第10話
「たのしかったっすねー!」
「おい、声でけえよ」
「大丈夫っすよ、ほかにも、ほら」
ゲームセンターで遊び疲れた俺達は、近くにあった喫茶店で休んでいる。
日曜日ということもあってお客さんもちらほらと見受けられ、三碓が少しうるさかったが、言われてみれば気にもならなそうだった。
「それより、何か頼むっすよ。疲れたし、甘い物がいいっすねぇ」
だらりと机に突っ伏す三碓。はしたねえ。
「まあ、結構動いたしな…………いやでも、まずは飯からだろ」
………………悩みどころだが、時間的にはお昼の時間であって、デザートはその後だろう。一瞬、甘い物の誘惑に負けかけたが、どうにか理性の勝利だった。
「先輩、硬いっすよ! もっと気楽にいかないと!」
「うるせえ、太るぞ」
「太……先輩、デリカシーがなさすぎ! なさすぎっす!」
「はいはい。教室でエロゲーやるような奴に言われたくねえよ」
デリカシーどころか常識すらねえもんな、こいつ。
「ほら、メニュー表。デザートもいいが、まずは飯だぞ」
「わ、わかったっすよ」
俺がメニュー表の一つを渡すと、三碓は渋々といった様子でそれを受け取る。
本当に手のかかる後輩だった。
「………………あれ?」
俺もメニューを決めようと手を伸ばした時、三碓が疑問符を浮かべた。
食べたいものが見つからなかったのか、とも思ったけれど、その視線はメニュー表に向けられていない。
「どうしたんだよ」
「いや、ほら、あれ」
三碓が指を指すので、俺もそちらを見やる。
「…………………」
そこにいたのは、興(おく)ヶ原(はら)だった。
興(おく)ヶ原(はら)は俺達と同じように客席に座り、机の上にはパソコンが置かれている。
確か小説家とか言っていたから、もしかしたら執筆をしていたのかもしれない。仕事熱心なことである。
その興(おく)ヶ原(はら)は、ちらりちらりとこちらを見て、目が合った瞬間、逸らされた。
「スグルん先輩、どうするっすか?」
「どうする、って言われても、なぁ」
別段、何かを話したいわけでもない。ただ、休日にたまたま知り合いを見かけて、話さないというのもなかなか不自然なことかもしれない。
「ちょっと声かけとくか?」
「……………え?」
「え、なにその反応?」
「いや、ほら……、あんなことされたのに」
「………………ん?」
言われてみれば、興(おく)ヶ原(はら)を見ても何も感じない。「あ、いるなー」くらいの感想を抱いても、以前ほどの嫌悪感はなかった。
まあ、こうして意識してみれば、確かに嫌な気分なるけれど、吐くほどじゃない。
もしかしたら、文芸部での時間が、ある程度慣れさせてくれたのかもしれない、とも思ったけれど、それだけじゃない気もする。
「大丈夫だわ。なんでだろうな」
「先輩、心が広いにもほどがあるっすよ」
「別に普通だとおもうが……そりゃあ、お前と比べればバケツとプールくらいは違うだろうけど」
「……………一応聞くっすけど、バケツって私のほうっすか?」
「それ以外何があんの?」
「その口、ホチキスで止めてやりましょーか!?」
「ほら、短気じゃねえか」
どの口が言ってやがる。
まあ、大丈夫ついでに、というわけでもないけれど。
「………………いくか」
「え、先輩?」
三碓の声を無視して、俺は
◆ ◇ ◆
※興ヶ原視点
「ぇ…………え?」
いつもの喫茶店で新作の執筆をしていると、三碓さんと九ノ瀬君が入店してきて、思わず二度見してしまった。
なんでこんなところに?
二人は私に気が付く様子もなく、店員さんに案内されるままに席につく。
休日に知り合い、それもよりによってあの二人に出くわすというのは、正直気が引ける。けれども、逃げるように店を出るのも変な話で、気づかない振りをしながら、私はここに留まることにした。
ちら、ちらと。
…………あの二人、仲いいなぁ。
なにやら言い合いをしているように見えるけれど、ただじゃれ合っているようにしか見えない。あるいは、もう恋人と言う関係にまで至っているのだろうか?
うん、そうとしかみえない。
九ノ瀬君には本当に取り返しのつかないことをしてしまったけれど、それでもあのゲームの『ユウさん』だと分かって、想いは募る一方だ。
決して叶わないものだと、わかっているけれど。
それでも諦められないというのが、本当に残酷だった。
ちら、と。
あ。
九ノ瀬君と目が合って、私はとっさに視線を逸らす。
気づかれた。それに、丁度、見たところを。
どうしよう。私から声をかけた方がいいのだろうか。
でも、九ノ瀬君に避けられている、あるいは嫌われている自覚くらいはあるので、ここは見なかったことにしたほうがいいのかもしれない。
杉ヶ町君も、嫌っている相手にわざわざ話しかけてくるようなことは―――、
「興(おく)ヶ原(はら)」
「ひゃぁっ!?」
突然に声をかけられて、私は肩を跳ねさせた。
顔を上げれば、そこにいたのは杉ヶ町君だった。
え、なんで?
私、あんなに酷いことをしたのに。
もしかして、もう気にしていないとか、なんて淡い期待を抱いたしまうあたり、私は本当に自己中心的だなと、心の中で独り言ちる。
本当に嫌な女。
「き、奇遇ね」
「そうだな。小説、書いてんのか?」
「え、ええ。締め切りもあるから」
締め切りなんて、正直破ってなんぼなのだけれど―――本当はダメなのはわかってる―――。
「悪いな、忙しい時に、文芸部の手伝いなんてさせちまって」
「いえ、いいのよ。あれはあれでいい経験にもなるから」
「そう言ってくれると、気が軽くなるわ」
「ええ、あまり気にしないでいいわよ」
実際、ああいうのは偶に自分でもやっている練習で、改めて考えてみると新しい発見もあったりする。ああすればもっとよかったんじゃないか、とか、ああやればもっといい練習にもなるんじゃないか、とか。
あるいは人に教えるという経験を、小説の中に落とし込めることもあるかもしれない。無駄な経験なんて、それこそ部屋に引きこもった経験だって、無駄にはならないのだ。
「興ヶ原」
「な、なにかしら」
じっと私を見てくる九ノ瀬君。
いつになく真剣な目で、思わずドキリとしてしまう。相手にそんなつもりはないのだろうけれど、心臓に悪いからあまり見つめないでもらいたい。
なんて、どきどきしていると。
「悪かった」
唐突に、謝られた。
「…………………………え?」
意味も分からず、私は唖然としてしまう。
目に映るのは、申し訳なさそうにしながら首元に手を当てる九ノ瀬君。ああ、かっこいいなぁ、なんて見当違いなことを一瞬思って、
「ちょ、ちょっと! なんで誤ってるのっ!?」
私が慌ててそういうと、九ノ瀬君は「悪い」ともう一度。
「いきなり謝るなんて、どういうことかしら?」
「いや、俺って興(おく)ヶ原(はら)のことを何も理解してなかったって、改めて思ったんだよ」
「…………ごめんなさい、意味が分からないのだけれど」
「俺はお前を完璧な人間だと思ってた。俺の理想を押し付けて、完璧な女の子だって思いこんでたんだよ」
そう語る九ノ瀬君の表情は、少し気恥ずかしそうにしながらも、変わらず真剣そのものだった。
………どうして?
その疑問は、私をなぜそのように見ていたという意味ではなくて。
「だから、お前がその、俺を糾弾した時に、勝手に失望して、勝手に恨んでた。お前も、あの時は怖くて冷静じゃなかったんだろうなって、今ならわかる。当たり前だ、不審者に狙われてるんだから」
なんで。
「………………がう」
「そのことに気付くのに、三か月もかかった。だから、悪かった」
「…………………違うでしょ!?」
九ノ瀬君の言葉に、私は声を荒げた。
違う、そうじゃない。九ノ瀬君は、間違っている。
だって、そうだろう。
「謝るのは私であって、九ノ瀬君じゃない! 今まで謝りもせずに、なあなあで過ごしてきた私こそ、糾弾されてしかるべきでしょう!?」
真犯人が見つかって、杉ヶ町君に冤罪を吹っ掛けてしまったことを自覚した。
謝ってすむことではないし、取り返しのつかないことをしてしまった自覚もあった。けれど、私は今の今まで謝ることすらしなかった。
私のことを避けているのがわかってしまったから、自分からは話さない方が九ノ瀬君のためだろう、なんて甘い言い訳を口にして。
私はただ、好きになった人に糾弾されるのが、罵倒されるのが怖かっただけだ。
逃げていた、だけだったのだ。
「興ヶ原」
九ノ瀬君が言う。
「…………なによ」
「えっと、その」
「…………?」
九ノ瀬君は言いにくそうに私に顔を寄せてきて、
「見られてるから、声、抑えよう、な?」
「…………………………」
私は顔を赤くして、俯いた。
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