第三章 天界と食事の神編

第54話 新たな出会いに秋の風

 時間の流れは止まりはしない。

 それは前世でも今世でも同じことだった。

 油断しているとあっという間に季節は進み、新たな食材が旬を迎える。


 俺、飯豊白永ことシロはこの『食べること』を尊ぶ世界に転生してから二回目の秋を迎えようとしていた。

 訳もわからないまま食事の神として新たな生を受け、下界へと降りてコムギたちと出会い、食事処デリシアで用心棒をすることになり、コムギを助けに王都まで行ったり堕ちた食事の神だったコゲを助けたり――様々なことがあったが、俺は今もテーブリア村で暮らしている。

 一度は拗れたビズタリートやタージュたちとも良い関係を続けられていた。


 前世への未練がまったくないと言えば嘘になるが……この世界で新たに得た人生もまた、俺にとってかけがえのないものになっている。

 そして同じ場所に暮らし続け、時間が流れたとあらば新たな出会いがあるのもまた必然だ。


「……わぁ! 酒精の風味が餡子と混ざって美味しいですね、この酒まんじゅう!」

「あはは! まさかそんな美味そうな顔して食ってもらえるなんて、おじさん感動しちまうなぁ。土産に持ってきた甲斐があるってもんだよ」


 酒まんじゅう。

 米麹を原料とする酒精と小麦粉を混ぜて作った生地で餡子を包み、それを蒸すことで作ったまんじゅうだ。

 ふわふわの白い生地に包まれた黒い餡子のコントラストはシンプルながら目を瞠るほどのもの。甘さの中に巧みに混じった酒精の風味は酒粕を思わせる。

 一口目でそれを味わい、二口目で思わずすべて口の中に詰め込みそうになるのを堪えながら――譲歩して三口目ですべて詰め込んだ。鼻から抜ける香りが心地いい。


 そんな酒まんじゅうはコムギの伯父、ムールからもらった手土産だ。


 ミールの弟、ムールは毛質の硬い髪をオールバックにしたおじさんである。

 オールバックにしていてもコムギやミールのような長いあほ毛が飛び出しているのだから逞しい。もちろん逞しいのはあほ毛だが、本人も各地を巡り歩いているからかがっしりとした体つきだ。

 褐色の肌や髪の黒さもふたりに似ていたが、目の色はワカメのような深い緑色だった。落ち着く色だなと思う。


 ムールは行商人をしているそうで、時折こうして故郷であるテーブリア村に帰ってきては土産をくれるらしい。俺が会うのはこれが初めてだ。

 そんなムールは上機嫌で笑った。


「いやあ、しかし久しぶりに来たらコムギちゃんがこんなに大きくなってた上に婿まで取ってたなんてなぁ」

「ままままだお婿さんじゃないです!」


 俺の隣で酒まんじゅうを頬張っていたコムギがぎょっとしながら言う。

 更にその隣ではコゲがひょいぱくひょいぱくと酒まんじゅうを口に放り込んでいた。アルコール度数はほぼ無いに等しいが、普段食べている時とは少し違った雰囲気を見るに、堕ちる前は酒類も好きだったんだろうか。


 そんなシュールな光景を背負いながら否定するコムギにムールが肩を揺らす。


「じゃあいずれ?」

「も、もう、揶揄わないでくださいよムールおじさ――」

「ええ、いずれ」


 俺が間髪入れずにそう言うと、コムギは蒸し上がったかのように真っ赤になって黙り込んでしまった。

 うーん、やっぱり俺の彼女は可愛いぞ。


 心ゆくまで笑ったムールは「そうそう」と手を叩いて店の外に停めてある荷馬車を見た。

 荷馬車は三台あり、普段は先頭の一台をムール、残りの二台を弟子が操っているらしい。中には香辛料を含む様々な食材や珍しい雑貨、そしてついでの副業だという荷運び中の品が詰まっているが、今は得意先に寄ってきた後なのでかなり空いているそうだ。


「そういや途中で子供を拾ってさ」

「こ、子供?」

「迷子か何かかと思ったが、どうやらテーブリア村に用があるらしくってな。荷台に乗せてやったんだが……こりゃ疲れて寝てるっぽいな」

「それは風邪を引いたら大変ですね」


 そう立ち上がったコムギに続いて俺も外へ出る。

 冬ほどではないが、秋風は少し乾いていて冷たい。たしかにこの気温で寝こけていたら風邪を引きそうだ。

 ムールは「そんな弱っちそうには見えなかったけどなぁ」と頭を掻きつつコゲを抱えてついてきた。


 ――ちなみにムールには俺とコゲの正体は自己紹介の際に伝えてある。

 村人の大半は知っているし、俺もコムギの親類には正体を知った上で普通に接してほしかったからだ。

 人によっては話してもピンとこないのか信じてもらえないこともあったが、なんでもムールは行く先々で『地上に顕現した食事の神』についての話を色々と耳にしていたらしい。

 そして王都レイザァゴで確かな筋から同じ話を聞き、村に近づくにつれその話は具体的になっていった。


 テーブリア村の食事処にいる髪の白い少年が食事の神だ、と。


 ここを聖地にされても困るので神官信者諸々が押し寄せるのはナイファット王に頼んで出来る限り止めてもらっているが、正体を隠さず俺の情報だけ制するっていうのは難しい話だ。

 なので人の口に戸は立てられないっていうのも……これはこれでいい。

 ムールに話を信じる土台を作ってくれたしな。一長一短だ。


 ――荷台には男女の双子が肩を寄せ合って眠っていた。


 少年の方はオレンジ色の髪。少女の方はピンクに近い赤色の髪。

 髪色が違うのに双子だと思ったのは、背格好だけでなく顔つきもそっくりだったからだ。きっと目を開いたら更にそっくりだろう。


「乗せてくだけで、着いたら自由にしろって言ったんだが……やっぱり寝てたか」

「道をふたりだけで歩いてたんですか?」

「ああ、村に続く道だけど徒歩だとそこそこかかる位置だ。あの時点で疲れてるみたいだったから、それまでも延々歩いてきたのかもしれないな」


 子供を寝かせたまま放置だなんて人によっては眉を顰めるかもしれないが、無料で馬車に乗せてここまで運んできた辺り、ムールは子供嫌いってわけではないらしい。

 それに得意先の後っていってもテーブリア村でも商品を卸す仕事がある。

 そうして忙しくしている間に子供たちのことが気になっても、最初にああ言い含めていたならすでにどこかへ行ったかなと思っていてもおかしくはない。


 ムールは片腕を伸ばして双子の体を軽く揺すった。


「おーい、起きろー。お前らの目的地、とうの昔に着いてるぞー」

「ん、むむ……」

「土作りは夏からして……夏から……」

「寝言かこれ?」


 少し困惑していると突然双子がぱちりと目を覚ました。

 ムールとはまた違った緑色の瞳だ。髪色と相俟ってなんとなく『葉っぱだな』という印象を受ける。もしくは果実のてっぺんに付いたガクか。


 双子は寝起きとは思えないほど目を見開いてこちらを見た。

 その視線の中心にいるのは俺だ。

 そう感じ取れたのと、双子が一瞬で立ち上がって姿勢を正したのは同時だった。


「――ッ失礼しました! しょ、食事の神イイトヨシロナガ様ですね!?」

「そしてそちらにいらっしゃるのは古の食事の神でしょうか!?」

「……え? え?」


 食事の神だと知っているのはいい。

 でもなぜ前世のフルネームで呼ばれたんだろう、と一瞬呆けてしまった。

 下界へ降りてコムギに名前を訊ねられてからずっと俺はシロと名乗り続けているし、食事の神だと広まっているのもその名前のはず。

 すると双子は呼吸を整えてから恭しく礼をして口を開いた。


「申し遅れました。わたし、苺の神のハンナベリーと申します」

「ぼくはハンナベリーの弟、柿の神のパーシモンと申します」


 自分以外の神。

 下界に来る神は物好きらしく、そんな下界で会った俺以外の神はコゲしかいない。

 ふたりはまったく同時に片手を差し出して微笑み、そして吉報でも告げるかのように言った。


「――夜の女神、スイハ様の使いで下界に降りてきました!」

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