第91話 手土産菓子は甘くて熱い
二柱の食事の神が率いる組織、食通同盟。
その名をビスカに伝えて正式名称として決まった後、勧誘の謳い文句にでも使ったのかあっという間に天界に広がったようだった。
なにせこっちから伝える前に志願者側から「食通同盟に参加させてください!」と言われる確率があまりにも高くなったのだ。
センスはともかく、やっぱり覚えやすい名前にして良かった。
鍛冶の神ソルテラや炎の神レモニカも加わり、しばらくの間は組織を整えながら如何にして穏便にバージルと対話の場を持つかという話し合いを繰り返した。
ソルテラ経由で話をつけるにしても手順というものがある。
俺は単純なことしか思いつかなかったが、頼もしい仲間たちのおかげで神々の間では伝統的なマナー……アポを取る際に手作りの菓子を持参し振る舞うという手法を取ることになった。
「手土産はわかるけど、訪問する際だけじゃなく約束を取り付ける時にも必要なんだな」
「お前が俺たちのところへ突撃してきたのがどんだけ非常識だったかよくわかるだろ。……つってもマナーは神それぞれだ、この方法はバージルの世代に流行ってたマナーってだけなんだが」
そう説明しながらフライデルが素早くエプロンを付けて両手に調理器具を持つ。
不機嫌そうに見えてやる気に満ちているのが丸わかりだ。甘いもの好きだもんな。
手作り菓子を作ることになり、俺たちは本拠地のキッチンに移動して手土産の試作に挑むことになった。いつもの面子に加えてソルテラとレモニカもいる。
なぜかニッケもいたが、調理に参加するつもりはないのか俺たちの様子を一心不乱にスケッチしていた。
レイトが半眼になって「高位の神がキッチンですし詰め状態になって菓子作りする様子が面白いらしい」と俺に耳打ちする。
ま、まあ、動機はともかく記念撮影みたいなものだと思えば記録として残してもらえるのはありがたいか。絵の上手さは保証されてるわけだしな。
エプロンを付け終えた俺の袖をコゲがくいくいと引く。
「シロ、菓子は何を作る?」
「運びやすいもの、配りやすいもの、って条件で候補をいくつか絞ってみたんだ。ほら、これこれ」
俺は紙に書き出した菓子名をコゲに見せた。
まずポピュラーなクッキー。
これは色んな種類を作れる上に目を楽しませられるから良いなと真っ先に決めた。同じ味でも見た目に変化を付けられるのもプラスポイントだ。
あとは一般的なクッキーとは少し異なるメレンゲクッキー。
小さなものはさっき挙げたクッキーの脇役として同じ袋に入れて、それとは別にデカいものも作ろうと思っている。
サクッとした歯ごたえの後にじゅわりと口の中で溶けていくあの食感は大きければ大きいほど印象的なものになるだろう。
他には紅茶カップケーキやマフィン数種、フィナンシェなんかを考えていた。
日持ちについてはレイトが保存に適した袋を作って加護を与えてくれるそうだ。今回は数が多いしレトルトカレーほどは持たないらしいが、数日くらいなら余裕だと聞いてホッとした。
どれも美味しそう、とそわそわしているコゲの向こうからレモニカがひょいと顔を覗かせる。
「これだけか? 折角ここに炎の神がおるんじゃ、アレを作ろうアレを!」
「あ、アレ? まさか豚の丸焼きとか……」
「せめて菓子で想像せえ!」
レモニカは炎のようなツインテールを燃え上がらせ、快活な笑みを浮かべながら人差し指を立てて言った。
「バームクーヘンじゃ!!」
***
個人でバームクーヘンを作るのは至難の業……だと思っていたが、考えてみれば他にもそういった印象を持つ料理を作ってきた。
つまりここにいる面子なら実現可能だ。
それにレモニカ曰く、想像しているより簡単らしい。そう実演も兼ねて屋外で棒に巻いたバームクーヘンの基礎になる部分に生地を垂らしながらくるくると回して焼いてみせる。
良い香りがしたが――ヤバいな!
主に炎の神の火の勢いがヤバい!!
顔面を炙られているみたいだ。これ丸焦げの真っ黒なバームクーヘンにならないか? そういうのも美味しく頂くが手土産にはちょっと難度が高くないか?
そう心配したものの、火加減は絶妙で適切な焦げ目だけが付いていく。さすが炎の神だ。
ちなみにソルテラが言うには鍛冶の際には更に凄まじいらしい。
少し怖いが、その仕事っぷりをいつか見せてもらいたいな。
そうこうしている間に焼き上がったのは巨大なバームクーヘンだった。
ほかほかと湯気が立ち昇っており、とても甘い香りがする。生まれたてのバームクーヘンの魅力は一瞬で目を奪われるほどで、思わず喉を鳴らすとまったく同じ音がコゲの方からもした。
「久しぶりに作ったが、まあこんなもんじゃろ。ほれ、試食しろ」
「凄いな、こんなデカいバームクーヘン初めて見……あちちっ!」
ソルテラがお手製の包丁でバームクーヘンを切り分けて俺たちに渡してくれたが、その大きさはホールケーキほどあった。レモニカのサイズ感で作ったからだろう。
そして熱い。焼けてすぐのパンに触れた時と似た感覚だ。
しかし冷ましてしまえば風味が変わる。もちろん冷めたものも上手いだろうが、ここは熱々のバームクーヘンも楽しまないとな!
コムギは皿にのせたバームクーヘンをふーふー吹いて冷ましていたが、俺は一気にかぶりついた。
熱いが神なので火傷することはない。
味覚もしっかりと感じられ、甘さと香ばしさが素晴らしいバランスで助け合っているのが口の中でわかった。ふかふかしているがずっしりとした重さも感じられる。
ずっと口の中に入れておきたい味だったが、そういうわけにもいかない。
じっくりと噛んでいくと唾液と混ざって溶けていき、飲み下すと同時にごくりと喉が鳴った。
うーん、カレーも飲み物だがバームクーヘンームクーヘンも飲み物だ!
「美味い……これは美味いな……今回はプレーンだけどチョコ味や蜂蜜味とか、周りに砂糖をまぶしたものも作れるのか?」
「そんなに洒落たもんは作ったことがないが、出来ないとはミリほども思えんな」
「頼もしい! あと、それと……」
じっとレモニカを見上げると「なんじゃ気色悪い、さっさと言え」と一喝された。
今は手土産の試作中だ。
だからリクエストするのが憚られたんだが――この機会を逃すわけにはいかない。
「今度は棒に刺さったまま食わせてくれないか?」
「おん? ……ッはっはっは! いいぞいいぞ、儂も自分だけの時はそうやって食っとる。ありゃ菓子の骨付き肉みたいなもんじゃ、美味いぞ!」
レモニカは豪快に快諾すると、どうやら俺と同じ表情をしていたらしいコゲにも「お前にも作ってやる」と親指を立てた。
黙々と齧りつつも目だけは輝いていたフライデルが「ああ、この形で思い出したが」と顔を上げる。
「ドーナツもいいかもしれねぇな。いや、俺が食いたいだけとかそういうんじゃないが」
「おっ、それもアレンジしやすいから良いな! よーし、早速各班に分かれて試作しようか!」
合間合間に味見をできるし、試作品だから完成後はみんなで食べれる。
食通同盟のみんなに行き渡るかはわからないが――と心配していたものの、試作に熱中していたせいかいつの間にか大量のお菓子が出来上がっていた。
今ならお菓子の家を作れそうだ。庭付き三階建ての。
お裾分けと称してビスカたちにも配り、ついでに味で気になったところがあれば言ってほしいとアンケートを実施した。
ただの手土産、されど手土産。
剣呑な話し合いになる可能性はあるが、バージルたちにも出来る限り美味しいものを振る舞いたいからな。
そうして集まった意見を参考に試作を重ね、日も重ね、ようやく納得できる品が出来上がった頃――俺たちの前に現れたのは、白髪に黒い目をした長身の女性だった。髪にはかんざしのようなものが挿さっている。
それが羽ペンの形をしていると理解した時、女性はうやうやしく頭を下げて名乗った。
「ペンの神、ミンティークと申します。本日は――管理の神バージル様の命により、シロ様とコゲ様の招集要請に参りました」
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