魔術と朝食 その二

「はい問題です。魔力の六属性とその特性を答えてください」

「青空教室か」

「寒くなくなったら暇になった」

「さっきも寒いのにやってただろ……」

 まあさっきのは寒さを紛らわせる為だったのだろう。

 構って欲しそうにしている様は子供そのもので、閃は「俺は忙しいんだけどな」と横で作っておいた出汁を投入する。ぶわりと広がる匂いに、子供の腹の虫がけたたましく鳴った。げんなりしながら水餃子やら他の具材も追加していく。

「闇が『破綻』だろ。光が『浄化』」

「そこから入る辺りがもう君だよね」

「……土が『固定』。後は火と水と雷と風だったか? 特性までは知らねえわ」

 昔魔術の基礎的な本を読んだはずだが、年単位で使っていない知識など記憶の奥底に眠っているかさもなくばゴミのように廃棄されたかのどちらかだ。国際警察さえ避けていれば、魔術師と会う機会など滅多にない。ましてや戦う機会など。

「……なんだよ」

 ニンマリと、猫が笑ったらこんなだろうという顔をする巴に、閃は軽く引く。

「僕の、憶えてくれたんだなあって」

「……お前、散々俺にかけておいて」

 語尾がやたら甘ったるくて更に引いた。全く好意などない。完全に自衛の為だ。特性を知ったところで魔術には——上位の魔術師であるほど用途の幅がありすぎるが、得意とする術の方向性は多少見当をつけられる。

 ……見当をつけたところで、えげつないとしか言いようがないのがこの子供の魔術だ。

「『固定』ねぇ……」

 まだニンマリ笑ってるものだから、閃はもう鍋に集中することにする。

「積もって重なって踏みしめられての大地だからね。冠する名前の意味くらいはちゃんと考えてできてるよ。たぶん」

「今多分つったか?」

「考えたの僕じゃないし。ずぅーっと昔の魔術師だし……たぶん」

 また控えめな多分がくっついてきた。そりゃお前ガキは知らない魔術師だろうよ、と言おうとして、面倒くさくなってやめる。

「『固定』の面倒なところはぁ〜、他に比べて魔力がやたら要るところ。対象の定義の範囲が大きくなればなるほど、シスウカンスウ的に? メチャクチャ魔力食う。そのくせ一重程度だとすーぐ敵に解かれちゃうから多重前提。更に魔力食う。——その代わり、長く保つ。解きにくい。戦闘に巻き込まれる可能性が限りなく低い建築物なら一重でも十分。消費量コストと見合う結果になるかは術師の判断次第なとこある」

「へ〜」

「聞いてないな!?」

「うわっバタバタすんな!」

 巴が暴れた拍子に布団が火元に近づいてゾッとする。慌てて跳ね退け、布団と火元の間で空間を区切った。最初からこうしていればよかった。

 空間の繋がりが絶たれたから、どれだけ布団を火元に寄せようとしても無駄だ。絶ち切られた空間を超えることはない。そこを回り込むようにすれば別だが。

「……闇属性は対極だよねえ」

「あ?」

 魔術を維持するのに意識が割かれる中で聞こえた言葉に、聞き返す声は低くなった。独り言のような声調トーンだったから流しても良かったのだが、どうしても、耳についた。

 クルクルと鍋をかき混ぜながら巴を見ると、幼く大きな目がにこりと笑った。


 臓腑が軋みを上げた。

 ——この目は、嫌いだ。


「闇属性の、定義の『破綻』」


 闇属性の魔力が入り込んだ定義は在れなくなる。余計な言葉の入り込んだ文章が、意味の通らなくなるように——定義の意味が通らなくなると、それはもう定義として破綻する。

 定義が『破綻』する。そうなった物質は、生命は、現象は、在れなくなる。

 硬いものは柔らかくなり、光るものはその輝きを失い、赤いものは赤以外の色になり、鋭く研がれた刃は鈍らに変わる。其処に在ることもできなくなる。

 『破綻』して、歪めて、捻じって、壊して、理から外す。それが闇属性だ。

 最小限で最大限の破壊を導く。……その代わりに、維持には向かない。土属性の『固定』の真逆。


 喉の奥で凝り固まった空気をゆっくりと飲み下す。視線を逸らし、強張った頬の筋肉から力を抜く。じっと、観察してくる視線には気づかないふりをする。

 右膝の横あたりの空間を軽く拳で叩くと、パキンと硝子のような音を立ててそこが。使わなかった食糧を異空間に放り込んでいく。『入り口』から覗き込めば、夜の納屋のように黒く果ての見えない空間に食糧の包みが丁寧に並んでいるのがわかる。だが横から見ているだけでは、放り込まれた食糧が空中で消失しているようにしか見えない。

「まあ、ほら、便利だろ」

「殺しに」

「旅にだよ」

 完全に手ぶらで旅をするのは悪目立ちするから手荷物程度は持ち歩くが、それでも普通と比べて閃があまりにも身軽なのはこうして物を格納できる便利な術があるからだ。

 空間の繋がりを『破綻』させ、空間を歪めて捻じって創った異なる空間。感覚的には風船をひねってバブルを作るのに近い。とは言っても、風船のように世界自体の体積が減ることはない。空間に、別の空間を重ねて存在させているようなものだろうか。空間に重なっているだけで、元々の空間を侵害しているわけでもないからか、『世界の修正力』の影響を受けづらく、おかげで一度創ってしまえば維持に魔力が消費されることはない。入り口をときに少々使うくらいだ。拡張もできるから天幕テントのための太枝だってなんなく放り込める。尤も、だからと言って物を増やすと取り出すときに探すのが大変になるため限度が重要だ。

 体力勝負の側面のある旅において、肉体への負荷を下げるこの術は打って付け。

 ——巴の言う通り、凶器をも格納できるから殺しにも打って付けだ。


(別にこれだけ指して言ってるわけでもないだろうけど)


 犯罪者こちらからベラベラ告白するのも馬鹿馬鹿しい。一緒に旅している現状の方がよほど馬鹿馬鹿しいが、そのことからは目を逸らす。

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