雪山青少年失踪事件


 暁の声が予想以上に響いた。慌てて口を噤む。誰かが見に来ると困るのだ。

 反響音が消えて、ゆっくりと暁は口を開いた。今度は声はひそめている。

「忘れてたの?」

「うっかり。で、どうなんだ?」

「うっかりって」

 呆れた顔をする暁を、再度促す。彼はますます呆れた顔をしたが、ひとつ息を吐くと表情を引き締めた。

「やっぱり失踪してるのは若い男性なんだってさ。最近雪山に登った人に聞いたんだけどね、雪山の村でもそれで男手が減ってるし、雪山に入った麓の村の人とか、商人や旅人も次々いなくなってるって」

「雪山に慣れてる地元の人たちまで、それも若い男ばっかり何人も遭難するって言うのは、考えにくいよな……」

「うん。それでね、雪山に登った人の中に、女の人を見かけたって人がいたんだ」

 金色の瞳がぱちりと瞬く。まじまじと暁の顔を見つめる。

「まじか」

「まじで」

 ただ噂に尾鰭がついただけだろうとばかり思っていた。

「雪女……?」

「さぁ……。遠目だったらしいから、詳しいことはわからない。声をかけようとしたらいなくなっちゃったらしくて。でも白い衣裳ドレス着てたらしいよ。風に結構靡いてたらしいから、多分薄手の」

 地元の人間でも女性ひとりで寒冷期の雪山にいることはあまりない。いるとすれば村人に頼まれて物資を採取しに行く猟師くらいだが、彼女らも薄手の衣裳ドレスなんて着ない。そんなのは自殺行為だ。

「人型の魔物なのかなぁ……」

「かもなぁ……」

 魔物、と言われるモノは、黒髪と同じくらいに珍しい存在だ。数の多寡ではなく、姿を見ないという意味で。魔物の一種である魔獣は主に『聖域』に棲息しているが、多くの魔物は此の世界でない何処かを根城にしているという。滅多に姿を見せない魔物の生態は謎に包まれていて、国を挙げて研究材料として追い求められている。捕獲に成功すれば一攫千金だからと、魔物専門の狩猟者ハンターを目指す者もいるが、多くは見つけられずに道半ばで倒れていく。運良く遭遇できても捕獲する前に魔物に殺される者も多いし、更に運良く捕獲できても売りつけるより前に同業者に殺されて捕獲した魔物を奪われる者もまた多い。そんな中、確実に魔獣が棲息している『聖域』は、密猟者たちがこぞって集る場所であるが、その殆どが魔獣たちの王、獣王と呼ばれる魔物に殺されている。

 まあ閃にはさして興味のない話である。路銀には偶に困るけれど、一攫千金に賭けるほどではない。

(黒髪でもなさそうだしなぁ……)

 白い衣裳ドレスを着ていた、と見てわかったのなら、もし黒髪だったのならそれだって見ている筈だ。しかしそれが話題に上らないということは、違う可能性の方が高い。無駄足を踏むことは割とよくあるが、それでも内心溜め息を吐いた。


 そろそろのぼせそうだし上がろう、と暁が温泉から上がる。閃もそれに続く。火照った体を冷気が冷ます。二人顔を見合わせて、湯船に逆戻りした。

「……不意打ちだったね」

「くそさみい……」

 折角温まった体も、温泉の出入り口に着くまでに冷え切りそうな寒さだ。心臓麻痺で死ぬのではないだろうか。

「そういや東海の向こうの大陸に『迷宮ラビリンス』があってその最奥にめっちゃ強い魔物がいるって話知ってる?」

「そもそもそれを見て生きて帰って来れてる奴がいるって時点で嘘っぽいな」

「それもそっか」

 心の準備という名の現実逃避で雑談を始め、彼らが温泉から出れたのはそれから十分ほど後のことだった。

 結果として若干のぼせた。

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