第55話 良いこと思いついた!

 スイハの使いとして下界に降りてきたふたりは苺の神と柿の神と名乗った。


 今まで食事だとか夜だとか概念的な神ばかりで感覚がおかしくなってたけれど、このふたりみたいに果実一種一種にもそれを司る神がいるらしい。

 そういえばスイハの所にいた頃に身の回りの世話をしてくれていたのも色々な神だったな……詳しくは訊ねなかったけれど、彼ら彼女らも果実や野菜を司っていたのかもしれない。


 姉、ハンナベリーはそわそわとした様子で再び口を開く。


「じつはスイハ様より折り入ってお願いが――」

「うーん、ちょっと待ってくれ。そういう話は中でしよう」

「ハッ! 申し訳ありません、このようなどこに耳があるかもわからない場所で一方的に話してしまい……」

「いや、外でずっと寝てたから体が冷えてるだろ? 話も長くなりそうだしさ、建物の中でなにか食べながら話そう」


 スイハ絡みだと碌でもないことな気がするから、というのは一応伏せておいた。


 ハンナベリーとパーシモンは「わたしたちの体まで気遣ってくださるとは!」「恐悦至極!」と感動している。ビズタリートみたいにツンケンされるよりはいいけど、ここまでへりくだられるとやり辛いな……。

 そんなふたりを連れて食事処デリシアの中へ入り、さっきまで座っていた席に隣のテーブルとイスを合わせて腰を下ろしてもらう。

 コムギは人数分の温かい烏龍茶を配り、冷める前にどうぞと微笑んだ。


「神様が四柱も居るとかスゲーことなっちまったなぁ……。あ、酒まんじゅうはまだ沢山あるから食べてくれよ」


 そう酒まんじゅうを勧めるムールは言っていることとは裏腹にまったく緊張しておらず、完全に近所の子供に土産を勧めるおっちゃんだった。

 じつに図太いけど、旅をするならこれくらいのメンタルが必要なのかもしれない。

 ひとまず俺も酒まんじゅうの続きを味わいながら話を聞くことにした。


「それで、スイハがなんの用なんだ? しかもなんで今頃?」

「それが……これは二柱に害意あっての言葉ではないと前置きした上で聞いて頂きたいのですが……」

「最高神である食事の神が二柱も存在するというのが前代未聞でして」


 ハンナベリーの言葉を継いだパーシモンは言いづらそうにしながら俺の方を見る。


「古の食事の神が……」

「コゲ。我はコゲ」

「コ、コゲ様が復活して以来、天界は大変混乱しておりました。その末に元々あった派閥が大きく分かれたのです」


 派閥?

 そう首を傾げかけた時、そういえばスイハが自分の派閥に加わってほしそうだったのを思い出した。

 きっとあの頃から細かく分かれていたんだろう。そして混乱に乗じて更にそれが大きく分かれたってことは、小さな派閥がいくつか合併したのかもしれない。

 もしかして、とその予想を口にするとパーシモンは頷いた。


「天界は現在『食事の神派』『古の食事の神派』そして『日和見派』と大きく三分されているんです」

「俺らの知らないところで……!?」

「……我とシロ、仲悪くない。考え方も一緒。なのになぜ?」


 みんながそれを知らないからです、とパーシモンは答える。


「ぼくも、その、初耳でしたが予想の一つとしては考えていました。それぞれ掲げている神は敵対など望んでいないのでは、と」

「望んでない」

「望んでないよなぁ」


 コゲに同意しつつ俺は十個目の酒まんじゅうを頬張る。

 難しい話の時に甘味があると心安らぐからいいな。


「そんな天界へ俺たちを呼び戻すために来たのか?」

「はい。どうかスイハ様にお力添えを!」

「スイハ様は食事の神派の筆頭です、そこでシロ様……そしてコゲ様に同盟を宣言して頂ければ混乱も治まるはず! 何卒!」


 ハンナベリーとパーシモンは勢いよくそう言うと頭を下げた。

 というか、ちゃっかり片方の派閥の筆頭に収まってるのかスイハ。やっぱり油断ならない。


「……あ」


 その時、コゲがなにかに思い至ったのか、黒い前髪の向こうから緑色の目をふたりに向けてすっぱりと言った。


「これ、代理戦争に見せかけた、ただの大きな派閥争い?」

「……」

「……」

「あ〜、実際はどっちの神が頭でもいいけど、それぞれ通したい主張があるから争ってるのか」

「……」

「……」

「ここで先にコゲたちに同盟、宣言させた側になれば主張も通しやすくなる。……さすが夜の女神、今代もねちっこい」


 コゲの頃の夜の女神もこんな感じだったのか。

 なるほど、と納得していると双子は萎縮した様子で俯いてしまった。

 食事の神のために! と本気で思ってる神も居そうだが、このふたりはスイハに近しいところに居て「何かおかしいな」と思いながら活動していたのかもしれない。

 そしてコゲにめちゃくちゃハッキリ言い当てられてなにも言えなくなった、と。


(少し可哀想だけど、俺たちも利用されたくないんだよなぁ……)


 ちらりと窓の外を見る。

 いつの間にか夕日が辺りをオレンジ色に染めていた。

 こうして一日が終わる普通の毎日を過ごしたいのに、派閥争いに巻き込まれるなんて真っ平御免だ。

 断ろうと口を開いたところでハンナベリーが泣きそうになりながら言った。


「し、しかしもはや我々は止まれないのです。それに、このまま争いが続けば己の使命を果たせない神も現れ始めます」

「堕ちて反転する神がいっぱい出るってことか?」

「はい、……わたしたちのように弱小な神から堕ちるでしょう。そんなことが一斉に起これば人間界にも影響があります」


 うーん、ズルいことを言われてる気がする。


 しかし一度堕ちた神を戻すのは大変だ。

 コゲの時は俺と同じ食事の神だったから成功したようなものだし、あのままだったらたった一柱でも人間界に与える影響は恐ろしいものだったろう。

 もし堕ちたのが下位の神で影響が小さくても、そんなことが山ほど起こったら……やっとフードファイトも含めて少しずつ変わろうとしている世界も、かけがえのない日常もすべて台無しになってしまう。


「……ハンナベリー、パーシモン」

「は、はい!」

「はいっ!」

「とりあえず確認したいんだが、お前たちは仕方なくスイハの派閥に加わってるのか? 本心を言ってくれ」


 きょとんとしたふたりは顔を見合わせ、そしてしばらく言いづらそうに黙っていたものの、声を合わせると小声で答えた。


「――そうです」

「混乱に巻き込まれて堕ちないためにも、大きな派閥に身を寄せるのが一番安全だったので……」

「け、けれど食事の神を敬う気持ちは本物です!」


 そこはどっちでもいいんだけどな、と笑うとふたりはどう答えたらいいのかわからなくなったようで目を泳がせる。

 俺はイスから立ち上がると手を叩いた。


「よし、良いこと思いついた! けどこれを実行するのは色々と準備してからだ。今はとりあえず――少し早いけど夕飯にしようか!」

「え!? さっきの大量のまんじゅうは!?」

「え!? 大量……?」


 おやつだ。

 それに十個くらいなら前世でも食べれたんだが、ふたりは少食なんだろうか。そりゃまんじゅうっていっても一個が両手で持つ肉まんくらいはあるけど。

 なぜか尊敬の眼差しを向けるふたりにひとまず「お前らも食ってくだろ?」と問うと「食事の神からの食事の誘い!」「断るはずがありません!」と激しめの答えが返ってきた。

 やっぱりちょっとやりづらい。


 なにはともあれ――思いついたことを実行するためにも、明日から少し忙しくなりそうだ。

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