第2話 雨に〇〇ば・・

☆ご注意 この物語はです。実在の住所・店舗・人物とは一切関係ありません。 



 ボクの店舗は開店休業状態で今日も近所の喫茶店の「邂逅」へと入り浸ってヒマを潰している。

「ねえぇーマスターさぁ!なんか面白い事無いの?」

くたびれて汚れたツナギとキャップのボクにそう聞かれたマスターがぼやく。


「ついこの前あんな目にあったのに・・?そんな事聞くの?」


アレは一体何だったのか。


マスターは大して何も言ってはくれないし、真実などボクの貧弱な頭では想像もつかない。でも重量物が頭に直撃した痛みは嫌ってほど知ったボクだった。


「ならちょっとは真面目に仕事すれば。借金無いからって油断してると危ないよ、まだ10時だろう・・仕事しろ。」

マスターのきついお言葉に指折りルーティン・ワークを数えて考えてみる。

「うーんと・・朝一の『都古みやこ新聞』の配達・・京漬物『西和』さん本店の開店手伝いに・・横丁の咲ばあちゃんの代行で・お参り・水まき・猫のエサやりの三点セット・・老舗和菓子店の鐘屋道清かねやみちきよさんとこの末っ子道行みちゆきくんの幼稚園送迎・・」


「待て・・」いつも口にくわえただけで火をつけないシガー、

らくだの箱絵が特徴の「キャメル」を乾いた唇からポロリと落とすマスター。


「ちょっと待ってって・・」


「マスターこそ待って、いま全部言っとかないと忘れていっちゃいそうでさぁ・・町内の路上の掃き掃除とロシア人のキャバ嬢のミライザさんを起こして朝食の用意・・聖女子高校生の笑実花えみかちゃんの登下校時と祇園の置屋までの送迎・痴漢退治でおわりかな・・?」


「・・おさかんなこって!おきばりやす!朝からそんだけ仕事すりゃあもう充分だろうよ。オレんより儲かってんじゃ・・ん?でもそれってみんなお前が忙しくしてるのって、晴れた日だけじゃねーのか?」


それまでニコニコだったボクの表情が明らかに曇ったらしいのが

マスターの目を見ても分かった。


「そーなんだよねーっ!なんでか雨の降ってる日には全部他の人に回ったり、取られたり、断られたりしてさぁ咲ばあちゃんの代行分のお参りと猫のエサやりだけになっちゃうんだ。」


「あーお咲さんなぁ・・ありゃお参りっちゃあそうなんだが?」

店内にはふたりきりなのに急に声をひそめあたりをうかがう様子のマスター。


「・・・・・。」

まるでイタズラ真っ最中の子供の様だ・・。(この人、今年でいくつって言ってた?)

「誰にも言うなよ・・。」


「な、なに・・仰々しい。」(ホントにマンガの悪者みてぇ。)

「俺もガキの頃に小銭稼ぎ・・まぁバイトでお咲さんを手伝ってた事がある。あそこの神棚を普通に正面から見りゃ「他言たごん妙神みょうじん」と様っていう夫婦の神様って事にゃなってはいるが・・」


カッ!ゴロゴロゴロッ

「ん?晴天なのに雷・・?」

ボクはチラと青い空を振り仰ぐとマスターに注意を向けた


「それは表向き・・・「!?神鳴り!!」」

ガカッ!突然の閃光が脳裏を焼き、間髪入れず地鳴りのような轟音が全身を揺さぶる。

ガラガララッドッドオォーーーン!!!


「「うひゃーーっ!」」

近くの変電所にでも落ちたのか停電で周囲が真っ暗になった。


「いってぇー!  停電・・かな?」

当り前の事を言った様だがぜ~ったいにお・か・し・い!!ボクらはついさっき自分達の眼でそれぞれ確認している。


「あ、青い空だった。・・さっきまで。」

「ん・んなバカな?さっき俺はお前にTVと時計見て、朝10時だっつったよな!」

ボクは神鳴りの落ちた音だけで、スツールから滑り落ちてしまい

したたかに尻餅をついたうえに腰が抜けていた。


「いてててっ」

窓やガラス戸で外の様子を窺うとさっきまで快晴の青空だったものがどす黒く重い雲が低く垂れこめて陽光をさえぎり、世界は同じように黒く染まっていた。


そしていつの間にかしとしとと音もかすかに細糸のような雨粒が

あたりを占領してゆく。  


マスターがライトを点けたスマホを手にして、

「一応、俺 ブレーカー見て来るわ。」と言って裏に回っていった。


しばらくすると天井のLEDを含め電気が一斉に復活した。



チカチカッチカ ブゥーーーン 

ブッ「・・でんなあ!」ワハハハハッ!ギャハハハハハハッ


スポーツ以外は普段は消してある壁一面を占める50型TVも復活して下品な笑い声をばらまく。


ボクは戻って来たマスターにふとたずねてみたくなった。


「今日の予報、雨でしたか?」


「うんにゃ・・100パー(セント)晴れ!」


そのとき、TVのくだらない番組が一段落して関西の天気予報が始まったが・・画面上はどこもかしこもお日様マークだった。


「!?」


ボクらはスマホのアプリも確認したが結果は同じだった。


「「晴れだねぇ」」


しかし、外はあいも変わらずドス黒い雲が垂れこめており周囲を暗く染めている。


「「暗いねぇ」」



「・・・・・やっぱりな、」

「?なに・・。」


「お咲姉さんの言ったとおりだった。・・他言たごんの神は

他言たごん無用。」

ピカッ! ゴロゴロゴロッ


マスターは雷音にビクッ!っと震えてから天井を見やり、足元を見透かすように睨むとカウンターの注文書き用メモ帳をとって、シャツの胸から書き味抜群で愛用の一品JETSTREAMの0.7黒を手に取りサラサラと手早く書き上げた。


「お咲姉さんは本当はまつってるんじゃない、押さえて鎮めているんだ。他の神と自分の霊力を使って――。命を削って――。

他言たごんの神――以前は堕魂・蛇魂と書いてダゴンと読ませていたらしい。御札の裏に今でもその跡があるはずだ。

水と縁の深い神の名・・知っているだろう。H・P・~   」 


ボクは知りたくは無かったけれど、知らない間に巻き込まれてしまったみたいだ。

全身、どっぷりと・・。

  

「なんでっ!なんでボクなんです?」                       


A⇒

【Auto Return】

B⇒


鰐淵宣親わにぶち のぶちか君、キミの出身地ってどこだい?」

「田舎ですよ、島根県出雲市出身です。物心ついてからはずっとこっちですが・・それが何か・・?」


「・・本所町・・鰐寺・・Deep Ones。」

ガタタッ「!?」

ボクは反射的に立ち上がって店を出ようとしたがマスターの思いもよらぬ力の強さに腕をつかまれて身体が固まって動けなかった。

「逃げなくていい・・信用できないなら帰ってもいい。でも、

それでのぶクンは目的を果たせるのかい?」


ボクは首をイヤイヤするように振った。

それでも脳裏に浮かぶのは、淫らで忌まわしい謎の儀式と

つくり変えられた自分の肉体に、裏山の薄暗い穴の中に重ねられた

おびただしい数のヒト型の死体。

見知った顔の遺体も見えた気がする。

そして最後の最後で態度を変え集落からボクだけはと逃がしてくれた両親。

身代わりになった許嫁で従妹の・・・華の・・・泣き叫ぶ声。

「なんで?置いて行かないで~!のぶク・・!」

ボクは振り返れなかった。

そうすることで【終わってしまう】と感じたから。

恐くて・怖くて・コワクッテ・・根源的な恐怖と凍るほどの寒さが這いあがって来るんだ。意味をなさない叫びをあげてメチャクチャに走って逃げた。

・・・


・・・

都会化された駅前まで追って来たヤツら・・。

あのときに巻き込まれたヒト達は寺の裏山の穴の中へ放り込まれたのだろうか?

おびただしい数の死体の仲間入りして。


今でも臭覚細胞が憶えてる。

それは物凄い匂いだった。

最初に匂いがした時は鼻っ柱を殴られたように感じて次には匂いのもとが鼻から脳から浸透してくるように思えて死ぬほど怖かった。

だって高校の頃、生物の教師が話してくれたことをすぐに思い出すんだ、その話とは・・。

「視覚・聴覚は対象物とは直接関係しないが、臭覚は匂いの対象物の何万分の1とはいえども、その対象物の分子に直接触れて感じる感覚だ・・。」

というものだったから・・。

(ヤツノ匂イヲ知ッテイルトイウコトハ、ぼくノ細胞ノ一部ガヤツト同化シテイル・・トイウコト。モウ・・ニゲラレナイ!?)


更なる恐怖で身が震えた。

「マスターはどっちの味方・・なの?」


どれ程の時間が経ったろうか?


「俺は悪いが自分の意思で決められねぇ・・。この店に縛られてんだ。もう、呪いと言ってもいい。その代わりに普通のヒトより色々とし知ってもいる。店のちからの及ぶ範囲で守ってもくれてる。今日みたいに・・。だが、あくまでも店ありき・・なんだ。俺はただの下僕さ・・。」

と今更ながら【closed】のドアサインを出し窓やドアをロックしてゆくマスター。


その様子にボクは身を固くしたが、彼は構わず話を続ける。


「さっきブレーカー見た時に、お咲姉さんが無事だったのも連絡取って確認済みだ。『敵は当たりをつけた様だが、さすがに千年魔都=京の都だねぇ~のぶちゃんを隠しきってくれたよ。今夜はその店で寝な』って言ってた。」


びっくり!時計を見たらもう夜の11時を回っていた。いつの間に?


緊張から安堵に変わった為に急に膝からちからが抜けた。

「ト、トイレ行っていい。」

「ああ、気やすめだが持ってけ!」

とマスターが祭壇の三種の神器から火のついたタバコをボクに手渡した。

「ん、こほっけほっ」

煙たさにむせながらも受け取って奥向きのれんをくぐる。

右手奥にトイレがある。チッチカッチカ!

なんで今!LEDが切れそうに点滅するかな~度胸試しかよっ。

半ばドキドキして・・。

カチャッ 

中は明るく清潔な普通のトイレだった。

「ほっ」

急に後生大事に吸わないタバコを持っているのがアホらしくなったので、煙いから煩わしくなり陶器の貯水タンクの淵に置いた。

いつものツナギを足以外脱いで丸めてヒザ上に、最期の下着を脱いで用を足す。

「・・ふう~。」

一息ついた時、急に陰部に違和感が

「・・!!・・な、なに」

ボクの恥ずかしいを開いた状態で固定するように水洗便器の奥から青緑色のタコのような触手が何本もウネウネと蠢いていた。

「ひぃ~!」

(ぼ、ボクも儀式の時の・・華みたいに化け物の嫁にされるのか・・元は男なのに、男なのに・・いじられてる所が・・甘く痺れるよう。)

「ふぁ、ああっ」(と、突起を・・いじるな・・)

「うっ」(胸も来たっ)

くちゅっずるっずるっ「ああああっ!」

(入って来る、こすれて・・だめだっ だめだめっ)

もうダメ・・。気持ち悪さと相反する極度の快感に意識が・・。


タンクの淵の火のついたショ-トピースが唐突に発煙筒かのようにこちらに火炎を吐き出した。

まったく赤くない白い炎が宣親のぶちかの全身を舐めるがまるで熱くは無い。

それどころかほんのりと暖かく爽やかだ。


青緑触手につけられた汚いモノが剥がされて行く様だった。


気もちがしっかりするとトイレの戸を叩く音が・・。

ドンドンドン「のぶちゃん何だ!何があった!」

(き、来てくれた・・)「マ・マスター、もう大丈夫・・。」

ボクは用心してゆっくり扉を開けたのにマスターったら思いっきり引っ張って開けてしまった。そのせいで今の惨状が・・。

ガチャッ!!「ホントか?」

「イヤーーーッ!」バシーン!


がちゃん がらん ごろん 

・・・


・・・

「すまん すまん ホント ゴメン!元男とは言え新人の女の子のトイレを思いっきり開けたのは悪かったよ。」

「変な言い方止めて下さい、誤解されますから。」



結局ボクとマスターは明け方まで言い合っていた。

それは、お咲おばあちゃんがふたりの様子を覗きに来るまで続いた。

そして敵ではない、味方かも知れない友人が出来た。



☆彡京の一言【雨の日はタコ注意!】シャークトパス(2010)




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