第90話 白永の食通同盟
コムギたちには先に寝てもらうことにし、俺はレモニカに付き合う形で走り込みを開始した。
しかし五周目の段階で嫌な予感がしてギブアップする。
これで腹が減りすぎたらまた堕ちる一歩手前まで行くかもしれない。
そう説明すると、レモニカは「食事の神っちゅうやつは意外と難儀じゃの!」と言いつつも素直に納得してくれた。
同じ神として役目が果たせないことが死活問題なのはよくわかってくれているので、無理強いはしないのが助かる。
レモニカは「儂らだけなら手加減不要じゃ!」と自然災害の化身かと思うほどの勢いで走り始め、ものの数分で四十周し終えると少し膨らんでいた腹が元に戻った。
凄まじいエネルギーの消費量だ。
もしフードファイト中も動き回ってOKだったなら、決着が付くのにもっと時間がかかっていたかもしれないな。
ソルテラは律義に付き合っていたものの、十周した段階で疲労が後々の仕事に響くからここまでよ、と自分で切り上げた。
レモニカから文句は出なかったので普段から似たようなやり取りをしているのかもしれない。
それぞれ草の上に腰を下ろして休憩する。
頭上には一面の星空が広がっており、心なしか地上で見るより少し近く感じた。
この世界に生まれ落ちた時もこんな空が広がっており、星々が金平糖に見えて腹が減ったことを思い出す。
あの時は夜だったから神の誕生を察知したスイハがいち早く現れたけど、朝だったら朝の女神が迎えにきたんだろうか?
いや、でもスイハが来たのは勢力を拡大したかったからこそだし、俺はなにも知らないまま誰もいない神生みの地に放り出されていたかもしれない。
そう考えるとスイハがいて良かったと思うべきだろうか。
……どうしても素直にそう思えないが。
そんなことを考えているとソルテラが汗を拭いながらこちらを見た。
「そういえば、食事の神の勢力には名前はあるの?」
「ああ、それは――」
俺は工房へ向かう道中でのことを思い返す。
ビスカに問われてからずっと保留にしていたが、そろそろこの辺りで決めた方がいいかもしれない。
そこでまずは仲間たちに相談からだ、と移動中に話を聞いたのだ。
良い案はないかと問うとコムギは胸元に手をやって考えつつ唸った。
「うちの店の名前もご先祖様から受け継いだものなので、そういえばなにかに名前を付けたことってないですね……」
「飼育してる動物もペットじゃないから基本的に名前は付けないもんな」
コムギの反応にフライデルとレイトも頷く。
フライデルはそもそも名前を付けることにこだわりが薄いらしい。
気に入った精霊に名前を授ける神も多いそうだが、フライデルは一律して『風の精霊』や『こいつら』呼びだという。
風の精霊……長い間放置もされてたし、よそと比べると過酷な労働環境だな……。
レイトはレイトで「実家で犬は飼っとったけど名付け親は母親やった」とのことで、他にも学校で飼育していたうさぎの子供たちに命名するチャンスがあった時も風邪で休んでいたらしい。
こういうことにはトコトン縁がなかったってことか。
「我も名前、あまり付けたことない。シロはなにか案、ない?」
コゲの問いを受けて脳内で食べ物に関する単語を引っ掻き回す。
俺はコゲが以前の名前を思いつかなかった時に今の名前を付けたが、べつに名付けの経験があってもネーミングセンスがいいわけじゃないので迷うものは迷う。
そして、悩み抜いて俺はようやくひとつの名称を捻り出した。
「――食通同盟フーディーとか!」
「いや親父、フーディーって食通って意味もあるから『馬から落馬』みたいになってへんかそれ」
レイトの至極冷静なツッコミに俺は目をぱちくりさせる。
フーディーはグルメって意味で覚えてたけど、言われてみればそうか。
敢えて重ねることで念押しして意味を強めてもいいけど、組織名ならわかりやすさを取った方がいいかな?
そう問うとレイトはうんうんと頷いた。
「なら食通同盟で!」
「おっ、シンプルでええんとちゃうか?」
「よかった。じゃあ――」
俺はみんなの顔を見る。
「食べる量に関わらず、料理が好きだったり好物のある人がそれを大切にできる勢力を目指したい。……そして食事そのものが苦手な人でも、なにかを食べて命を繋いでいる行為そのものも大切にしたい。そんな思いを込めてこの名前を付けたいと思う」
そうして決まったのが、食通同盟という名称だった。
大食いの人も小食の人も、料理が好きな人もそうでない人も。
好物がある人もない人も、日々なにかを食べて命を繋いでいる。
その行為には差異なんかなくて、俺は食べる動機がなんであっても――その行為すべてを大切にしたい。
食べることは命の通り道を作ることだから。
その名をソルテラに伝える。
「あら、今までなかったの? てっきりバージルのように管理するための名称と割り切ってて、積極的に名乗ってないだけなのかと思ってたわ」
「こ、個人名だけでバージル側の組織名を耳にしなかったのはそういう理由だったのか……」
ソルテラは自分の頬に触れつつ心配げな視線をこちらへ向けた。
「シロ。私があなたの食通同盟に入ったことはバージルにすぐ伝わるかもしれないけれど、大丈夫? 正直言って彼がどう出るか予想がつかないの」
「いやぁ、もしソルテラに完膚なきまでに断られたらバージルに取り次いでもらえるよう頼むつもりだったからさ、なんらかの形で関われるなら特に困りはしないかな」
「……」
黙り込んだソルテラにレモニカが「コイツ、不用心極まるのぅ」と半眼で囁いた。
べつに完全に無警戒ってわけじゃないんだが、レイザァゴにコムギを助けに行った時も大分当たって砕けろ精神で動いてたから反論できないな……。
「と、とりあえず、ソルテラがウチに入ることでデメリットはないぞ」
「それならよかったわ、……改めてこれから宜しくね、食事の神シロ」
「ああ。改めて宜しく、ソルテラ!」
頷き合ってグッと握手を交わす。
するとレモニカが「そうじゃそうじゃ」とこちらへ向き直った。
「このままなあなあでもいいが、ここは明言しておこうと思うてな。儂もお前らの食通同盟とやらに加わるぞ!」
「来てくれるのか!?」
「儂のことも欲しいんじゃろ? それにソルテラが本心からそっちに付くなら一蓮托生じゃ。さっきはこれについて話そうと思うとったが……巫女が眠そうじゃったろ。だからお前らだけ連れだしたんじゃ」
ソルテラがバージル側に付いていた理由はさっき聞いた通りだ。
あの理由ではレモニカは「バージル陣営に儂も入る」とは言えず、中立派としての立場を保ち続けていた。
しかし本人が考えて決めたことなら話は別、ということらしい。
「それなら是非来てくれ、豪快且つ楽しくフードファイトできる仲間がいると俺も心強い」
「はっはっはっ! 快諾じゃな、なら決まりじゃ! 火の神レモニカ、鍛冶の神ソルテラと共に食通同盟に加わろう!!」
転生者だった神の話を聞けたし、二柱も仲間が増えた。
今回の遠出の目的は両方とも果たせたわけだ。
喜びながらレモニカとも握手を交わし、良い結果になったと胸を撫で下ろす。
第三勢力改め食通同盟の基盤も大分出来てきたんじゃないだろうか。
そう安堵したが――早速バージル率いる勢力が動きを見せたのは、それから数日後のことだった。
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