第56話 旅立ちの準備

 俺の思いついた案を実行するには一度天界に足を運ぶしかない。


 そのため双子へのひとまずの答えは「ついて行く」となった。

 そしてそれには沢山の準備が必要だ。

 まず王都レイザァゴで定期的に行なっていた話し合いをしばらく保留にすることになるため、その説明と現在扱っている議題にだけ注視して案を出しておいた。


 現在の議題は国と国の争いにおけるフードファイトについて。


 要するにフードファイトによる戦争なんだが、これも戦場の各所で好き勝手にフードファイトを行なうため救護が追いつかないことが多いらしい。

 追いつかなかった結果は言わずもがな。

 まさにロークァットが絶望したフードファイトの闇の部分のひとつだ。


 そこで案として俺が発案したのは『回転寿司形式のフードファイト』だった。


 見通しも良く審判やドクターの目が行き届きやすい。

 ついでにカウントもしやすい。

 どれくらいのグループに分けるのか、流す順番はどうするのか、特別ルールを設けるのかどうか等はこれから詰めていかなきゃいけないが、王族と貴族たちの感触は良いようだった。


 方法の整備目的なら『卓を徹底的に管理して料理を出せばいい』という案もあったが、俺はフードファイトを楽しめるものにもしたいので、エンターテイメント性も重視している。

 それに回転寿司なら海鮮以外も有りだしな。


 この点ではジェラットが出した戦争は代表者のみのトーナメント式にするっていうのも武闘会っぽくて楽しそうだった。


 この新しいフードファイト戦争を他国も受け入れてくれるかどうか……っていう問題もこれから考えなきゃいけないが、この国が大陸では一番強いことと、食事の神が実在することから概ね問題はなさそうだとロークァットは言っていた。

 結果、今後俺が時間をかけて浸透させていくことがひとまずの仮案となった。

 神なら下手なことをしなければ人間の何十倍も長生きするので持久戦にもってこいだ。まあ、そのぶん長い間大変な目に遭いそうだが、言い出しっぺなんだから頑張らないとな。


 そういうわけで、俺の不在中はまず回転寿司に使う機械……はまだ碌にないから、魔石を基礎に使ったマジックアイテム的なものになるのか? その設備を作成可能か試行錯誤しておくことと相成った。

 これが出来るかどうかで実現可能な範囲が決まってくるから、どのみちしばらく足止めを食らっていたはずだし丁度良かろう、というのはビズタリートの言葉だ。


 続いて俺と共に天界に向かうコムギの代役――食事処デリシアのウェイトレスについて。


 そう、天界に招待された俺とコゲの他に、旧食事の神の巫女であるコムギも来た方がいいという話になったのだ。

 コムギ本人が「私もシロさんについて行きます!」と希望したのもあるが、コムギだけ残していったところに旧食事の神の巫女だからとハンナベリーたちのように他の神が接触してきたら危ないというのもあった。

 しかしその結果、デリシアのウェイトレスやウェイターが三人一気に抜けることになったわけである。


 これはどこかで人員を雇おうと考えていた。

 コムギが攫われた際はミールが村の助けを借りつつ店を回していたが、さすがにそう何度も苦労をかけるのは気が引ける。

 ムールも仕事のついでに寄っただけなので長居はできないだろう。


 するとこの件に関してはどこで話を聞いたのか、ロークァットとジェラットからアメリアを派遣する話が来たことですぐに決定した。


 アメリアとは王都に通っている間に何度か交流したが、偶然ばったり会うくらいしか機会がないのでここしばらくはどうしているか様子もわからなかった。

 初めの頃は会うたび「兄が本当にとんでもないことをしてしまってすみません」と何度も謝られたので俺の方が恐縮してしまったくらいだ。

 まずホッとしたのはそんな彼女がジェラットたちのもとで元気にやっているということだった。


 素直で明るいし、とても働き者な上にコムギと改めて打ち解けて友達になっていたようなので、代役に打ってつけの人物だろう。

 しかもビズタリートハーレムの美女も一部「わたしたちも行きたい~!」「前に王子が迷惑かけたんでしょ?」「名誉挽回しなきゃ!」と張り切ってついてくることになった。これはなかなかに凄い面子になりそうだ。


 ちなみに給料も国から出るらしい。

 ……これに関しては俺が払いたかったが、下界を離れる理由が理由なので必要経費だとジェラットは言っていた。


     ***


「――さあ、これで憂いはなくなったわけだが……」


 俺は天高くを見上げる。

 もちろんここからではスイハの屋敷も何もかも見えはしない。


「どうやって天界に戻るんだ? お前たちも天界からそのまま落ちてきたんだよな、ハンナベリー、パーシモン」

「はい、それが一番手っ取り早いので。ち、ちょっと失敗してテーブリア村から離れた位置に着地してしまいましたが」

「天界に戻る時は専用の魔方陣を描いて風の精霊に飛ばしてもらいます。本当は風の神に直接出向いてもらった方が早いんですけど、その、風の神は筋金入りのグータラでして……」


 一応目上なのかパーシモンは小声でそう言う。

 風の神本人に出て来てもらわなくても空は飛べるというわけだ。

 空中散歩のようで少しわくわくする。魔馬まばはなんだかんだで馬に乗ってる感覚だったし、生まれ落ちた時も下界に降りた時も飛行じゃなくてマジで落下だったから浪漫もなにもなかったんだよな……。


「よし、わかった。コムギもコゲも準備はいいな?」

「はい、準備万端です!」

「我も大丈夫」

「それじゃあハンナベリー、魔方陣の準備をしてくれるか?」


 任せてください、と姿勢を正して深呼吸すると――ハンナベリーは指先で空中に赤い線を引き始めた。

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