第57話 天界の出迎え
空を飛ぶ、というより見えないパイプに吸い上げられているような感覚だったが、爽快感はなかなかのものだった。巨大ストローに吸われたらこんな感じだろうか。
ただコゲはこの方法を元から知っていたのか悠々と構えていたものの、コムギはあまりにも凄い高さとスピードに爽快感より恐怖が勝ったのか、終始俺の腕にくっついていた。可愛い。
可愛いけどずっと怯えっぱなしも可哀想だ。
早くついてくれないかなと思っていると、頭上に第二の地面が見えてきた。
「落ちてきた時はよく見えなかったけど……浮遊してる大陸って感じなんだな」
「はい。特殊な魔法で守られているので土地ごと落下することはありませんし、気候も下界とそう変わりません」
「水とか諸々はどうなってるんだ?」
「それぞれ司っている神が生み出したり、下界に落ちないよう管理していますね」
つまり下界に依存せずこの天界だけで完結しているらしい。
天界で食べたものの材料もここで作られているのかも。神様も自給自足なんだな。
ハンナベリーは天界の端に着地すると風の精霊を帰した。
久しぶりに踏みしめる地面は短い草に覆われており、少し離れた場所には花が咲いている。その花畑を分断するように流れている川には青い橋が架かっていた。
まさに天界といった雰囲気だ。
そう思ったのはコムギも同じだったようで、きょろきょろと辺りを見回しては興味深げな顔をしている。
「ほ、本当に私たちの住んでいる場所の真上に天界があったんですね……!?」
「普通の人間にとっては神話やおとぎ話のようなものでしょう? 普段は目でも見えないと思いますよ、天界は広大ですけどあまりにも離れすぎていますし――太陽の神と光の神がタッグを組んで、天界で地上が陰らないようにしているので」
「神様って本当に凄いですね!」
「ははは、まあ凄いのは高位の神々ですけれどね」
ぼくたちなんてとてもとても、と苦笑いするパーシモンたちにコムギはきょとんとした。
「私、柿も苺も好きですよ。それを地上に贈って実るようにしてくれたのは神様じゃないですか。しかも今もずっと管理をしてくれていて……これは凄いことです」
「そ、そう?」
「そうですよ!」
熱弁するコムギに気圧されつつも双子は嬉しそうにはにかむ。
その時パーシモンが突然姿勢を正した。続けてハンナベリーもぎょっとした様子で同じ反応を見せる。
ふたりの視線を辿った先にあるのは花畑の向こう側。
そこから黒いものが夜空の軌跡を残しながら近寄ってくる。
橋を渡ったところでそれが笑みを浮かべたスイハだと気づいた。初めて会った時のように黒のマーメイドドレスと大きなつばの帽子を被り、今日は瞬く星のような耳飾りと天の川のようなネックレスをつけている。
俺たちの間近までやってきたスイハは両腕を広げて言った。
「お久しぶりです、食事の神様! 夜の女神スイハがお迎えに来ましたよ!」
「あ……ああ、久しぶり」
見た目もテンションもまったく変わっていない。
スイハの元で受けた過剰な接待を思い出してつい顔に出そうになったが、あの時の苦情を言いに来たわけじゃないのでぐっと堪えた。
スイハはにこにこしながら再び口を開く。
「ここへ来てくださったということは、この私の陣営に加わってくれるということですね!?」
「いや、その希望には応えられない」
「え……!? ではわざわざ断りにここまで!?」
少し違うかな、と本題を切り出すために口にした瞬間、スイハは両手の平をこちらに向けるとぶんぶん振った。
「まだ言わないでください、もしかしたら気が変わるかもしれませんし! ね?」
「いやそんなことは――」
「気が変わった時に言い切った後では気まずいでしょう、ええ、ええ、きっとそうです。食事の神、あなたたちのために用意した宴もあるんです、せめてそれは楽しんで行きませんか?」
私のおすすめの選択肢ですよ、とスイハは強引に俺の手を握り――隣にいたコムギがムッとした顔をした。
「あ、あのっ、シロさんの話をもっとちゃんと聞いてくれませんか」
「おや? あぁ、旧食事の神の巫女ですね! 夜の色に祝福された可愛いお人じゃないですか」
「え?」
「黒髪も褐色の肌も濃い青の瞳も極上です。そうだ! あなたに似合うドレスがあるんですよ。さささ、こちらへ!」
「えっ? えっ?」
エスコートされているというポーズなのに、引きずられていると錯覚するような勢いでスイハはコムギを連れていく。
これは素なのかコムギを連れていかれると俺も行かざるをえないと見越してのことなのか判断に困るが……俺の『本題』を切り出すのは人が多いほど良い。
ここは宴にくらいは顔を出そう。
そこでハンナベリーが不安げな顔でこちらを覗き込んできた。
「い、いいんですか? 私たちが言うのもなんですが、スイハ様って凄くしつこいですよ? 四回五回と食い下がりますし」
「あはは、知ってる。まあ宴に行ったからって必ず不利になるわけじゃなさそうだ。俺は顔を出そうと思うが……コゲは大丈夫か?」
「大丈夫。それよりコムギ、視線で助けを求めてる」
見ればコムギがあほ毛をへにゃへにゃにしてこちらを見ていた。
さっき折角助けてくれようとしたんだ、これじゃ可哀想だよな。
「でもああいう顔も可愛いんだよなぁ……」
「……」
「あ、いや、べつに困り顔が可愛くてわざとこのままにしたわけじゃないぞ」
一応訂正しつつ俺はコゲたちを連れてコムギとスイハを追った。
俺が近づくにつれコムギのあほ毛に元気が戻っていったのを見て、また可愛いと思ってしまったが――これはご容赦願いたい。
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