第9話

 三碓から電話を貰った日の翌日。

 俺は三碓に呼び出しを食らって、カラオケボックスに来ていた。

 日曜日に女の子と二人でっていうのがミソだけれど、生憎とそういう感じでもなく。

 俺はほんの三か月と少し前のことを洗いざらい吐かされた。


「そんなのってあんまりっす!」


 バンッ!


 三碓が机を叩いて、その勢いのまま立ち上がると、唇をかみしめながら悔し気に俯く。


「まあ、後で誤解って解けたんだけどさ」

「え? どういうことっすか?」

「なんでも、真犯人が学校の用務員だと分かって、興ヶ原興ヶ原に好意を持っていた俺に罪を着せようとしたらしい。部活を転々としたりしてたのもそうだし、割と大っぴらにしてたから、どっかで漏れたってとこかもな。そうでもなきゃ、俺は今頃、退学になってるはずだろ」

「い、言われてみれば……」


 ストーカーはぶっちゃけ犯罪だ。そんなやつを学校に残すわけがない―――、というか少年院行きだろう。実際に、真犯人はそのまま警察のお世話になったようだし。

 

「ただ、時期が悪かった」

「時期?」

「真犯人が見つかったのは、夏休みの間のことだったんだ。訂正する暇もなく、二学期に登校したときに学校中に俺がストーカーって話が広まってた」


 できるだけ重々しくならないように、淡々とした説明口調で話していく。

 怒ってくれるのは正直嬉しいのだけれど、三碓には何ら関係のない話だ。一応、ちょっとした義理もあってこうして話しているけれど、別に何かを期待しているわけでもない。

 ただ、話してみてちょっとだけスッキリしたから、そこについては感謝だろうか。


「そんなの私は知らないっすけど……」

「お前、夏休みデビューしたくせに、俺とずっと一緒にいたから友達いねえんだろ」

「うぐ………」


 友達も作れずして夏休みデビューをした意味とは。


「まあでも、教室で俺と一緒にいて、なんとなく雰囲気はわかったんじゃないか」

「それは………」


 三碓は言いにくそうに口を横一文字に閉じると、気が抜けたようにストンと腰を下ろす。


「あ、だとしても、学校が弁明するんじゃ?」

「仮にも学校が雇った人間の起こした不祥事を、生徒の俺に冤罪吹っ掛けかけたんだぞ。学校もあまり声を大きくしたくねえんだろ。幸い、俺の親は放任主義が祟って何も言わなかったらしいしな」

「スグルん先輩は悔しくないんすか?」

「は? めっちゃ悔しいに決まってんだろ。『間違ってました。さーせん!』の一言で終わってんだぞ。クソって思うわ。興ヶ原に至っては、謝罪の一言もねえし」

「だったら!」

「でも、別に何かしようって気はねえよ」

「…………まさか」


 ハッとしたように口を開ける三碓。

 え、なにを思いついたの?


「興ヶ原先輩のことを、まだ好きなんすか……?」

「んなわけねえだろ。はったおすぞ」

「暴力反対!!」


 モグラみたいに頭を抱える三碓の頭に、グリグリと軽く拳を押し付けてやる。

 こうしてみると、こいつってめちゃくちゃ小さいな。


「だって! そんなことされて、やり返そうとしないなんて変っすよ! 私なら校内放送を乗っ取って、全部ばらしてやるっす!」

「お前それマジでやめろよ?」


 後輩にケツ吹かせてる男って、すげえみっともねえから。


「…………興ヶ原先輩のことが好きじゃないなら、スグルん先輩はただのお人好しってことっすね」

「いや、だからなんで?」


 さっきから、三碓の思考回路が飛躍しすぎている。

 俺が答えを急かすように三碓をジト目で見ると、三碓は呆れたように溜息を吐いて、続ける。


「だって、スグルん先輩が悪者になれば、興ヶ原先輩は被害者であって、冤罪を吹っ掛けた悪者にならずにすみますから」

「………それ、考えすぎだからな」

「スグルん先輩、知ってましたか?」

「なにが」

「スグルん先輩が何か隠しごとしようとする時、耳がぴくぴくって動くんすよ?」

「え、まじか――――――あ」


 俺は自分の耳を軽く触ってみようとして――――、気が付いた。


「触ろうとしたっすね?」

「お、おまえ……」

「そんなに睨んでも、もう怖くないっすよー? お人好しのスグルん先輩?」


 三碓は体を傾けて、悪戯が成功したように無邪気に笑う。

 こいつってほんと夏休み以降、性格変わったよな。夏休みデビューにしても、些か変わりすぎだ。

 読書好きの三碓はどこに消えた。

 まあ、どの道、このままでは先輩としての威厳もくそもない。


「…………お前さ」

「なんすか?」

「今度のテスト、勉強教えねえからな」

「ちょっと、それ今関係なくないっすか!?」

「うるせえ、先輩をからかった罰だ」

「あー! あー! そういうこというんすね! 私も今度からエロゲー貸してあげないっすよ!?」

「俺がエロゲーやってるみたいに言わないでくれる? そもそもエロゲーを借りた覚えなんてひとっつもないからな?」


 生意気な後輩に、たまにはお灸をすえるのも先輩の役目だろう。

 ここに来る前と後で、少しだけ軽くなった頭の隙間で、俺はそんなことを考えていた。








◆ ◇ ◆






 三碓が「ともあれ!」といってから。


「パーッと遊ぶっす!」


 カラオケを出る頃には空気が暗くなってしまっていて、だんまりとしていた時に、三碓がそんなことを言い出した。


「遊ぶって言ったって、何するんだよ」

「そりゃ決まってるでしょ! ゲーセンっすよ、ゲーセン! 折角外に出たんだから!」

「ゲーセン………」


 金が湯水のように消えていく未来しか見えない。

 仕送りも限られてて、学校でバイト禁止とか言われてるから、金ないんだけどなぁ。


「なんか行きたくなさそうっすね」

「金がちょっとな」

「あ、そっか。一人暮らしっすもんねー。でも、私もある意味行きたくないのは同じっすよ」

「え、なんで?」

「ゲーセンって行ったことないんで! 多分めっちゃへたくそっすから!」

「うし、いくか。ボコってやるよ」

「鬼畜!?」


 お灸をすえる、第一弾だ。

 まずはその生意気な鼻をへし折ってやる。


 俺は急に行くのを嫌がり始めた三碓の首根っこを引きずりながら、近くのゲームセンターへと向かう。

 日曜ということもあって人の出入りが激しい。ちょっと目を離すと、すぐにはぐれてしまいそうだった。


「三碓、離れるなよ。ゲーセンって意外とみんな浮足立ってて、結構治安悪いから」

「スグルん先輩…………」

「え、何だよ、そんな見つめてきて」

「いや、急に先輩風吹かせてて、きしょいなーって思っただけっす」

「うし、まずはガン●ムファイトで遊ぶか」

「いやー! ボコられるぅ!」


 とかいいながら、人込みの中をしぶしぶ俺に付いてくる三碓。

 案外素直なところあるよな、こいつ。


「…………先輩」

「ん?」

「裾、掴んでてもいいっすか」

「おう」


 まあ、人込み凄いしな。


 ――――――30分後。


「なん…………だと」


 俺はゾンビシューティングゲームの前に、驚愕していた。

 目の前には倍近い点数差のついたスコア結果の画面。

 つまり、


「スグルん先輩、私これ、才能あるかもしれないっす」


 三碓に負けた。


「お前、初心者とか嘘だよな?」

「嘘じゃないっすよ! スグルん先輩が弱いだけじゃないっすか?」

「…………負けてるから何も言えねえ」


 勝者こそ正義。勝てば官軍というやつで、今の主導権は三碓にあった。

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