第67話 双子は上達するタイプ

 料理下手を脱して食事処デリシアで改めて経験を積んだコムギの手際はプロのそれだった。

 保温や保冷といった温度管理に気を配りつつ、料理が冷めきる前に食卓に並べたいからと調理の順番を調整した上で作業を進め、同時進行で数品目作っていく。


 ……そんなコムギからは、いつも俺のフードファイト中に腕を奮ってくれている料理人たちと同じ気迫を感じた。

 そう伝えるとコムギはおたまを握ったままはにかむ。


「フードファイト中はいつも父がメイン料理人として作ってました。けど私も……戦っているシロさんに美味しく沢山食べてほしくって練習したんです」

「コムギ……」

「だからプロの料理人と同じものを感じ取ってもらえて、とっても嬉しいです。まだまだ作るものはいっぱいあるんで頑張りますね、シロさん!」

「ああ、ありがとう! 俺ものんびりしてられないな、フライデルが気になって覗きに来るまで食べるつもりだから山ほど作らないと!」


 コムギは「シロさんだと比喩じゃなくて本当に必要になりそうですね」と言いながらくすくすと笑った。俺もそう思う。


 その隣ではパーシモンたちが下準備を終え、更に他の料理の下準備に取り掛かっている。

 双子は見た目よりも長く生きているものの、本格的な料理はほとんどしたことがないとのことだったので、引き続き下準備――指定の形に切ったり塩胡椒をしたり、必要な食材を移動させたりといったことのみを担当してもらっていた。


 しかし包丁を握る手はしっかりとしているし、切り方も上手い。

 調味料の分量も一度教えればすぐに覚えてくれた。

 覚えたことは二回目からは動きに迷いがない。そして理解した技術を応用しようという様子も見える。


 これはきっと上達するタイプだ。

 そう思っているとハンナベリーがおずおずと声をかけてきた。


「こ、こんなことしか出来ず申し訳ありません、食事の神」

「下準備は大切な作業だぞ、料理を支える土台みたいな部分だ。それをしっかりこなしてくれてるんだから謝ることないって」

「ですが、その……」


 ハンナベリーは隣でキャベツを切っているパーシモンをちらりと見る。

 頷いたパーシモンは姉と共に口を開いた。


「ぼくたちも食事の神に美味しいものを作って差し上げたいのです」

「そして、お、烏滸がましいですが、美味しく食べて頂きたいと思っていまして!」

「……!」


 その言葉にいち早く反応したのは俺ではなくコムギだった。

 包丁を置くと双子の手をそれぞれぎゅっと握って目を輝かせる。


「その気持ち、よくわかります……! 丁度下準備済みの食材もストックが出来てきましたし、少しずつになりますが料理の仕方をお教えしましょうか?」

「! いいんですか!? でしたらぜひ!」

「ご教示お願いします、先生!」


 食事の神の巫女呼びからランクアップしている。

 いや、見方によってはランクアップと言っていいのかわからないが、俺はわかるぞ。確実にランクアップだ。


 コムギは先生という響きにどきどきした様子を見せながら「任せてください!」と笑みを浮かべ、ハンナベリーとパーシモンも神様という立場を忘れたかのように「宜しくお願いします!」と頭を下げる。

 そうしてコムギから習ったことを一つ一つしっかりと復唱して覚えるふたりの姿を見ながら、俺もミンチにした肉に玉ねぎのみじん切りを入れて味付けをしていった。


「……うん、やっぱり上達するタイプだな」


 双子の意欲の高さを間近で感じながら、そんな感想が漏れ出たのはもはや必然というものだろう。


     ***


 俺とコゲも手分けして準備を進め、そろそろ大丈夫だろうというところまで到達したのは夕飯時だった。

 いや、夕飯って言っても『少し遅めの夕飯』かもしれない。

 日本にいた頃の俺の感覚で言うなら夜の九時から十時頃かな。


 でもこうして焦らされた後の夕飯っていうのは格別だ。

 前世ではわざわざ時間をずらして空腹を極めてから食ったことがある。

 今はそれをやりすぎると神として堕ちる可能性があるのがネックだなぁ……。


 なにはともあれフライデルも同じ腹具合だといいんだが、と思いながら俺は家の前に設置したテーブルに料理を並べていく。


 ちなみにこのテーブルやイスの設置もちゃんとフライデルに許可を取ってある。

 元は家の中で食べる予定だったが、品数が多いのと外で食べるのも乙なものだと思って提案した結果だ。

 フライデルは出来るものならやってみろ、という姿勢なので基本的に俺のやろうとしていることに文句をつけるつもりはないらしい。

 強引に進めてはいるが許可を取れるところはしっかり声をかけとかないとな。


 ……フライデルには普通なら絆したい勧誘相手の近くで食べるだろうに、逆に離れた場所で食べることに変な顔をされたが、美味しく楽しんで食べる姿を見せたいなら場所っていうのはこだわるべきポイントだろう、きっと。


 イスは全部で六脚。

 そのうち五脚を埋め、俺たちは食事を始めた。


 まず最初は楽しくみんなで夕飯だ。

 コムギたちも作業で疲れてるし、俺だけたらふく食べてる間に夕飯を我慢させるなんて本末転倒だ。料理のストックは十分にあるから、コムギたちにも好きなだけ楽しく食べてもらおう。

 俺は「いただきます!」と両手を合わせると、テーブルの真ん前にあった牛肉コロッケを箸で挟む。


「さあ……作戦開始だ!」


 そして、サクサクの衣と一緒にポテトと牛肉を咀嚼した。


 牛肉コロッケは少し甘くなるように味付けをしてある。

 玉ねぎは好みに合わせて大きめに切っておいた。

 使ったのは新玉ねぎのように甘いものだったんだが……正解だ、牛肉やポテトの味付けに用いたバターや砂糖、醤油と相性がいい。


 店で売ってるような甘いコロッケは今日一日の疲れを癒して余りあるほどだった。

 これは絶対に良い夢見まで保証してくれる類の味だな。

 思わずそう伝えるとパーシモンに「夢の神を紹介しましょうか?」とアドバイスを受けてしまった。いや、そういうことじゃないんだ。


 外を覗き見なくても『なにが食卓に並んでいるか』がフライデルにもある程度わかるよう、香りが特徴的な料理も用意してあった。

 白米の隣に悠々と鎮座したそれは家庭の味方、豚肉の生姜焼きである。


 テカテカした赤茶色のタレに包まれた豚肉は仄かな湯気を立ち昇らせていた。

 俺はその生姜焼きで白米を巻くように掴むと、一枚分を丸々口に放り込む。

 すりおろした生姜の風味と共にみりん系の甘さが口の中に広がり、噛むことによってそこに脂身の甘みが加わった。

 その味を白米がひとつに纏め、調和させてくれる。


「あー……やっぱり豚肉でなにを作るか考えた時に、真っ先に頭の中に浮かんだだけあるなぁ。久しぶりに食べるけど美味い」

「ご飯が進みますね!」

「我、おかわりする。シロもする?」


 いつの間にかぺろっとお茶碗一杯分のご飯を平らげていたコゲがそう言い、俺は「もちろん!」と素早く頷いた。

 白米もこれでもかってほど炊いてあるから色んな食べ方ができそうだ。


 そうして調理中の思い出などを交えながらわいわいと雑談しつつ箸を進めていると、不意にフライデルの家の方から視線を感じた。

 ちらりと視線を向けてみる。

 フライデルの姿はない。ないんだが……目を向ける一瞬前まではいました、というようなあからさまな気配が残っていた。


(ちゃんと音や香りは届いてたってことか)


 第一関門突破だな。

 だがここで安堵してちゃいけない。

 俺は腕まくりをして立ち上がるとテーブル脇に待機させていた大きな鍋を掴んだ。


 この辺りで大物に登場してもらおう!

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