鐘音響く街 その三

 あの少女の住処は、店主も知らないらしかった。中央の何処かに住んでいるのは確かなんだが、と困り顔をする彼に、まあ探してみるよ、ごちそうさまと別れを告げ、情報収集もかねてひとまず街をぶらつくことにした。次の目的地を定めて、それから買い出しだ。本当は暫く羽を伸ばすつもりだったのだけれど、店主の話を聞いたからにはそういうわけにもいかない。さっさと街を出るべきだ。

 ベリジャニアは商業が盛んであり、他の村や街とを行き交いしてる者が多い。あちこちの情報が入りやすい場所だ。そして商人の嗅覚というものは、なかなかばかにならないのだ。

「樹海の方で殺人があったそうさね」

「樹海の事件ならもう収集ついてるよぉ。犯人は捕まってないみたいだけど」

「そういや『聖域サンクチュアリ』がざわついてるらしいな。密猟者の死体がごろごろ出て来たって話だ」

「当然だね。獣王のお膝元でばかやるからだ」

「砂漠の内紛は相変わらずみたいだ。行くなら気をつけな」

 旅人だと言うと、皆惜しみなく情報を出してくれる。何処が落ち着いていて、何処がきな臭いのか、彼らはよく知っている。長年やっている商人ほどそういった嗅覚は洗練され、若い商人からは思いがけない情報を得られることが多い。

「北の方の状況は?」

 尋ねた相手は老婆と青年の2人組の商人だ。祖母と孫らしい。目元がよく似ている。

「雪山かい? 確か妙な失踪事件が続いてるらしいよ。若い男がいなくなるって話さ」

雪女スノウ・レディーの仕業だーって噂だよ」

「雪女だぁ?」

 顔を顰めると、若い商人はきらきらと目を輝かせながら頷いた。

「ああ! 真っ白い衣裳ドレスを着ていて、真っ白い肌の女性だって話だよ。何よりおっそろいほどの美人」

「ほう」

 身を乗り出すと、若い商人は笑顔で手を差し出してきた。がしりと手を握る。横で聞いていた老婆に二人揃って頭を叩かれた。老婆は嘆かわしいと言わんばかりに溜め息を吐く。

「いってぇ……っ」

「痛いよばっちゃぁん……」

「まったく……若いのはこれだから。綺麗な花にはトゲがあるもんだよ。私みたいにね」

「「……」」

「なんだい」

「「いいやぁ?」」

 しわくちゃの顔でぎろりと睨まれて、そっぽを向いた。半世紀前ならばもしかしたら大輪の薔薇だったのかもしれないが、今では最早萎れかけだ。

 ごほんと、ひとつ咳払いが落ちる。

「大体、若いのの失踪が続いてるってだけで、実際に女を見たって話はないだろう」

「そうだけどー……でも雪女は、若い男の精気を吸い取るらしいし!」

「阿呆孫! だからトゲがあるって言うんだよ!」

「いって!」

 尻を蹴り上げられ、孫は半泣きになってうずくまる。それを見下ろして、老婆はふん、と鼻を鳴らした。ぎらりと眼光がひらめいて、閃をも睨む。その鋭さに彼は口元をひきつらせて、思わず一歩退いた。数年前に別れたきりと師をうっかり思い出す眼光だった。

「あんたもだよ」

「ご忠告痛みいるよ……けど、男がいなくなってんなら、雪山の村は大変そうだな」

「そうさねぇ……あと半月もすれば雪に鎖されちまうだろうにね。食糧なんか蓄えられてたらいいんだけど」

 商売に寄ったこともある関係上、心配なのだろう。老婆は目を伏せる。孫の方も落ち着かない顔で祖母を見上げていた。

 閃は地図を広げて、そこに視線を落とした。ベリジャニアは雪山に近いとは言え、麓からやや離れている。雪山の麓にある村で、直線距離でここから一番近い村は――ジダ村。

「こっからジダ村まで、歩きで何日かかる?」

 問いかけに、2人とも目をまるくした。やはり血縁か、よく似ていた。

「あんた、行く気かい?」

 気遣わしげに睨みつけてくる老婆に、閃は肩を竦めた。

「とりあえず情報収集だけな。失踪っつっても単なる遭難かもしれねえし」

 老婆は胡乱げに鼻を鳴らすと、まあいいさ、と視線を逸らした。

「行くなら防寒具を買っておくんだね。そんな薄っぺらい恰好じゃ凍傷になるよ。今ここで買っちまいな。ジダ村では品切れになってるかもしれないからね」

「……商売上手……」

 荷から暖かそうな上着に手袋、滑り止めスパイクのついた長靴、眼鏡ゴーグルに唐辛子まで出してくる老婆に、更に顔がひきつった。

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