第63話 双子のもたらす新たな風
倒れた双子を客室のベッドに運び、水を勧めたところで原因がわかった。
ハンナベリーとパーシモンのふたりが行き倒れていた理由。それは飢餓や怪我ではなく――フードファイトによるものだったのである。
つまり食べすぎだ。
「離反するケジメとして、スイハとフードファイトしたのか!?」
驚いて発した問いに双子ははっきりと頷いた。
この世界でのポピュラーな決着の付け方がフードファイトであることは知っている。だからその点については驚きはなかったが、あのスイハが受けて立ったというのが意外だった。
「あの後、どうしてもふたりで食事の神の陣営に加わりたいと正直に話しました」
「そこでスイハ様は「ならば数々の神を束ねる者として接しましょう」とフードファイトを持ち掛け、自分に勝てば我々の願いを聞き入れると約束してくださったのです」
しかも話を聞けばスイハが受けて立ったというより、スイハから仕掛けたようだ。
ますます意外である。
「そして勝利してここまで来たものの、食べすぎて苦しかったせいで倒れてしまった、と……」
最後の最後に気を抜いてご迷惑おかけしてすみません、としょげるパーシモンの頭を撫でて俺は笑った。
怒ってなんかないってことをしっかり伝えないとな。
「いや、そこまでして来てくれてありがとう。俺たちはふたりを歓迎するよ」
「……! 食事の神……」
「今はゆっくり休んでくれ。腹が楽になったら一緒になにか食べような」
ハンナベリーとパーシモンは涙ぐみながらこくこくと頷いた。
姿は子供でも俺より大分年上なんだろうが、弟や妹がいたらこんな感じなのかもしれないな……口調はへりくだりすぎだが。
それにしても。
スイハはフードファイトに向いていないと自分で言っていた。
それをわかった上でふたりとフードファイトを行なったこと、そしてこの世界でフードファイトがどう捉えられているかを考えると――スイハも真剣に考えてくれたんだろう。
ちょっと苦手なリアクションをする神だけど、誠意のある対応に感謝しよう。
――ところで、話を聞く限りスイハはわざわざハンナベリーとパーシモンのふたりと個別にフードファイトを行なったらしいが……今後もし自陣から俺のところへ行きたいって神がいたら、全員とフードファイトするつもりなんだろうか。
いくらフードファイトでも楽しく食べてほしいから、ヤバい時は代表者を選出する形にした方がいいぞ、とスイハの屋敷のある方角を見ながら念じておいた。
「そういや……ふたりとも、どうやって俺たちの居場所がわかったんだ? まだ拠点が決まったことも知らせてなかったのに……」
「! 伝えるのが遅れましたが、拠点決定おめでとうございます! 食事の神の居場所は風の精霊に聞きました」
「空中移動の補佐だけでなく、ある程度の捜索も可能なので。地上では少々力が弱まるため、自力で食事の神のもとへの移動が必要でしたが……」
「あー……探そうと思えばいつでも探せる状態だったのか」
天界のゴタゴタが勃発したことで下界に降りた俺を探す余力がないのだと思ってたが、いつでも探せるという状態だったのも放置の理由のひとつなんだろう。
俺の存在は大切だが、逃げ出した行動自体はスイハたちにとっては些事だったんだな。
「まだまだ知らないことばっかりだ。頼りにしてるぞ、ハンナベリー、パーシモン」
「お役に立てるよう頑張ります、食事の神!」
「あ、それなんだが」
俺がそう切り出すとハンナベリーたちはふたり同時に首を傾げた。
「やっぱり食事の神って呼び名は堅苦しいな……よかったら名前で呼んでくれないか? ほら、コゲともちょっとややこしいしさ」
「は、はい! では――イイトヨシロナガ様!」
「そうじゃなくて……!」
出会った時もそうだったけど、苗字と合わせて一つの名前みたいに呼んでくるのは神にファミリーネームの概念がないからなのか?
下界では地域に根付いた一族の出身者はファミリーネームを持っている。コムギ・デリシアやビズタリート・フルーディアとかな。ただ一ヵ所に留まらず、出自が曖昧な人は持ってなかったり即席で自分で考えたものを名乗ったりもしているらしい。
戸籍の管理とかどうなってるんだろう……。
ちなみにタージュも本名にはファミリーネームがあったそうだが、没落した際に捨てたからと教えてくれることはなかった。
知らなくても友人であることは確かなので問題ない。
俺が双子に「イイトヨがファミリーネームで、シロナガが名前な。でもシロでいいよ」と説明していると、コムギがおずおずと声をかけてきた。
「前々から気になってたんですが、シロさんの本名はシロナガさんなんです?」
「あぁ……うん。コムギに会った頃はまだこっちの世界のことがよくわからなくてさ、名前で怪しまれたくなくて咄嗟にああ答えたんだ」
「じゃあこれからはシロナガさんって呼んだ方が……?」
「いや、この世界じゃもうシロで生きてきた時間の方が長いし……それに神様になってからは文字通り生まれ変わったと思ってる。だから俺はシロって呼ばれたいんだ」
コムギに名乗ったあの瞬間、俺はシロになった。
今ではこの世界で生きていくと決めた証のように感じられる。
それを大切にしたい、と伝えるとコムギは笑みを浮かべて「わかりました!」と頷いた。
「……というわけだ、ふたりもシロって呼んでくれ。これから仲間として一緒に生活するんだしさ」
ハンナベリーたちはこくこく頷くと同時に「シロ様!」と口にする。
呼び捨てでも良かったんだが、ここはふたりのやりやすいようにしてもらおう。
「よし、じゃあしばらくゆっくりしててくれ。……コゲ、部屋もこのままふたりに使ってもらっていいよな?」
「ん、いい。部屋も使われる方がきっと嬉しい」
「ありがとうございます、シロ様、コゲ様。――あっ、そうだ」
ベッドから半身を起こしたハンナベリーが言った。
「シロ様たちはこれから日和見組の勧誘に行くご予定ですか?」
「ああ、旧食事の神派の様子も窺いに行くつもりだけど、出来れば仲間も増やしたいからさ」
初めは旧食事の神派に直接話を聞きに行く予定だったが、スイハの館を発つ前に双子から管理の神バージルの話を聞いて思いとどまったのだ。
会うにしても第三勢力の地盤をある程度固めてからの方がいい。
でしたら、とパーシモンが続けた。
「この拠点近くの神から声をかけていくのは如何でしょうか」
「住処を転々としている神も多いですが定住している神も近くに何柱か居て、たしか一番近いのが――」
パーシモンとハンナベリーは窓に視線をやる。
外ではふわりと吹いた風で草花がそよいでいた。
「――風の神、フライデルです」
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