殺人鬼と警察 その二


 じっと見つめてくる白藍の双眸から、閃は視線を逸らした。この目の色は、嫌いだった。睨み合いに勝った気持ちになったのか、巴は満足そうに笑っている。

「……俺が此処から脱出するってのは」

「《いるか》を停めたところには絶対来ないと思ったんだよ。出るなら鉢合わせしにくい反対側にするはず……って言ってもこの街広いから反対側の何処かまでは絞りにくいなーと思ったからさ。この街の壁に、僕魔術をかけてた」

「……、」

 視線を壁に向ける。見た目はただの、何の変哲もない壁だ。けど。

「並の魔術師じゃすり抜けできないように固定しておいたんだけどね。まあ君なら破っちゃうんだろうなとは思ってたよ。でも破られたらほら、わかるから」

 君なら門は通らないと思ってたよ。閃は舌を打った。合理的な行動というのは、得てして読まれやすいものだ。

 飄々と見上げてくる子供を苦々しい思いで見下ろしながら、思考を巡らせる。

「……逮捕でもする気か?」

 閃が殺したという証拠はないが、そんなことは関係ない。ベリジャニアにいた黒髪は、閃と律だけだ。状況証拠だけで引っ張ろうとしてくる可能性はある。これまでと違って、巴の仲間も近くにいる。ただで捕まる気はないけど……そんな覚悟を決めながら問うと、巴は子供らしくきょとりと目を瞬かせた。

「え、なんで?」

 本当に意味がわからないような顔をされて、閃の方が意味がわからなくて混乱する。

「なん、でって……」

「いやいや捕まえないよ? 前にも言ったじゃん。もう忘れたの?」

 唖然とする閃に、巴はきりりと表情を引き締めた。

「君を拘束するとなると、僕がずっと傍にいて拘束の魔術かけ続けなきゃならないでしょ? そんなことになったら僕が放浪に出られなくなるじゃんやだよ!」

「それでも警察かよお前!?」

 閃のごもっともな怒鳴り声が日も暮れかけた平野に響いた。

 えー? と唇を尖らせる様は、彼の性格を知らない者からすれば愛らしいのかもしれないが、閃にはただただ腹立たしいだけだ。

「ぶっちゃけ民衆の百や千よりも、僕は自分の自由の方が大事なんだよね」

「最低だこいつ! 警察辞めちまえ!」

「やだよ。辞めたら本部の金使えなくなるじゃん」

「国民の血税なんだと思ってんだ! つーかお前、言っていつも俺の金使ってんじゃねーか!」

「だって領収書切ると居場所バレるんだもん」

「『だもん』じゃねえよ! ほんっっっと死んでくれ頼むから……っ!」

 くらりと視界が眩む。こめかみを押さえて黙り込んだ閃を、巴は不思議そうに見上げる。

「なに? 大丈夫?」

「……なんでもねぇよ馬鹿」

「そう? じゃあさっさと行こ。日が暮れちゃう」

「なんでだよ……なんでついてくる気なんだよ……帰れよ仲間のところに……」

「大丈夫、部下にはちゃんと放浪すること連絡した」

「……部下はなんて?」

 まさか了承を出したのか。多分今もまだベリジャニアで犯人を捜してるのだろうに、上司がどっかに遊びに行くのを許したのか。上司も上司なら部下も部下なのか。こんな奴らに国は高い給金支払ってんのか。そんなことの為に納税しているつもりはないぞ。

 素性が割れると逃げにくいと思って国際警察(巴を除く)から逃げてきたが、殴り込みかけてやろうかという気持ちになってきた。そんな閃の気など知らぬ顔で、巴はしれっと言い放った。

「連絡だけ入れて着拒したから知らない」

「…………お前の部下に同情するわ」

 先ほどつらつらと頭に浮かべた文句を全部取り下げて、閃は心の中で彼の部下たちに謝罪した。上司うえがアホだと苦労するのは結局は部下しただ。

 焦れたように、巴は閃の腕を掴んで歩き出した。閃は数歩其方に引きずられたが、ぴたりと足を止めて抗う。

「ほら、さっさと行くよー」

「だからなんでお前俺に付きまとうんだよ……俺殺人鬼だぞ」

「うん知ってる。で?」

「……」

 精神的に疲れてきて、閃は大きくため息を吐いた。とりあえず今日のところは諦めよう。また隙を見て逃げ出せばいい。

「……とりあえず、方向はそっちじゃねえ」

 ジダ村とは別方向に行こうとする彼の襟首を猫のように掴み上げて、殺人鬼と警察は甘く輝く赤い夕焼けの中を歩き出した。

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