狂音

「噂の国際警察、到着したみたいだな」

「……ほんとに存在したんだな」

「おいそこ、私語を慎め」

 中央にほど近い道を封鎖していた警邏たちは、ひそひそ話を上官に目敏く気付かれて、慌てて口を噤んだ。しかしその上官が離れていくと、また口を開く。

「けどよぉ……ホシは呪われた子っつっても、たかがガキだろ? 別に俺たちでだって……」

「馬鹿。そう言って突入してった奴らは、みんな通信途絶えたろうが」

「……やっぱりバケモンだな」

「ああ、だからこんな事件起こせるんだ。おっそろしい……」



「っ、警邏さん!た、助け、っ……!」

 掠れた悲鳴が聞こえたと思えば、覆いフードを目深に被った青年が、転げるように此方に駆けてきていた。警邏たちは顔を引き締め、青年に駆け寄り、荒く息をする背中を支える。

「大丈夫か!?」

「お、おんなの、こ……ひと、殺……て、俺、逃げ……」

「落ち着いて。大丈夫。もう大丈夫だぞ」

 げほげほと咳き込みながら、震える声で応えようとする青年の背中を優しくさする。彼の逃げてきた方向を睨むが、他に人の姿はない。

「怪我は?」

 服に血痕が付着していた為、心配になって尋ねたが、青年は顔を横に振った。誰かの血がついただけのようだ。

 青年の身体はがたがたと震え、歯の根も噛み合わないようだった。一体どれほどの光景を目にしてしまったのだろう。騒ぎに気づいて戻って来た先程の上官に、臨時の避難所となっている宿へと彼を連れていく旨を伝えようとしたときだった。


 ――空気が震えた。


 地震かと間違うほどの振動。鼓膜が破れそうになるほどの大音声に、悲鳴を上げて耳を塞いだ。


 ガアンガアンガアンガアン。


 鐘の音は続く。

 耳を塞いだまま、全員呆気にとられて青灰色の塔を見上げた。びりびりと振動が肌を痺れさせていく。

「なんで……」

 家の中に隠れていた住民たちも、外に出て来て、あるいは窓から身を乗り出して、呆然と塔を見上げた。


 殺人犯のことなど全ての住民の頭から消し飛んでしまった。

 もう正午は過ぎた。なのに鐘が鳴っている。

 誰かが悪戯で鳴らしている、というのも有り得ない。どうしたって正午以外には鳴らないことを身をもって知っている。

 なのに、鐘が鳴っている。

 何百年もの間、寸分の狂いもなく勝手に鳴り続けてきた鐘の異常は、彼らには衝撃的過ぎた。


 呆然と、全員が立ち竦む中、覆いフードを被った青年は、忽然と姿を消していた。

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