第62話 デザートはいつ食べてもいい
テーブルの上にずらりと並んだ豚肉のチーズ巻き、つやつやに炊き上がった白米、バターのせ焼き柿、赤く熟れたイチゴ。そしてたっぷりのお茶にミルク。
そのすべてを順番に眺め、わくわくしながら両手を合わせる。
「最高の食材に感謝だな、――じゃあ」
「うん」
「はい!」
三人分の「いただきます!」と同時に俺は真っ先に豚肉のチーズ巻きを口に運んだ。少し熱いがやっぱりトロトロに溶けた状態のチーズを味わいたい。こういう状態のチーズは宝だからな。
みりんや醤油等で程よく味付けされた豚肉はほんのりと甘味が感じられ、チーズとよく合った。
「……! チーズを数種類使ったのは正解だな、色んなパターンで楽しめる」
「ふふ、ご飯とも合うし美味しいですね」
「今度裏庭で畑、作る。野菜とも合いそう」
それはいいなと俺もコゲに同意する。
どれだけ天界に居るかはわからないし、早く帰りたい気持ちもある。
だがここを拠点にしたからには――美味い飯を食べられる環境を整えることは悪いことじゃない。
畑の作物も収穫するには相応の時間が必要だが、それぞれの野菜や果物を司る神が調節すれば育つ速度も早まるという。凄いな神様。
イチゴと柿を同時に美味しく味わえたのも柿の神パーシモンと苺の神ハンナベリーのおかげというわけだ。
元々健啖家なせいで『食べ物ならなんでも食べられる』が売りの食事の神だと実感が湧きにくいが、他の神様はかなり凄い異能力に感じられるな。
……うーん、そういう意味でも早くウチの勢力を拡大したくなってきたぞ。
神様が増えればそれだけ新しい食材を得やすくなるわけだ。
ちょっと目的が変わった気がするが、これは多分変わったっていうより目的が増えたんだな、うん。
そんなことを考えている間にも箸が進み、噛めば噛むほど甘くなる白米に舌鼓を打ちながらチーズ巻きを頬張る。今度はチェダーチーズのものだ。
作った甲斐のある味に満足感が沸き上がる。
やっぱり『自分で作る』っていうのも最高のスパイスの一つだった。
「あとは……」
視界の端に鎮座している焼き柿。
よく焼いたからまだ冷めてはいない。
溶けたバターも程よく中に染み込んだところだ。
俺的にはフードファイトではない食卓ではまだデザートって段階ではないけど――食べ時を逃すのは惜しい。甘味はいつ食べてもいいものだ。
それはコムギたちもそうだったようで、不意に視線が合うなりお互いに考えが理解出来てしまって思わず笑った。
「デザートを合間に食べるのもアリだよな?」
「アリです!」
「すごくアリ」
「よしきたっ!」
頷き合うなり焼き柿を箸で切り分ける。
想像以上にトロトロだ。品種によっては固いままらしいが、今回パーシモンから貰った柿は柔らかくなるタイプだったみたいだな。
皿の底には溶けたバターの一部が溜まっており、そのバター溜まりに果肉を絡めさせてから口に運ぶ。
「……! とろりとした食感で甘さが際立つ……柿の甘さをバターの甘さが後押ししてて最高のコンビネーションだな!」
「私、これ好きです……バターの他にもクリームチーズも合いそうですね?」
「あはは、それは名案だ!」
柿はまだあるからクリームチーズが手に入ったら試してみたいところだ。
食べたいから、というのもあるがコムギの笑顔を見れるからっていうのも理由としては大きい。
と、そう頬を緩めているとコゲに「にやけてる」と弄られて笑ってしまった。
にやけない方がおかしいだろ?
一度デザートを食べてしまうと『冷める前に』という理由なんてなくても唯一味わっていないイチゴが気になってしまい、艶やかな果肉につられて手に取る。
魔性のイチゴって呼んでも今ならコムギやコゲも同意してくれそうだ。
「魔性のイチゴだな……」
「ですね」
「たしかに」
同意してくれた。
練乳が無いのが惜しいが絶対にこのままでも美味しいやつだ。
あとでミルクと混ぜてイチゴミルクにするのもいい。飴でコーティングして自家製イチゴ飴っていうのも楽しそうだな。
色んな楽しみ方が思い浮かぶ食材は、良い食材だ。
それを実感しながら大きな一粒を口に運ぶと――甘酸っぱさの後に驚くほど純度の高い甘みが舌に打ち寄せ、そして爽やかに去っていった。
果肉は柔らかく、しかし種のプチプチとした食感が舌を飽きさせず……いや、違うな。
「そういや果実と思ってるのは偽果で、イチゴの果実って本当はこの種っぽいやつなんだったか」
「そうなんですか!?」
「どっちにしろ美味いから大した問題じゃないけどな」
とりあえずこのイチゴは偽果も果実もひっくるめて全部美味い!
その意見は満場一致で、主食の合間に食べるデザートは大いに盛り上がった。
しばらくそうして談笑しながら自分たちで作った美味しい料理を楽しみ、時折お茶やミルクを挟む。
そこでコゲが不意に天井を見上げて口を開いた。
「我、また自分の家で楽しく食事をできて……とても、嬉しい」
「コゲ……」
「ひとりで食べること、とても寂しかった。今はシロもコムギもいる。そして、これからはハンナベリーやパーシモンみたいに仲間も増える。それが本当に幸せ。……ありがとう」
染み入るような言葉だった。
俺はそんなコゲの頭をぽんと撫でる。
「これからは絶対寂しくなんてならない。美味いものを好きな時に好きなだけ食べて、楽しく食事しような」
「……うん」
「私もです。ずっと……は人間の身なので叶えられませんが、同じ時を共有して、同じものを食べて楽しみましょう」
「うん」
もちろん無理なく自然体でだ。コゲもそれを望んでいるだろう。
さあそろそろお開きだ。
惜しいが明日の美味しい食卓のためにも幕引きは必須。我慢が大切なのはチーズ巻きを焼いた際にも実感した。
――そんな時だ。
神殿の方から何かが倒れるような音がしたのは。
「今の音は……?」
「なにか倒れたみたいだな。そんなの神殿にあったか?」
俺たちの言葉にコゲはふるふると首を横に振った。
じゃあ誰かが来た可能性がある。ここを拠点にしたってことはまだ知らせていないが、神様なんだしなんらかの手段で知ることが出来るかもしれない。
もしくは今まで誰も使っていなかった建物に灯りがついてるのを見て様子を見にきた神とか。
「参入希望者だといいな……とりあえず様子を見に行くか」
箸を置いて席を立ち、音のした方向へと足を進める。
すると神殿のど真ん中に派手な色が見えた。周囲が白いため遠目でもわかる。それは赤寄りのピンク色と橙色をしていた。
見知った色だ。
「――ッ!? ハンナベリーとパーシモン!?」
他の誰でもない。
神殿の床に倒れていたのは、双子神のハンナベリーとパーシモンだった。
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