君の声を聴かせて

椀戸 カヤ

プロローグ

 「きりーつ、れーい、ありがとうございました!」


 室長の号令の後、先生が教室から出ていって、みんなが口々に話しだす。


 「……次、外で体育なの……」

 「……俺の教科書どこ行った……」


 昼休みの教室は、賑やかで騒々しくて、ちょっとしんどい。全部が一度に、無遠慮に、わたしの中に入ってくるから。


「……雨だから、体育館だね……」

「……お前、バッカじゃないの……」

「……そんなの知らねー……」


みんなが聞き流せる彼らの笑い声は、頭の中でガンガンと響いている。

 わたしは鞄からお弁当を出して、友人の元へ向かう。


「亜澄、ご飯食べに行こう」

「準備万端よぉ、美月、行こ〜」


 階段を降りると周りが静かになり、肩の力が抜ける。


「今日は先生に呼び出されたから、早く食べちゃうね。申し訳ないけど、先教室戻ってて」

「いいよぉ、でも一人で食べるのは寂しいから、わたしも急いで食べよっと」

「いつも早いじゃん」

「そうだったわ」

 

 カラカラと笑う彼女の声は、つられてわたしも笑みがもれて、やっぱり、亜澄といると、安心する。


 わたしの世界は、音が溢れている。聞きたくないのに。不安なほどに。



———————————————————————



「……だから、r¥&@?¥にmってきてくれるか?」

「えっと、第一理科室ですか?」

「そう、t(&¥えの上に置いといてほしい」

「分かりました」


 騒がしい教室で、感音難聴*の僕が、言葉をはっきりと聴き取るのは難しい。いつもの通りなら、「第一理科室」の「机」の上だ。伝わるんだけれど、もう少し気を遣ってメモでも書いてくれたらいいのに、と思う。


 黒板に、「化学ノート教壇の机に提出。13時10分まで」と書いて、席に戻る。


 今日はお弁当を持ってこなかったから、購買に買いに行かなくてはいけない。なんで用事というのは同じ時に重なるのだろう。ツイていない。


「おーい、健二、俺パン買いに行ってくるけど、なんかいる?」


 いつもお弁当にプラスして菓子パンを食べている運動部の友人に声をかけると、ノートにでかく「焼きそばパン」と書いて掲げてきた。


 今日は惣菜パンか、と思いながら片手を上げて教室を出た。


 僕の世界は、音が歪んでいる。聞きたくないのに。気が狂いそうなほどに。





 二人の世界が交わるまで、あと数時間。





*感音難聴とは

 音の通り道である、外耳、中耳、内耳のうち、一番奥にある内耳のどこかで障害が起きて聞こえづらい状態。治りにくい難聴で、音が小さく聞こえるだけでなく歪んで聞こえたり、不明瞭になる。

ちなみに、外耳、中耳での障害があり、聞こえづらい状態は、伝音難聴と呼ばれる。


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