後日談
《くじら》の執務室にて。輪は死んだ目で報告書を片付けていた。
ベリジャニアにおける大量殺人事件は、被疑者死亡で終了した。
これ自体は問題ない。国際警察において、『黒髪の殺人鬼』は『即時殺害許可』の下りているαクラス犯罪者に分類される。個々人ではなく総体としての評価ではあるが関係はない。
だから被疑者が死んでいること自体は問題ないのだ。殺したのが国際警察の人間、そうでなくても警察組織の人間だったのなら。百歩譲って民間人の正当防衛なら。
残念ながら今回の案件は、標的である『黒髪の殺人鬼』を、別の『黒髪の殺人鬼』が殺している。正当防衛なら、少女の首を隠さないし心臓を抉って何処かにやらない。事件に事件が重なった形だ。
輪は深々と溜息を吐く。今日だけで何度目だろう。幸せはすっからかんだ。
「……なあ。こっちで殺処分したって報告上げたんじゃなかったか?」
輪の吐き出した溜息で重たくなった空気がいい加減しんどくなったのか鬱陶しくなったのか、別の事件での始末書を書かされていた静は、手を止めて彼女に問いかけた。
直後、輪が
「何すんだ、輪」
「手を止めてないでさっさと書き終えて」
「団長いないからどうせ提出できねえじゃねえかこれ」
ひらひらとまだ三行も書かれていない紙を揺らすと、細剣を投げた瞬間以外は黙々と書類を片付けていた輪がとうとうペンを置いた。執務机に両肘をつき、組んだ両手の甲に額を押し付ける。
「輪?」
「……団長がまたいなくなるのはわかってたの」
「黒髪殺しがいたからな。そうだな」
「溜まってた書類を全部捌いてくれてたのは偉いと思うの」
「そりゃ……お前が殆ど片付けてたからな。団長、署名して本部に転送しただけじゃねーか」
そもそも師団長としての責務を
輪としては「もう輪ちゃんが署名までやってよ。僕の魔力残していくからそれ使って署名すればバレないって」とか言い出さないだけ、まだ巴は頑張っていると思っている。頑張るのハードルが地面にめり込んでいる。
そんな団長にだけ評価基準が狂っている輪が、何をそんなに憤っているのか。静が見守っていると、輪はとうとう怒りを抑えきれなくなったのか机に拳を叩きつけた。バチリと電気の爆ぜる音が混ざり、木製とは言え丈夫な執務机の板面が凹む。魔術を使うほどかとドン引きしながら、静は始末書を持って立ち上がる。
「だけど着信拒否って何!? 定期連絡入れてって言ったのに全然来ない! 何処にいるのかわからないとこっちだって困るのに! お金は全部黒髪殺しに払わせてる所為で領収書から居所も探れない! 殺人鬼なのになんで普通に奢ってあげてるのよ! 寛容過ぎない!?」
「最後は本当になんでだよって思うわ」
とうとう着信拒否に至ったか、やべーな団長と思いつつ、静はそそくさと出入り口に向かう。すれ違いざまに白目を剥いたままだった団員の肩をぽんと叩くと、彼はようやく我に返った。しかし返ったところで、副団長はいつになく荒れている。縋る気持ちで静を振り返るも、静は淀みない足取りで執務室から出て行った。寝ている竜にちょっかいを出しに行く馬鹿はおらず、救世主などこの世に存在しない。
団員は絶望した。
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