第64話 風の神フライデルの家

 風の神フライデルは一言で言うなら『グータラ』な性格をした男性だという。

 そういえば双子から風の精霊の力を借りて移動する説明を受けた時にそんなことを言っていた気がする。


 そしてフライデルは「ここは元聖地だから」と距離を置く神が多い中、悠々自適に生活できる環境が揃っているし、と気にせず近場に住み着く図太さも併せ持っていた。

 彼はその性格から真っ先に日和見組宣言をし、以来どちらの勢力とも交流せずに生きているという。


「そのおかげか精霊たちも各属性の中ではもっとも協力してくれやすいですね」

「風の神がグータラなら精霊もそんな感じになるんじゃ……?」

「いえ、精霊の個性に影響はありません。フライデル様は必要最低限の指示しかしないですし、本人も風を操れるので、精霊たちはむしろ仕事が無くてもだもだしてるみたいなんです」


 だから外部から仕事の要請があると喜んで受けてるってことか。

 俺はどっちかといえば「必要ない時はたっぷり休もう!」って考え方だが、働くことが好きな人も世の中には確実に存在してるもんな。仕事の気分転換が別の仕事をすること、なんて思考の人とか。

 風の精霊たちはそのパターンなのかもしれない。

 俺はそよ風に揺れる草花を見る。


「今吹いてるこの風もフライデルが?」

「始まりはそうだと思います。わたしたちと在り方の異なる神なので完全な理解はできていませんが……」

「一度吹かせた風は各地を巡り下界にも至ると聞き及んでいますが、どのようにお役目を果たしているのかはぼくらには想像もつきません」


 概念的なものや自然現象を司る神は高位なので、とパーシモンは続けて言った。

 力のある神だからこそ、どこかの傘下に入らず自堕落なグータラ生活をできるってことなんだろうか。たしかに癖が強そうだ。


 パーシモンは真剣な顔でこちらを見る。


「ですが、悪事を働く神ではないのは確かです。それに風の神を引き入れることができれば移動や連絡も楽になるかと」

「たしかに俺は個人じゃ便利な魔法を使えないもんな。……よし、それじゃあ勧誘しに行ってみるか!」

「! 案内はお任せください!」


 今回も頼りにしてるぞ、と双子の肩を叩くとパーシモンとハンナベリーは花が咲いたように笑った。


     ***


 風の神の住処は拠点から西へ向かった先にあった。

 一軒しかないため間違えようがない。――はず、なんだが……遠目に確認した時から何度も目を疑い、二度見三度見四度見と重ねているが、目の前と言える距離まで来てもやはり再確認してしまう。


 それは一言で表すなら『ボロ屋』だった。


 荒れ果てた廃墟とまではいかないが、屋根や窓が無事な比較的新しい廃墟という域には達している。

 鉄製の門はあるし家の作り自体も西洋風の良い家なんだが、ちょっとした幽霊屋敷みたいな外観だった。


 壁はひび割れてツタが這い放題、庭の手入れもされておらず全開になった鉄門は錆だらけ、玄関の上には鳥の古巣が三個もある。

 天界は浮遊している。この高度に当たり前のように鳥がいるのが不思議だったが、ハンナベリー曰く「鳥の神が管理しているため、自然と同じように暮らしていますよ」だそうだ。


 ……と、そうやって意図的に思考を逸らしてみたが駄目だった。

 ボロ屋に目が釘付けになってしまう。


「なんか、その、凄い家だな」

「で、ですね」


 人の家をとやかく言うのはマナーが悪いが、神様の住んでいる家だと思うと色々と思うところがある。

 拠点探し中に見かけた神々が暮らす家屋はスイハの屋敷やコゲの神殿といった豪華なものも多かったが、質素なものも存在していた。

 そして質素であれ一定の手入れはされていたんだが……。


「ここ、本当に誰か暮らしてる?」


 コゲが問うとパーシモンは「そう訊かれると自信がなくなってきました……」と冷や汗を流した。


「と、とはいえ道は合っています! まずは声をかけてみましょう」

「だな」


 長く生きてると贅沢な暮らし以外をしたくなる時もあるだろう。

 それに事前に聞いたフライデルの性格を考えれば、グータラなせいでこんな有り様になった可能性もあった。もしそうなら会うのが少し怖いタイプかもしれないが。

 俺は覚悟を決めて扉をノックする。


「すみませーん! 誰かいませんかー!」


 数秒待ったが物音一つしない。

 出掛けている可能性もあるがもう一度呼び掛けておこう、と今度はやや強めにノックしながら訊ねると、ようやく重々しい音を立てて扉が開いた。


 長身の男性だ。

 明るい緑色の髪の毛を肩辺りまで伸ばしているが、毛先が奔放にハネている。

 眠そうな猫っぽい目つきは少し胡乱に見えるものの……睨んでいるように感じられるのは三白眼だからだろうか。

 ただ、そばかすの目立つ顔は親近感が湧いた。


 外見年齢は俺よりちょっと上くらいだ。

 十代後半から二十代前半といったところだろうか。そんな容姿の男性はしばらく俺たちを凝視した後、大あくびをしてから扉を閉めた。


「っていやいやいや! ここまで出てきたなら話を聞いてくれ!」

「面倒くさそうなオーラが漂ってんだよ、帰ってくれマジで」


 ここまで歓迎されないとは予想――は少しはしてたが戸惑うレベルだ。

 これは出直した方が良いか。仕方ないとはいえアポ無しだったしな。

 明日また同じ時間に訪問すると伝えればいいだろう、と退きかけたところで双子が怒涛の勢いで扉越しに詰め寄った。


「この方は我らが最高神、食事の神のお二柱です!」

「話だけでも聞いてくれませんか、風の神フライデル様!」

「……食事の神? しかも二柱?」


 ほんの少し扉が開く。

 不審げな金色の目でもう一度俺たちをじろじろ見てから、その目つきをそのまま声にしたような怪訝な声音でフライデルは言った。


「長い間食事の神はいなかったろ、それがなんで唐突に二柱もいるんだよ」

「それいつの情報ですか!?」


 ハンナベリーが嘆くようにツッコミを入れる。

 ……フライデルの『グータラ』は世捨て人に近いグータラなんだな、と俺はこの時やっと確信した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る