第60話 コゲの家

 俺たちの直近の目標は『第三勢力としての拠点探し』だ。


 まず初めに向かったのはコゲの見知った神が住んでいたという丘の古城だった。

 しかしコゲが途方もないほど長い時間封じられている間に神々も世代交代し、今そこには羊飼いの神と大量の羊たちが暮らしていた。

 それどころか丘すらなく、古城も住みよい一階建ての家屋に姿を変えている。


 そんな変化に特に驚いた様子を見せることなくコゲは次の候補地に案内した。


 二ヵ所目は岩山にできた天然の洞窟だった。

 かなり広く、一部は迷路のようになっているが手入れをすれば住むことが出来るはず――との話だったがこちらも長く訪れない間に落盤でも起こったのかぺしゃんこで、出入口の痕跡を見つけることすら難度が高かった。

 時間の流れって残酷だ。


 コゲは「うん、当たり前」と納得した様子で頷き、次々と色んな場所に足を運ぶ。

 俺とコムギも遠目に見えた廃屋や雨風を凌げそうな場所を探ってみたが、それらもすべて全滅だった。


 天界は広大で環境も地上に近いが、自然の脅威はそのままみたいだ。

 それらを司る神がいるとして、下手に都合のいいように弄ると反転して堕ちるからかもしれない。

 そういやスイハもあんな性格だが「早く夜になってほしいので夜の女神権限で夜にしますね!」なんてことは言わなかったもんな……。

 そうして十ヵ所ほど巡ったところで、コゲが「次は――」と口にしようとしてから言い淀んだ。


「どうした?」

「次、望み薄かもしれない。……我が昔住んでたところ」

「……! コゲの家か」


 コゲはこくりと頷く。

 最高神である食事の神の住まいは神殿のように頑丈に作られており、もしかすると今なお残っているのではないかという希望があった。

 しかしそうでない可能性の方が色濃いとコゲは言う。


「望み薄でも確認はしよう。その、もし建物が残ってなかったらコゲは見たくないかもしれないけど……」

「それは大丈夫。思い入れ、薄い」


 そうなのか? と問うとコゲはもう一度頷いた。


「我にとっては寝起きするだけの場所。食事も……初めは沢山神々がいて、楽しかった。けどすぐに寂れたから」


 王都レイザァゴで初めて会った時のことを思い出す。

 あの時に覗いたコゲの過去で、彼女は強力な食事の神という立場故に仲間も友人も親しい者すべてから距離を置かれていた。

 そうしてひとりで食べる食事は味気なく、そのショックから塞ぎ込み、絶食して堕ちるまでの生活は日常という名の作業のようだった。

 だからこその返答なのかもしれない。


(同じ場所に戻るのはしんどいんじゃないかな……ああ、いや)


 そんなことはない。

 今は俺もコムギもいる。

 もしその場所がまだ残っているなら――寂しい思い出の詰まった場所で食卓を囲んで、楽しく食事をしようじゃないか。


 俺はコゲの肩を叩くと「道案内、引き続き宜しく頼むな」と笑みを浮かべた。


     ***


 暖かな風が吹いてくる。

 草原の先に建っていたのは真っ白な神殿だった。


 柱だらけの姿は故郷で言うならパルテノン神殿に似ている。

 壁がないため寝起きできる場所には見えなかったが、どうやら奥側に石造りの居住施設がくっついているようだ。そこも真っ白だった。

 目的地はここだとよくわかる。

 俺たち三人の中で最も驚いていたのは案内人のコゲだった。


「な、なんで……」

「どうした、もしかしてあれって別の神の神殿か?」


 コゲはぶんぶんと首を横に振る。


「あれは我の神殿。――当時のままの。劣化も何もしてない。なぜ……」


 どうやらコゲが暮らしていた頃と寸分違わぬ姿形をしているらしい。

 ここに至るまでに崩れた建物を数多く見てきた。

 それらと同じくらい時間が経過しているというのに、朽ちた部分が一切見受けられないっていうのはたしかに奇妙だ。今までアテが外れても不動だったコゲが仰天するほどに。

 コムギが心配そうな顔をして俺たちを見る。


「もしかして誰か住んでるんでしょうか……?」

「最初のところもある意味そうだったもんな。――よし、とりあえず調べてみよう」


 外から見た感じでは誰かが神殿内を歩いている様子はない。

 ついでにここは天界でも辺鄙な場所のようで、道中ですら誰の姿も見かけなかった。コゲ曰く当時は賑わっていたが、敬われ距離を置かれるようになってから聖地のように扱われ、次第に居住地にする者が減っていったのだという。


 その影響が現代まで残ってるとしたら相当だな……。


 そんな元聖地に住み着いてる者がいるかは五分五分だが、どのみち確認は必須だ。

 俺たちは真っ白な神殿へと近づくと中を検めることにした。



 ――広い神殿だったが、三人がかりで調べてみると日没までに全ヵ所をチェックすることができた。居住施設にはキッチンや風呂、家主用の寝室だけでなく客室まで何部屋か作られており、お金持ちの別荘のようだった。

 家具や諸々も確認してみたが、不思議なことに埃すら積もっていない。

 再び三人合流した俺たちは各所の報告をしながら首を傾げた。


「やっぱり住んでる人は居なさそうだ。なのに埃ひとつ無いのは不思議だな……」

「私が見て回った部屋もそうでした。カビや錆なんかも見当たりませんでしたよ」

「……」


 黙りこくっていたコゲは天井を見上げるとぽつりと言う。


「ここ、建てたのは建築の神だった」

「建築の神?」

「我の……そう、我の古い友人。けれど変わってしまった友人」


 コゲは神殿の柱近くに作られた石造りのイスに近づき、その背もたれ部分を撫でた。

 復活直後はぼんやりとしていたコゲの記憶も大分安定し、故郷に戻ったことで色々と思い出したことがあるらしい。

 コゲはどこか寂しそうな表情で言った。


「友人だった頃はここで飲み交わすのが好きだった。我も、きっと相手も」

「そうか……」

「今のこの神殿、凄く高度な保護魔法がかかっている。家屋専用のもの。……こんな長いあいだ効力を保てる保護魔法をかけられるの、建築の神くらい」


 ということはコゲの古い友人がコゲの封印後にここへ渾身の保護魔法をかけたってことなんだろうか。

 そう問うとコゲは「多分」と視線を下げた。


「でもわからない。何故そんなことを、……あぁ、死後も聖地を保護するためかもしれない」

「死後……って、建築の神はもうお亡くなりに……?」


 心配げな顔をしたコムギの問いにコゲは頷き、スイハの屋敷で聞いた、と言う。

 どうやら宴の後に数柱の神に聞き込みをしたらしい。


 そして現在の建築の神は別の者だと知った。

 俺とコゲのような二柱同時に存在する状態はイレギュラーのため、普通は当代の神が役目を終えない限り新たな神は生まれ落ちてこない。

 つまりコゲの知っている建築の神はもうこの世にいないのだ。


「――いや、なんか違う気がするな」


 俺がそう言うとコゲは不思議そうな顔をして見上げた。


「保護魔法っていうのがどういうものかはわからないけど、なんというか……この空間の雰囲気って凄く優しい気がするんだよ」

「でも」

「コゲは悪い方に考えてしまう理由がある。記憶にも染みついてるんだろ? けど建築の神が保護魔法をかけた時の本当の気持ちはわからないはずだ。出来るのは予想だけ」

「……」

「ここはさ、良い方向に受け取っておいた方がいいんじゃないか?」


 良い方向? と何も思いつかないといった顔をしたコゲに笑いかける。


「建築の神は最後は誤ってしまったかもしれないけれど、友達としての思い出が詰まったこの場所を残したかったとか、あとは――」


 俺はコゲが手をかけているイスに目をやった。

 背もたれ部分には食事の神の紋章が刻まれている。その下に小さくなにかが彫り込まれていた。

 俺の視線を追ったコゲはようやくその文字に気がつき、緑色の目をまん丸にする。


『友に帰る場所を』


 彫られていたのはそんな祈りのような言葉だった。


「――お前が果てしない封印から解き放たれた時に、帰る場所を用意しておきたかったのかもしれないな」

「っ……」


 コゲは文字を指でなぞり、唇を引き結ぶと息を止める。

 本当に友達だったなら、コゲが堕ちた理由を知った時に凄く後悔したはずだ。

 この保護魔法を食事の神を敬う信者としてではなく、選択を誤った友達としてかけたのなら、漂う雰囲気もなんとなくわかる気がした。


「メリック……」


 建築の神の名か、コゲは小さく誰かを呼ぶと文字から指先を離す。


「――我、家へ帰ってきた。ここを我たちの拠点として使おう」

「あぁ、コゲが許してくれるならぜひ」

「宜しくお願いします……!」


 コゲは俺たちふたりに顔を向けると、目を細めて仄かな笑みを浮かべた。


「メリックも……我がまた友人、ここへ呼べるようになったと知れば喜ぶ。だから……シロとコムギなら、大歓迎」

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