第59話 余計なお世話だったみたいだ
スイハの宴で第三勢力の発足を宣言した翌朝。
神々の暮らす天界にも朝は来る。
ハンナベリーたち曰く、夜は夜の女神スイハが祈ると訪れ、朝は朝の女神トゥコが祈ると訪れるのだという。ということは俺たちが目覚めるよりもっと早くに起きて祈ってる神様がいるわけだ。
そこまでの早起きを毎日するのは難しいが、今日は俺もコムギもコゲも少し早めに起床し準備を整えていた。
――用意された寝室が個室ではなく三人一部屋だったため、少々どころではないほど動揺したが、なるべく顔には出ないようにしたからコムギたちにはバレていないはずだ。
この部屋はやたらと豪奢な大きい部屋だったので、スペースの問題だとか俺たちを軽んじているからとかそういった理由ではなく文化の違いみたいだ。
それにしたって焦った。拠点を確保したらそこでは個室にしよう。
今日はその拠点になる場所を探しに行く予定だ。
コゲにいくつか心当たりがあるらしい。ただコゲは神から見ても随分長いこと封印されていたので、アテがすべて外れる可能性は大いにあった。
その場合は別の方法を探らなきゃいけない。
そう考えていると部屋のドアがノックされた。
「まさかスイハか……?」
「もしスイハさんだったら、ノックせず突撃してきそうなイメージがあるんですけれど……」
コムギの中でスイハのイメージがアグレッシブすぎる固まり方をしているようだが、否定する気にはなれなかった。
もう一度ノックが響く。
もしかして俺たち第三勢力への加入希望者だろうか?
あの場で即答する神はいなかったが、一晩経てば色々と変わるかもしれない。そう思いドアを開けると――そこに立っていたのはハンナベリーとパーシモンだった。
おはようございます、とふたりは声を重ねて頭を下げる。
「おはよう、何か用事か?」
「あのっ……」
「そのっ……、ど、どうかお気をつけを!」
ハンナベリーとパーシモンは絞り出したような声でそう言った。まるで一大決心でもしたかのような顔だ。しかもよく見れば緊張で両膝が震えている。
しかしそのわりには話の内容がシンプルだ。
見送りは嬉しいが、俺は思わず首を傾げた。
「それを言うためにわざわざ? ならそこまで怯えなくても――」
「も、もう機会がないかもしれないので……その、し、食事の神。スイハ様はこれでも慎重派です」
「しかし、対抗派閥を纏めている管理の神は何をするかわかりません。なので事前にお知らせしておこうかと」
「管理の神……?」
初めて聞く神だ。というかそんなものを司る神もいるんだな。
概念的な事柄を司る神もいるから不思議じゃないが。俺だって『食事』だし。
ふたりはそれぞれ呼吸を整えると、廊下に誰もいないのを確認し、密談でもするかのように声をひそめて言った。
「はい、管理の神バージルです」
「バージルは古の食事の神を推しています。もちろん、本心からかどうかははかりかねますが……」
俺はちらりとコゲを見る。
しかしコゲも面識がないのか首を横に振った。特別古い神ではないようだ。
「あの神は恐ろしいです。食事の神が二柱いると知るや否や古の食事の神派を立ち上げ、二晩で天界の有力な神々を抱き込んだのです」
「スイハ様も負けてはいませんでしたが、所属数は多くともあちらの派閥より位の低い者が多いのが現状」
「そこに現れた第三勢力にバージルがどんな反応をするかわかりません」
どうやらかなりのやり手みたいだな。
古の食事の神派ならコゲの一声でどうにかなるかもしれないが――バージルが古の食事の神派だという思想を『スイハたちと争うための理由』として利用しているだけだとしたら一筋縄ではいかない。
テーブリア村で初めに言及した『代理戦争に見せかけたただの大きな派閥争い』がスイハより顕著なのがバージルだという可能性も高いだろう。
スイハも俺を掲げて天界に通したい主張があるんだろうが、まだ慎重派且つ俺自身に好意的なのでなんとかなっている。
だが……。
バージルが俺たちのことを知れば、都合が悪いからと消しに来るかも。
だからハンナベリーとパーシモンは心配して忠告しに来てくれたわけか。
「なるほど。ありがとうな、ふたりとも。……いつかはぶつかる相手だし、様子も見に行くつもりだったけど、俺たちが勢力として大きくなる前に正面から接触するのは危ないか」
「はい、なので最初は慎重に動いてください」
「わかった。なら初めは信頼できる人を引き入れよう」
俺はハンナベリーとパーシモンに手を差し出す。
ふたりはきょとんとした顔でそれを見た後、意味を訊ねるようにこちらの顔を見上げた。
「もしよかったらさ、パーシモンとハンナベリーも一緒に来ないか?」
「え……ええっ!?」
「直接スウカトって形で。これから所属希望者が集まってくるかもしれないけど、最初のメンバーは俺が信頼できる人にしたいと思ってたんだ」
そこでパーシモンが目を白黒させたまま舌を噛みそうになりながら言った。
「で、でもぼくらはとても下位の神です」
「そうです、初めはもっと箔の付く者でないと――」
「いや、俺はふたりがいい。こうやってわざわざ危険を教えに来てくれたんだ、信頼に値するだろ? もちろんスイハに報いたいなら諦めるが……」
不満はあれど、スイハの庇護下に入ることで救われたこともあるだろう。
ふたりは顔を見合わせると小さく唸った。
あまり困らせすぎるのもいけないな、と俺はふたりの肩に軽く手を添える。
「あはは、急な話だしすぐには決断出来ないだろうな。まあしばらくは拠点探しをしてるから、ふたりにはその間に考えておいてもらっ――」
「よよよ宜しいのでしたらついて行きます!」
「しょ、食事の神二柱のもとで働けるなら、ぜひ!」
噛みつかれるのかと錯覚するほどの勢いだった。
曰く、スイハにはもう十分に報いたという。
前にバージルの率いる旧食事の神派からの圧力から隠れるためにスイハの傘下に収まったって言っていたが、俺を迎えに下界に降りたこと以外にも様々な形で恩を返した後のようだ。
パーシモンが静かに言う。
「スイハ様も初めから我々が所属する理由をわかっています」
「それに食事の神たちの勢力ならば、あの方はわたしたちが裏切ったとは思わないでしょう」
「敵対派閥じゃなくてライバル派閥って捉えてるからか……」
俺の言葉にふたりはこくこくと頷いた。
「ただ、筋は通します。この後我々から直接スイハ様に派閥を抜ける話をしてから食事の神のもとへ馳せ参じますね」
「大丈夫か? 説得が必要なら俺もついて行くけど」
「いいえ」
いいえの声はふたり分重なっていた。
双子はにっこりと笑って言う。
「このようなことすら自分たちで出来ない神が、どうやって食事の神の役に立てましょうか」
「わたしたちのことは気にせず、食事の神は拠点探しに邁進してください」
「そうすればぼくたちも――胸を張って、そちらへ行けます」
そうか、余計なお世話だったみたいだな。
俺は笑みを浮かべるとハンナベリーとパーシモンのふたりと握手した。
待ってるぞ、という言葉と共に。
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