第7話 人間
この日は試合だ。
試合の相手は、頭にワッカを被り、珍しく手にグローブをしている。
肘、膝、かかとに厚手のサポーターを付けている。
……どうでもいい。
僕は試合どころでは無い。
おじさんにも言ったんだ。とても試合が出来る状態じゃないって。
でも聞き入れてもらえなかった。
「勝て!」
おじさんは、ただそれだけしか言わなかった。
全くやる気は無い。試合場に居ても、あの女の子のことしか考えられない。
でも、そんな状態でも勝てるんじゃないだろうか。
今日の相手は人間だ。
これまで僕は、怪物たちと戦ってきた。
今さら人間が出てきたところで、何だっていうんだ。
「ファイ!」
試合が始まった。
人間は両手を顔の辺りで構え、片方の膝を曲げて浮かし、片足立ちしている。
僕の様子を覗っているのだろう。
無駄な努力だ。
僕はロボット。人間に負ける道理はない。
こんな無駄な試合をやっている場合じゃない。
僕はいま死にそうなんだ。
あの女の子と……もしかしたら、もう会えないかもしれないんだ。
気が気でない。
どうしたらいいんだろうか……
心ここにあらずな僕を見かねてか、人間はバックステップで僕から距離を取った。
もういいよおお。無駄だよおお。何ができるっていうのさあ。
それでも一応僕は、人間に目を向ける。
それと同時に人間は、僕に向かって走り出し、跳んだ。
瞬時に間合いを詰めるや、跳んできたスピードを生かして、そのまま僕のアゴに膝をブチ当てた。
――飛び膝蹴り。
「バカヤロー! ムエタイ舐めんなよ!」
おじさんの怒号が聞こえる。
そうかムエタイか。
前回の試合前に動きを真似した、立技最強ともいわれる格闘技だ。
確かに、人間にしてはやるな。
しかし、僕はロボットだ。人間の攻撃なんて効かない。
いったんはダウンしたものの、僕は直ぐに立ち上がろうとする――!?
身体に力が入らない。
おかしい……
アゴに強烈な一発を受けて効果があるのは、動物の話であって、ロボットの僕には関係ないはずだ。
アゴへの一撃は、脳を大きく揺らすから効果がるのであって、脳が無いロボットには意味が無いはずだ。
でも僕は、身体を動かすことが出来ない。
力が入らない。
とても無理だ。
これ以上、何もしたくない。
僕はダウンしたまま、立ち上がることを諦めた。
僕は負けた。
「バカヤロー! てめー、なに負けてんだよ! 勝てる試合捨ててんじゃねー!」
おじさんはカンカンだ。
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