第65話 神様の面倒くさセンサー

「――なるほど、つまりその二柱が旧食事の神と新食事の神ってわけか」


 双子の圧に負けたのか、それとも追い返すこと自体が面倒になったのか、俺たちを招き入れたフライデルは話を聞き終えるとコゲと俺を交互に見た。

 俺たちの紹介から天界の現状まで熱心に説明したハンナベリーはこくこくと頷き、隣のコムギもつられて何度も頷いている。


「まったく、これだから天界の連中は面倒くせぇんだ」

「えっと……話を聞く限り風の神フライデルは早々に中立を宣言したらしいが、なんでここまで情勢を知らなかったんだ……?」


 こんな質問をして機嫌を損ねればスカウトなんて受けてもらえなくなるかもしれない。

 けど情勢把握能力について疑問点のある神を呼び入れるなら、その理由については聞いておくべきだろう。

 そう思って問いかけると、幸いにもカチンときた様子もなくフライデルは答えた。


「なんか難しい話をしだした時点で俺の面倒くさセンサーが働いて、早々に距離を取ったんだよ。ちなみに今もスゲー反応してるぞ」

「派閥が分かれてる理由も調べずに!?」

「それすら面倒くせぇ」


 筋金入りだ……!

 話を聞けばフライデルは中立になってからというもの、この家やその近辺で自堕落な生活をずっと続けていたという。その間に情報収集は一切しなかったそうだ。

 とはいえさすがに職務放棄で堕ちるのは勘弁してほしかったらしく、風を管理する仕事はこなしていたらしい。

 フライデルは「息をすること並みに楽だから続いてる」と頭を掻く。


「言っとくが最高神から熱心に勧誘されても俺は仲間にゃなんねーぞ。どうせお前らだって……」


 なにかを口にしかけ、しかし言い淀んだフライデルは眉間にしわを寄せる。

 そんな彼の背後からなにやら黒くて長いものがにょろりと数本伸び上がった。蛇かとぎょっとしたが、どうやら上半身に着けているベルトの装飾らしい。

 フライデルは器用にそれを伸ばすと手早く緑茶を淹れて俺たちの前に出した。


「とっととそれ飲んで帰ってくれ」

「器用な触手みたいなやつが気になって帰れそうにもないんだが……」

「勧誘を受けてもらえるまで帰らない、じゃねぇのかよ」


 半眼になったフライデルは「言えって催促じゃなくて今まで全員言ってたからだぞ」と付け加える。

 そしてベルトを自在にうねらせてみせた。


「……見てわかるだろ、ベルトを風で操って手の代わりにしてんだ。実物の手を使うよりこっちの方がよっぽど楽だからな」

「息をすることくらい楽に感じられるならそういうこともあるか……凄いな……」

「へっ、耳にタコが出来るくらい聞いたよ」


 風でベルトを動かすことは可能だろうが、力加減や周囲に影響が及ばないように風を使うなんて凄まじい精密性だ。風の神という名は伊達じゃない。

 感心しつつ俺は緑茶を口に運び、そしてほっこりとした感覚に目を細めた。


「おお、美味い緑茶だ!」

「……? その辺の奴が淹れたのと大差ないだろ」

「いやいや、茶葉の甘さが出てるしまろやかな口当たりが最高だ。淹れてすぐなのに飲みやすかったから甘さの出やすい低温にしてくれたのか?」

「んな……」

「甘いのを意図的に選んでくれたなら……見た目が子供な奴が多いからか、もしくはコムギが人間で好みがわからないから無難なものを選んでくれたのかな」

「いや違……」


 水出しの方が甘くなるが、気候的に少し寒い。

 だから温かい緑茶にしてくれたんだろう。

 と、そう口にするとフライデルは「違ぇ!」と伸ばしたベルトで俺の両頬をぱすん! と挟んだ。


 痛くない。ほんとに力加減が完璧だ。


「あと香りも良いな、この緑茶。茶葉って天界で栽培してるのか?」

「この状態でまだ続けるか!」


 口元を引き攣らせたフライデルはベルトを離すと腕組みをして俺をじっと見た。


「食べることが心底好きな食事の神なんだな。……派閥争いの終結なんて、お前ひとりでなんとかなるだろ」

「フードファイトなら負けないけど、それ以外はからっきしだ。そういう面を補ってくれる仲間がほしい。あと食卓は賑やかな方が好きなんだ」


 コムギを救出しに行った時に思い知らされた。

 俺はフードファイトなら誰にでも勝つ自信がある。

 けど頭の作りは年相応だし、色んなことがまだ未熟だ。成長の余地がある部分ももちろんあるだろうけど――それもひとりじゃ限界がある。

 そして。


「……俺はずっと天界にいるつもりはないんだ。だから俺なしでもやっていける、同じ志を持つ神を集めたくてな」

「丸投げする相手がほしいだけだろ? ならマジで他を当たれ、俺は向いてねぇ」

「いや、飲食物に対する姿勢を気に入った。お前がほしい」

「勝手に評価すんなって!」


 そんなつもりはねぇ、と言いながら俺の目を見たフライデルは心底嫌そうな顔をした。すぐには引き下がらない奴の目だと察したのかもしれない。

 俺は緑茶を全部飲み干す。


「さっきのセリフ、言うなって言われても言っていいか?」

「おま……!」

「勧誘を受けてもらうまで帰らない」


 フライデルは引き攣った声を出すとしばし言葉を失い、かと思えば突然にやりと笑うと「条件を出させてもらおうか」と口にした。


「条件?」

「あぁ、お前の大好きなフードファイトで俺に勝ったら仲間になってやる」


 それは願ってもない条件だ。

 二つ返事で頷きかけたところで、フライデルは更に言葉を重ねた。


「ただし俺にフードファイトをする気はねぇ! 今度はフードファイトを断る!」

「結局断ってるな!」


 この世界の勝敗を決めるポピュラーな方法がフードファイトであることを踏まえると、フライデルがそれを持ちかけたのはわかる。

 そして更にそれを断ると断言したのは……そう、パフォーマンスだ。上げて落とし、自分もこちらに負けず劣らず強固な意志を持っていると示してるわけだ。

 これ何度か同じやりとりをすることになりそうだな……。


「――よし、わかった」

「お、ようやく素直になったな」

「コムギ、持ってきた食材を確認してくれ。フライデルはキッチンを借りるがいいか? あとできれば玄関先のスペースも」

「は!?」


 目を剥くフライデルに俺は笑いかける。


「急いでここまで来たから腹が減ったんだ、頼むよ」

「……お前、なに企んでる?」

「あはは、単純な話だ。お前がフードファイトの誘いを受けたくなるくらい美味しいものを美味しく食べてるところを見せようと思ってさ」


 ムッとしたフライデルは立ち上がると俺たちを見下ろした。

 ここで追い出されても少し離れた場所でやるつもりだ。

 キッチンを使わせてもらえなくてもその場でなんとか調理しよう。


 こんな迷惑行為、現代日本なら大問題だが――天界に土地の所有権は無いので、住居の目の前の土地を勝手に使っても裁かれることはないとハンナベリーたちが言っていた。

 土地は個々の神の所有物ではなく、高位の神々に管理権があるだけだそうだ。

 そしてその管理権も管理下にあるだけで所有権とイコールではない。あまり詳しくはないが、私有地より領土に近いものなんだろうか。


 ただし住居そのものには所有権を主張できるので、フライデルはキッチンの使用を断固拒否することができる。

 しかしフライデルはにやりと笑うと「いいぞ」と頷いた。


「やってみろよ、こちとら食事すら面倒でなにも食わずに過ごすことも多い輩だぜ」


 凄む理由としてはささやかだな……。

 だが許可は得られた。まずは調理からだ!


 ――と目を向けたキッチンは物置のようになっており、一目ではキッチンとわからない有様だった。

 なんでシンクの中に分厚い本が積まれてるんだ!?

 そしてなんでコップに鉛筆が挿してあったりするんだ!?

 白い食器が出しっぱなしなんだと思ったけど、もしかしてホコリか!?


 勢いの消えないうちに天岩戸作戦を決行するつもりだったが……仕方ない。


「まずは……」

「まずは?」

「まずは、うん、キッチンの掃除からだ!」


 フードファイトより骨が折れる作業になる気がしたが、今は気づかなかったことにしておいた。

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