いた。


「そ、そういうことは・・・・・・」


今私たちがすべきことは生き残ったシンコクオウを無事安全な場所まで届け出ること、そして町をこんなに破壊した原因の究明。


もちろん一般市民を救助しないわけじゃない、こんな状況でも生き残っている人がいるなら私たちは助ける。でも、生きている可能性の低い人を優先して探すことはしない。


優の気持ちは分かるけど、私たちは自分の気持ちを優先することはできない。


「・・・いや、見てないな。僕達もこの事態については良くわかってないんだ。」


重くなった空気を和ますためか、シンコクオウは努めて明るい調子で答えてくれた。


この辺りは、やっぱり人の上に立つ王様ってことかしらね。


「そ、そう、ですか」


優もシンコクオウの配慮は理解しているのだろうシンコクオウほど自然ではないがそれでも周りを心配させないように、自分を元気づけるように、笑って見せた。


そんな優の姿に一瞬シンコクオウではなく一人の、シンの顔をしたように見えた。


「ただ・・・・・・・」


シンコクオウが何か言いだそうとしたとき今度は秋が口を挟んできた。


「あの、井坂、井坂主相も・・・・・・その」


秋が会話に割って入るなんて。


秋はあまり会話がうまくない。コミュ障ってわけではないんだけど何でもかんでも単刀直入に簡潔明瞭にしゃべってしまうため会話が続かない。だから相手から情報を聞き出すときは基本彼女の相棒である春樹がやってるんだけど、何か気になることがあるのかしら。井坂と言えば、日本の首脳だけど。


私だけではなく優も、相棒である春樹でさえ驚いた表情を隠さず秋の方を見ていた。


「本人を直接見たわけじゃない、でもあの状況ではきっと・・・・・・」


予想はしていたのだろう、それでもいざ現実を突き付けられた秋は自分の中で芽生えた感情にどう向き合えばいいのかわからないといった様子で視線を下げた。


「君たちの方はどうだい、何かこの状況について気づいたことはないかな」


リバウンドしてしまった空気をシェイプアップさせるためシンコクオウは再び軽い調子で話題を変えた。


一国の王様も大変ね、わたしも昔リーダーやってたことあるけど、力で無理やり言うこと聞かせてたしね。


「いえ、こちらもなにも。ただ・・・・・・」


「ただ」

「今回の町の破壊といい、その直前に起こったバイスの同時多発出現と言い、何か裏があるのではないかと我々は考えています。」


春樹の言葉にシンコクオウだけでなく、側近の二人までもが振り返った。確か金髪の王子様みたいな美男子がオーディンさんで白髪のちょい悪長老みたいなおじいさんがフオッグさんだったかしら、彼らも春樹の発言が信じられないみたいな顔をしている。


「まさかバイスが集団で何かを企んでるって言うのか」


「でもバイスってのはあんまり理知的じゃない生き物だったんじゃなかったかね」


沈黙を貫いているオーディンさんも訝しんだ顔で春樹を見ている。


まあ無理もない話だけどね。


バイス、今から五年前に突如として世界中に現れ、世界を破壊と混乱の渦に叩き落とした謎の生物、と世間では報道されている。その正体は何の変哲もない普通の人間である。原因こそわからないが普通の会社員や主婦がある日突然バイスとなり超能力を得た異形の怪物になるのだ。バイスを直す方法は今のところない。そしてバイスは理性を失っているため会話もできない。故に私たちは町にはびこるバイスを殺して回っている、今も昔も。


バイスに理性がないのは私たちの世界では常識。昔起こった世界同時多発バイス襲撃事件も結局はたまたま起こった偶然の産物ということで片が付いた。


理性の蒸発した怪物に徒党は組めない。その結論は正しい、その前提条件が間違っていなければ。


「そうですが、もし何かしらの方法、例えばバイスを操れるオラクル所持者がいたりすればそれも可能かと」


春樹は混乱を招かないよう私たちが掴んでいる情報を出さず、共有できている情報だけで何とかシンコクオウ達を納得させようとしている。


「確かに、可能性としてはなくはない話であるけど、これだけの大事件を一人で起こしているとは考えにくい。裏にはなか大きな組織が着いているはずだ。何か心当たりはあるのかい。」


春樹の言うことは理屈としてはありえる。けれど現実味が薄い。話を親身に聞いてくれたシンコクオウも半信半疑、いやニ信八疑といった具合である。側近二人の目からも疑念の色は消えていない。的外れな説明をしているような感覚、しかし春樹はこの説明に具体性を持たせる。存在自体が証明されていない、幻影の組織の名前を使って。


「あります」


「それは」


「コレクションです」


コレクション、五年前のバイス事件で混乱に落ちいったのは表だけではない。むしろ裏の方が地獄だった。日本はそれほどではなかったが外の国ではありとあらゆるヤクザ、マフィア、テロリストが自分たちを守るため、そして弱っている相手を仕留めるため昼でも構わず抗争が行われ毎日多くの組員が命を落としていった。阿鼻叫喚の地獄絵図の中で裏を支配したと噂されているのがコレクションという都市伝説まがいの組織だ。


この組織がいる証拠はまだ見つかっていない。それでも具体的な組織名を出したことで春樹の説にある程度の、少なくとも一考に値する説得力を持たせられる。


そう、私たちはこの事件に裏があると思っている、いや確信している。なぜなら、


「そんなのは都市伝説・・・・・・」


「WOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOON」


文字で起こしてみればただのオオカミの遠吠え、だけど私たちの鼓膜を震わせる声はオオカミのそれよりもはるかに低い。地の底から響いていると錯覚するほど重厚な叫びが地面までをも震わせている。


「あれは・・・・・・・」


私たちから十メートル離れた瓦礫の上にそれはいた。三メートルを超えるほどの黒い巨体。一見すると大男にも見えなくもないが、その黒い巨体は人間にあるはずのない尻尾が生えており、顔はオオカミそのもの、違う点と言えば頭に突起が四本生えて王冠のようになっていることだろうか。体にまとわりつく瘴気のような黒い煙も相まって、地獄より現れた怪物のように見えた。


「キングフール、あいつが世界サミットを破壊した張本人だ」


いつも優しく慈愛溢れるシンコクオウの声に触れるものをすべて焦がしてしまいそうなほどの熱がこもる。


「あれを相手取るならこちらも覚悟した方がいいぞ」


この距離では戦闘を回避することはできない。私たちの中で最も戦闘慣れしている秋が先陣を切ろうと一歩前に出る。すると、


「GRUUUUUUUUUUAAAAAAAAAAAAAAAA」


秋の行動を敵対行動とみなしたのか、それとも最初から問答無用で襲い掛かってくる気だったのかわからないが、黒き破壊の獣がこちらへ猛スピードで襲い掛かってきた。


「戦闘準備」


春樹の声に私たちも戦闘態勢に入る。


「みなさんは早く琥珀さんの所・・・・・・・へ」


迫りくる黒の破壊者、それを迎え撃とうとする私たち、その間に突然白い背中が。何かと思って視線を視界を覆った白い背中の主へ向けるとシンコクオウが私たちをかばう格好でキングフールの前に立っていた。


「シン」


シンコクオウの行動に私たちが言葉を失うと後ろから老人の声が聞こえた。その声は当然シンコクオウにも聞こえているはずだが振り返ることなく、迫りくるキングフールへ歩を進めると、体を白い光で包まれ始めた。


見覚えのある光に包まれるシンコクオウ、しかしキングフールはその足を止めることなく、実際のオオカミよりはるかに大きい鉤爪がシンコクオウを捉えようとしたその時


「GYAO」


キングフールの顔面に鱗で覆われた拳が撃ち込まれた。


「彼には悪いがここで眠ってもらおう。」


光に包まれ現れたシンコクオウの体は私や優のように衣服で覆われていることなく、その手には黒き漆黒の剣も炎湧き出る双剣も持っていなかった。もっと言えば彼は人ではなかった。


彼は竜になっていた。


全身を白きうろこでおおわれた、美しき白竜。


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W 英雄の君と破壊者の俺 下書き1 @maow

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