第53話 【番外編】食事の神のタコパ 後編
「これ、もうひっくり返してもいい?」
「うーん、まだ焼けてないからもう少し待とうか」
「こっちは?」
「それは一列丸々OK!」
俺が指でマルを作ると、ピックを持ったコゲがいそいそとたこ焼きをひっくり返し始めた。
液体を注ぎ入れた時と同じようにじゅわじゅわと良い音がする。この音ごと食べれたらいいのになぁと子供の頃に思ったことがあるが――うん、今も同意見だ。
その隣でコムギもアドバイスをしながら新しいたこ焼きに具を入れている。
野外に設置した鉄板と、神気で少し火力の手助けをした焚き火がたこ焼きパーティーの縁の下の力持ちなら、主役はきっとコゲとコムギだろう。
コゲはたこ焼きをひっくり返すのが楽しい様子だった。
しかも見様見真似だというのに零れもせず綺麗に返せている。
俺は何度か破いたりフチまでこぼれて固くなった部分――餃子で言うと羽根まで巻き込んでひっくり返してしまい、じつに前衛的なたこ焼きを作ってしまった。食べれるモヒカンが生えている。
この結果を見る限り食事の神だから料理まで上手いというわけではないようだ。
コゲが器用なのは個人の資質によるものなんだろう。
自分で作ったものが失敗作でも俺自身は美味しく食べられるけど、どうせなら大切な人や仲間たちには綺麗に焼けたものを食べてもらいたい。これは練習あるのみだ。
そう考えているとコムギがいそいそと皿に並べたたこ焼きを持ってきた。
「シロさん、これ私とコゲちゃんが焼いたんです。もしよかったら最初に食べてもらえませんか?」
「もちろん! ありがとう、コムギ、コゲ。それじゃあ……いただきます!」
受け取ったたこ焼きを爪楊枝で持ち上げ、ふうふうと息を吹きかける。
デタラメに踊っていたかつお節が一斉に同じ方向を向き、息継ぎの間に再び踊りに戻った。その光景と共に鼻孔に届いたのはフレッシュな酸味を持ちつつも甘さを感じさせるソースの香りだ。
食事の神はどれだけ熱いものでも一気飲み出来るけど、ここで冷ますために吹けばこうして最高の光景と香りを同時に楽しめるのだ。これを逃すのは惜しいだろ?
でも勢い余ってぱくりと一口で食べてしまった。
楽しみだったので仕方ない。
ふたりが焼いてくれたたこ焼きは外も中もとろりとしたもので、たこ焼きを焼く才能の片鱗を感じさせた。
そんな柔らかな中身がソースと溶け合って最高に美味しい。
コリコリとした食感をしっかりと残し、しかし決して固くはないタコもアクセントになっている。このタコも噛むと特有の甘さが感じられた。
「――っうん、おいしい! いやぁ、ふたりともたこ焼きの女神様みたいだ!」
「コゲは食事の神」
危うく噴きそうになりながら「喩えだよ」と笑っていると、もぐもぐと咀嚼していたビズタリートが口元を手で隠しつつ言った。
「ふむ、さすがメスのタコの方が美味と言われているだけある」
「メスの方が美味しいんですか?」
「娘、食事処に携わる者ならそれくらい知っておけ。まあこれは一般論ではあるが、メスの方が柔らかく甘いのだ」
へえ~、と素直に感心するコムギは特に気にしていないようだったが、代わりに俺が半眼を向けるとビズタリートはそっぽを向いて咳払いをした。
「こ、こんな片田舎の村ではなかなか新鮮な海鮮食品は手に入らない故、知識不足も仕方のないことだろうがな!」
「お前なぁ……」
「いえいえ! 魔法の保冷のおかげで目にすることも多いですし、殿下が思っているより機会に恵まれていると思います。だからこれは私の不勉強ですよ。でも……不謹慎かもですが、新しい知識を知れて嬉しいです!」
「コムギも結構強いよな!」
よくわかっていない様子のコムギの素直さは多少なりともビズタリートにダメージを与えたようで、そこからは言葉からトゲが抜けた。
二、三本といったところだが。
ただここでダメージを受けたのって、もしかするとビズタリートにはまだ後ろめたさがあるからじゃないだろうか。
「……」
ハイペースで焼けるたこ焼きを頬張りながらビズタリートを観察していた俺は「よし!」と手を叩いてからビズタリートの腕を引いた。
「そういや飲み物を用意してなかったな! ほらビズタリート、取りに行こう」
「んなっ、なんでこのボクが……」
「いいから。ミールさん、井戸を使わせてもらいますね!」
いくらでもどうぞどうぞ、という言葉に頭を下げつつ俺はビズタリートと共に店の横手にある井戸へと向かった。
しっかりとコムギたちから離れたことを確認し、店内からピッチャーを拝借してからつるべを落とす。
「なあビズタリート、なにか言いたいことがあるんじゃないか」
「む……」
「俺はさ、色々あったけどお前とは良い関係を築けていけたらなって思ってる。ああして美味しいものを一緒に楽しめたのも楽しかった。だから……」
「い、言いたいこと……言うべきことがあるなら意地を張らずに言えと?」
よくわかってるじゃん、と笑うとビズタリートは口をへの字に曲げ、しかしそれがエベレストのようになる前に力を抜くと小さく溜息をついた。
多分これは本当に意地を張ってみたが意味がないと悟った顔だ。
ビズタリートは水面に落ちたつるべを見つつ、しかし意識はこちらへ向けながら呟くように言った。
「……すまなかったな」
「え?」
「初めに兄上にお前たちのことを報告したのは、ボクだ」
「ああ、そうだろうなって思ってたけど……えっと、そうか、俺に対しても言いたいことがあったのか」
目を丸くしたビズタリートは「当たり前だろうが!」と憤慨する。
いやいやそういうつもりじゃなかったんだ、なんか申し訳ないな。
「あの件についてならもういいよ、王都で全部ひっくるめて許した」
「なんと……お人好しな……」
「でもな、村でコムギにやったことは含まれてない。それはわかってるか?」
「――わ、わかっているとも」
ようやく俺が言いたかったことに思い至ったのか、ビズタリートは視線を彷徨わせつつも頷いた。
ビズタリートのああいう強引さや女好きな側面に助けられた人も多い。
そう王都で知ったけれど、だからって逆の感じ方をした人がいなかったわけじゃない。謝ることができるなら謝って、なにか償えるなら償った方がいいだろう。
……少なくともビズタリートの性格を見る限りは。
「あの時のことに関してはコムギがどうしたいかが最優先だ。だからまずはさっきと同じように本人に謝ってみないか?」
「……」
「コムギならちゃんと聞いてくれると思うしさ」
「そ、それが問題なのだ。許されるとわかっていて謝るなど、自分が楽になりたいだけとしか思えん」
「え、意外とお堅い」
俺はぶんぶんと手を横に振る。
「いいんだよ、確実に許してくれる相手に許してもらうのが罪みたいに考えてると長生きできないぞ。それに」
「そ、それに?」
「たこ焼き、わだかまりが無くなった人たちと食べた方が美味しそうだし」
「お前ブレないな!?」
咳払いをして仕切り直したビズタリートは「そこまで言うなら仕方あるまい」と頷いた。
俺は汲み上げた水を二つのピッチャーに注ぎ、片方をビズタリートに差し出す。
「ほら、じゃあ戻ろう。多分続々とたこ焼きが焼き上がってるぞ。次はマヨネーズとか柚子胡椒で食べても良いなぁ。変わり種ならポン酢も……」
「なんとまあ……緊張していたボクが阿呆みたいではないか」
そうビズタリートに唸られたが、俺の代わりに胃袋が返事をして余計に唸られた。
笑いながら鉄板のある場所に戻る。しかし先ほどとは打って変わって村人たちで賑わう様子を見て俺はぎょっとした。
「ど、どうしたんだ?」
「あっ、シロさん! その、美味しそうな匂いにつられて覗きにきたって人たちが……」
ああ、そうか。
ここは食事処だし、新メニューにたこ焼きが加わったと思ったのか。
幸いたこ焼きの材料はまだあるし――
「……よし、パーティーは大人数の方が楽しいし、日ごろ世話になってる村のみんなにも参加してもらおう!」
「! はいっ!」
「俺も焼くのを手伝うけど、んー、そうだな、水も追加した方がいいか」
――そうビズタリートに目配せし、俺は水を追加で汲んでくるよと言ってその場を離れた。
人前で謝るのは気が引けるだろうが、ビズタリートのやったことは村人も見ていたから、多分謝るならみんなの前の方がいい。
ちょっと恨めしそうな目で見られたけど致し方ないだろう。
そうしてたっぷり時間をかけて水を汲んでから戻ると、ほっとした様子のコムギたちと、なんだか少し老け込んだビズタリートの姿が遠目に見えた。
しかしそれでも表情が少し柔らかくなったのがわかる。
うんうん、たこ焼きパーティーはこうでなくっちゃな。
満足しながらたこ焼きを焼くのを手伝い、コゲ発案のカレーたこ焼きに拍手し、最後は各々食材を持ち寄ってタコも驚くほど具沢山のたこ焼きを作った。
やっぱり楽しさは最高のスパイスだ。
――最後は、と言ったが俺個人の『最後』には追加があった。
礼をせねばなとビズタリートが焼いたたこ焼きだ。
嫌がらせの如く表面がカリカリどころかカッチカチになっていたが……俺がなんでも美味しく食べれることを、ビズタリートは知っている。
新食感だしよく噛むから味が染み出てきて美味しいな、と俺が感想を口にすると、ビズタリートはこれでは嫌がらせにならぬではないかというセリフとは裏腹に大いに笑った。
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