門外

「団長!」

 通信端末を下ろした輪が、ぴしりと敬礼した。

「魔術使用許可、降りました」

「やっとー? おっそいよもー、これだから老害共は……殺処分してやろうか」

「やめてください。飴ちゃんあげますから」

「やったー」

 門に背中を預けて座りこんでいた彼は、近くにいた団員が差し出した飴の瓶に飛びついた。表面にザラメが付いた、ピンポン玉ほどの大きさのそれで頬を膨らませる姿に、うっかり和む団員と冷めた視線を送る団員とで空気が二分される。

「おやつは後です!」

 輪は彼の手から瓶を取り上げると、元の持ち主に押し付ける。とても不満そうな、具体的に言うなら鬼畜でも見たかのような顔をした彼だが、大きな飴玉に塞がれて不満は口に出せなかった。それを良いことに輪はきびきびと状況を周知する。

「街の南側、この門の先の大通りを中心に黒髪による大量殺傷事件が展開中です。対象は黒髪の少女。外見年齢は五、六歳ほど。得物は小刀ナイフの類でしょうが、『空間分断』をしてきますから間合いの内側では気を付けてください。……はい、なんですか団長?」

「そういやこの班って少女性愛ロリコンいたっけ? いたら外さなきゃ」

 すごい勢いで飴玉を噛み砕ききってまでわざわざ口にした言葉がそんなものだったので輪の眼は底冷えした。

「団長、真面目にしてください」

「重要だと思うけど? とりあえず作戦通りで。不測の事態は各班長の判断に任せる。包囲網内に生きた一般市民がいたら――まあいないと思うけど、一応保護。作戦が妨げられそうなら、まあ、見捨てていいよ」

 警察とは思えない台詞に部下たちは総じて呆れ顔になった。輪だけがいきり立って、慌てて咎める。

「団長!」

「いーじゃん輪ちゃあん……どーせみんな死んでるってぇ……」

 怠そうな顔で頬を掻く。真面目さの欠片もない上司に、部下たちは苦笑する。彼のこういった発言や態度には、もう慣れてしまっていた。諦めたとも言う。未だに諦めていないのは輪くらいなものだ。

 諫言を鬱陶しそうに、彼は耳を両手で塞いで部下たちに背中を向ける。ベリジャニアの門を見る。門番は、閉まっていたそれをゆっくりと押し始めた。蝶番の軋む音。徐々に広がる隙間から、煉瓦造りの街並みが見えてくる。

「まあ、そういうわけで……」

 顔だけ、背後に立つ彼らを振り返った。白藍の瞳が、すうと細められる。口元に浮かぶのはいっそ毒々しいほど甘ったるい華の笑み。


「僕の期待を裏切ったら殺すから、頑張ってね」


 ご、ぅ、ん……。

 重たい音が響いて、門が完全に開け放たれる。


 身体を強張らせた団員達は、それを振り払うように即座に駆け出した。一班の班長が指示を出し、一人の団員が前に飛び出す。ぶわりと強い風が吹いて、その団員は鳥のように空へと舞い上がる。灰緑色の魔力が僅かに見えた。

「じゃ、僕も行ってきまぁす」

 部下たちを見送って、彼はひょいと肩を竦めて歩き出した。足取りはのんびりして、全く急ぐ様子はない。

「団長」

「んー?」

 振り返らずに立ち止まる。輪の、真っ直ぐな視線を背中に感じる。

「……無理しないでくださいね。相性最悪なんでしょう?」

「本当に心配性だなぁ輪ちゃんは」

 大丈夫、わきまえてるよ。ひらりと手を降って、彼も立ち去った。

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