第61話 キッチンで腹ごしらえしよう!

 コゲはこの場所への思い入れは薄いって言ってたけれど、多分あれは友人にさえ離れられた記憶から目を逸らしたかったんだろうな。

 イスの文字をひとしきり眺めた後、ここを俺たちの拠点にすると決めてからは各部屋をじっくり見比べてから「シロたちにはこの部屋、いいと思う」と部屋を勧めてくれた。凄いこだわりっぷりだ。


「……が、ええーっと……コゲ、俺とコムギが同室っていうのは……」

「? シロ、コムギとパートナー。同じ部屋でも問題ない」


 それに今までも同じ部屋だったとコゲは不思議そうにしている。

 いや、うん、そうだけど今まではコゲと三人だったからな。今回はコゲは久しぶりに自室で眠るらしい。思い入れが薄いっていうのはやっぱり嘘だ。


 食事処デリシアではそれぞれ個室だったし、ここはもう少し心の準備がほしい。

 コムギもそう思うだろ、と声には出さずに視線をやると、なんとコムギは特に気にすることなくにこにことしていた。


「シロさん、牢屋では何日も一緒でしたし大丈夫ですよ!」

「あの時は緊急事態だったからな……!」


 今は健康そのものだし、こう、食事の神でも精神は健全な男子高校生なので色々と深刻だ。

 コムギと正式に付き合っているのだから心配は要らないのかもしれないが、どうにも足踏みしてしまう。だがその一方でコムギが気にしていないのに俺だけ変に意識するのも悪い気がした。

 俺は仕方ないなという意味を込めて咳払いをし「じゃあ各々部屋で休む前に」と口を開く。


「キッチンで腹ごしらえしよう!」

「はいっ!」

「夕ご飯、食べる」


 食材は拠点を探す道中で採取したものの他、スイハの屋敷を出る際にハンナベリーとパーシモンが「よかったらこれを持って行ってください」と渡してくれた色々な食材がある。

 ちなみに双子からはこの時に人数分のおにぎりも貰っていたが、それは初日の昼食として胃袋にすべて収まっていた。

 この拠点の居住施設にはキッチンがあるのでそこで調理が可能だ。

 俺たちは早速キッチンに移動するとテーブルに食材を並べた。


「パンと米、チーズ、バター、肉類数種、調味料各種とあと柿とイチゴかぁ」

「果物はさすがあの二柱って感じがしますね」

「こっち、ミルクもある。水は近くの湖から汲めばいい」


 コゲ曰くスイハの屋敷で聞き込みをしたところ、現在の水の神は大分大雑把だが湖の神は潔癖症であり、天界の湖の水は飲料水に適しているという。

 どうやら『綺麗な水』の基準が人間に近いみたいだな。


 肉類や乳製品をはじめとした生ものも魔法で傷むのを遅らせてあるようで、今もすべて新鮮なままだ。

 これは下界の魔石による保存より高性能で、聞けば精霊から直接サポートしてもらっているため効きが良いらしい。ただし凍らせてでもいない限り何ヶ月も保存できるものじゃないっていうのは共通だった。

 肉類だと目安は五日から一週間ってところらしい。


 俺もいつかそんな魔法を覚えられるだろうか。

 食べ物を腐らせず持ち歩けるってことに凄く浪漫を感じる。

 個人的には二足歩行する巨大ロボットに乗る夢並みのワクワク感だ。


 ひとまず飲食物に困らないのは良いことだな。

 俺は豚肉をじっと見つめながら食べたいものを思い浮かべ――片手でチーズを掴むと「よし!」とメニューを決めた。


「メインは豚肉のチーズ巻きにしようか!」


 味のイメージが一瞬でついたのか、コムギもコゲも目を輝かせて賛同してくれた。

 まず炊飯をコゲに任せ、俺は豚バラ肉でスティック状に切ったチーズを大葉と一緒に巻いていく。チーズはモッツァレラチーズとチェダーチーズの二種類だ。

 味変も兼ねてそれぞれ一種ずつ巻いたものと合わせて巻いたものを用意する。


 薄力粉をまぶすのはコムギがやってくれた。

 俺はその間にフライパンに油を引いて熱し、手の平をかざして温度を確かめてから肉巻きを焼いていく。


「ええと、前に似たのを作った時に教えてもらったけど……巻いた肉の最後の部分が下になるよう焼く方が良いんだったかな」

「はい、ばらばらになるのを防げますからね」


 間違っていなかったことにホッとしつつ焼いていると、コゲがみりんや醤油を持ってきてくれた。

 それを受け取り、料理酒や少量の砂糖と混ぜて一緒に炒める。

 ある程度火が通ったところで中心部まで温めるために弱火にして蓋をした。

 正直言って良い香りだったので蓋をして遮断してしまうのは惜しかったが、食べる時までの我慢だ。


 俺たちはその間にデザートの準備をすることにした。

 イチゴはコムギのリクエストでそのまま食べることにし、柿は――と考えたところで、あるシンプル且つ最高な食べ方を思い出して天啓を得た気分になる。


「うん、よし、焼き柿にしよう」

「柿を焼くんですか?」

「そうそう、オーブントースターは無いからどうなるかわからないけど、フライパンで試してみたいんだ」

「……温めるのに適した道具、魔石内蔵のがある。使う?」


 俺の言葉を聞いていたコゲが首を傾げてそう問う。

 願ってもない提案だ。首が取れそうなほど頷いた俺に同じくらい頷き返したコゲはキッチンの一角、石の調理台だと思っていたものをコンコンと叩いた。

 するとまるで本物のオーブンみたいにパカッと蓋が開く。


「こ、こんなギミックが!?」

「凄い……うちの村じゃ見たこともない調理道具です……!」

「これ、高価。持ち主と許可された者以外が使えないようにしてある」


 コゲは中を確かめると「ん、まだ使えそう」と親指を立てた。

 魔石でオーブントースターを再現したもので柿を焼く、そんなシチュエーションに見舞われることになるとは前世じゃ思ってもみなかったけれど――じつに心躍るシチュエーションだ。


 アルミ箔はないため、昔の食器の神が作ったという耐熱性の高い皿に上半分を切ってから更に三回分の切れ込みを入れた柿を並べて、そのまま魔石オーブントースターの中へと入れる。

 そして。


「……よし! 美味しくなりますように!」


 そう祈りながら柿の上にバターをそっと乗せ、俺は魔石オーブントースターの蓋をぱたんっと閉じた。

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