殺人衝動

 剣を軽く振って、駆け出す。まだ状況を把握しきれていない男たちの心情など汲み取る気もなく、手近にいた男の首を跳ね飛ばす。噴き出す血液がバシャンと、その近くにいた男たちの足元を濡らした。

「っ、て、てめえッ!!」

 漸く我に返ったらしい男たちは、懐から短剣を取り出した。しかしその間にも、閃は手近な者から袈裟懸けに斬り、腹を捌き、両断された死体を増やしていく。


「#プ※ディングのなゐかに コΣインがはяいってれvばz あなたし∇あわせにな■×れるのよ

あら の∝み込んでしまρったの?

た‡い変!取り出Γさなき〓ゃ!

そう言っておПくさん¨は ナイ∩フ∪を手に取っ⇒たのさ∀」


 口ずさみながら、膝裏を蹴り押し、膝をついたその無防備な背中を斬り落とす。胸から上がずれ落ちて、ざぱりと断面から血が噴きこぼれる。

「死ねやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 閃の背後から、男の一人が斬りかかる。背中に短剣を突き立てるより速く、金色の瞳が紅く輝いた。下から、上へ。閃いた剣先。体で振り返らないまま、肩を回して剣を振り上げたのだ。股から縦に斬り裂かれた体がぐらりと揺れ、左右にそれぞれ倒れる。


 ――その向こう、塞がれていた死角から、真っ直ぐに突き出される剣。


「、っ」

 剣を振り上げて開いた体を、戻すには足りない。死体の向こうから突き出された剣は、真っ直ぐに、閃の腹を貫く。


「よっしゃあ! よくやったワタリ!」

 周りの男たちから歓声が上がる。けれど閃を刺した男だけは顔をしかめた。刺さった剣を横へと振り抜き、跳び退る。

 血は、一滴も滴らなかった。

 斬り裂かれた筈の腹部は、服すらも破れていない。剣は空気を貫いたように、何の手応えもなかった。

「……あんたは、」

 手品のような光景にまた男たちが呆ける中、閃はゆっくりと口を開いた。


「あんただけは、上等だって、わかってたよ」


 渡と呼ばれた男。彼は、他の男たちと同じような恰好をして、先程の猥談にも混ざっていたが……一人だけ、足音が違った。他のとは格が違う。実際今の、仲間を犠牲にしてくる戦法を見て、確信した。

 気の置けない仲に見える彼らの中で、明らかに、異質。


「けど、ざぁんねん――当たんねえよ」

 獰猛に、獣の瞳が歪む。

 閃は渡へと斬りかかる。渡は剣で受けることなくその剣筋を躱し、懐に手を入れた。短銃ピストルでも持っているのか、と閃は目を細める。間合いを詰めながら返す刀で振り抜く――しかし、剣は空を切った。

「……あ?」

 かつん、と音を立てて、渡のいた場所に拳大の鉱石が落ちる。彼の姿は跡形もなく消えていた。逃げたのか。舌打ちをひとつ零す。逃げた、逃げられた、勿体ない。殺せなかった。殺したかったのに。ずきりと頭痛がする。

「……ああ、くそ」

 きろりと輝いた金色の双眸に、残った男たちは悲鳴を上げる。なりふり構わず突撃してくる者たちを斬り伏せ、逃げ出そうとする者たちも追いかけ、殺す。


 全員を仕留め終えるのに、そう時間はかからなかった。東の方の光は強くなってきていたが、深い闇はぬかるみのように柔らかく、じわじわと衝動が収まっていく。

 ついつい衝動に任せて殺してしまったが、まだベリジャニアからそう離れていないこの場所で『黒髪の殺人鬼』の被害者だと目される死体が上がるのはまずい。適当に土を掘り起こして、死体を埋めた。盛り上がった土の上に転がっていた石ころや枝を乗せ、手を合わせる。暫しの黙祷の後、踵を返した。

「……転移石、だよな」

 渡の残していった鉱石を拾い上げる。歪な雫型の石だ。くすんだ灰色をしているが、歪に欠けた部分が角度によっては微かに橙色を帯びて見える。

 転移石。大陸の西側の大砂漠の、更に西に位置する地底火山。その最深部で採れると言われている稀少な鉱石だ。閃も目にするのは初めてだが、突然あの男が消えたことからして間違いないだろう。転移石はその名の通り、接触した人や物を別の場所へと転移させることができる。この大きさでは一度転移させる程度が精々なのだろう。もう使えそうにもなかった。……しかし、使用済みとは言え稀少も稀少な鉱石だ。高く売れることは間違いない。殺し損ねたのは心底口惜しいが、これを手に入れられたのは僥倖だ。

 しかし、何故あの男はこんなものを持っていたのだろう。他の男たちの懐も漁ったが、粗末な武器と幾らかの金銭がある程度で、転移石なんて持っていなかった。あの男だけだ。

「ま、どうでもいいか」

 いなくなった獲物について考えても、飢えるだけで仕方がない。閃は空を仰いだ。冷たい風が覆いフードの中に吹き込み、頭から外れた。烏の羽のような黒髪が宵の闇に同化している。被り直そうと手を伸ばして、やめた。人の気配がないなら隠している意味もない。風に遊ばせておき、橙色に光り始めた東の方——天幕の方へと爪先を向けた。

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