第52話 【番外編】食事の神のタコパ 前編

 ――たこ焼き食べたいな。


 王都での話し合いを終え、ビズタリートの操る魔馬の後ろに跨っている時だった。

 唐突にとろりとした生地の上に甘辛いソースを垂らし、かつお節や青のりをまぶしたたこ焼きが脳裏に浮かんできたのである。

 こういう欲はいつも突然湧いてくるものだ。

 前世でもよく下校途中でフランクフルトを食べたくなってコンビニに走ったり、授業中にどうしてもいくら丼を食べたくなったけど学校にそんなものがあるはずがなく、近所に提供している店もなかったのでスーパーでいくらを買って自作したものだ。もちろん自腹で。

 この世界に転生してからは比較的『食べたいものを即食べれる』という環境に恵まれていたので、この衝動に襲われるのも久しぶりだった。


「こら、何か考え事をしているな?」


 そこへ飛んできたのはビズタリートのそんな言葉だ。

 真っ直ぐ前を見ているが、どうやら俺の重心が少し後ろに傾いたのに気づいたらしい。……そういう技術の高さや勘の鋭さは王族の教育を受けた人間だなって感じられるな。性格はちょっと癖があるけど。


「ぼーっとするな、魔馬から落ちれば食事の神でもただでは済まないだろう」

「あはは、ごめん、わかったよ。ところで」

「む?」

「このあと時間あるか?」


 時間? とビズタリートは訝しみながら聞き返す。

 俺が「そうそう」と頷くとビズタリートは鼻を鳴らした。

「これは神の送迎だ、相応の時間は貰っているがそれでも暇ではなーい! ……で、何なのだ」

「お前、面倒くさいけど良い奴だな」

 率直な感想を漏らすとビズタリートはむぐむぐと何か言った後に黙ってしまった。うーん、もう少しオブラートに包んだ方が良かったか。でもそれにしては怒ってはないみたいだ。

 ひとまず俺は目的を伝えることにした。


「いや、みんなでタコパしたくてさ」


 たこ焼きを食べたい。

 それも『みんなで』食べたいのだ。

 そのためにはたこ焼きを作る材料が必要だが、一部には鮮度を保つ魔法があるとはいえ海から遠い地域では魚介類の流通がまだまだ少ない状況だ。

 その点、王族だけが乗れる魔馬のスピードなら鮮度を保ったままタコを持ち帰ることができる。

 つまりこの後たこ焼きパーティーのための材料を買いに海沿いの街に寄ってくれ、ということだ。様々な情報からその答えを導き出したビズタリートは思わずといった様子で振り返る。


「魔馬を買い出しの足に使いたいなどという申し出は史上初だぞ……!」

「やっぱダメか」

「いや行くが! お前自分の立場をわかってて言っているな!?」


 俺もそう望んでいるためビズタリートから俺への対応は前とあまり変わらない。

 しかし王族から見ても食事の神は相当な地位にあるため、本来なら口ごたえなんて出来ないらしい。後から耳にしたがジェラットと初めて会った時の問答もかなりの覚悟あってのことだったようだ。

「いや、普通にお願いしてるよ。嫌だったら断ってもいいし、そのせいで何か神罰を与えるなんてこともないからさ。でも……」

「で、でも?」

「さっき言った『みんな』にはお前も含まれてるんだけど、どうかな?」

 ぎょっとしながら目を剥いたビズタリートはぱくぱくと口を動かした後、絞り出したような、しかし大きな声で言った。


「しっ、食事の神自らの食事の誘いなど断われるか!!」

「そういうの抜きでどうなんだ?」

「……」

「……」

「……行く」


 おお、素直だ。

 なら決まりだな、と笑うと、ビズタリートは口をへの字にして前へと向き直り、海のある方角へと魔馬を走らせた。


     ***


 さすが海に面した市場だ、良いタコが数匹手に入った。

 朝一番ではないため鮮度はどうしても劣るが、それでもテーブリア村周辺ではなかなかお目にかかれないものだ。なにせ元気に生きている。


 料理人がある程度加工されたものではなく生きているタコを扱ったことがない者だと大変かもしれないが、経験豊富なミールならきっと大丈夫だろう。

 タコの他にもたこ焼きに入れたら美味しそうな食材をいくつか買い付け、早速それらを持って村へと戻る。

 ミールに相談すると二つ返事でOKを出してくれた。


「いやぁ、大きいし活きの良いメスですね! 処理をしてくるのでコムギと一緒に鉄板を出してきてもらってもいいですか?」

「たこ焼き器があるんですか?」


 俺の問いを聞き、ミールの代わりにコムギが「凄いのがありますよ!」とにこやかに答える。

 気になりつつもコムギの後を追い、倉庫に入るとコムギがその一角を指さした。

 業務用の大きな鉄板だ。たこ焼き屋でよく見かける穴の数が家庭用の比ではないものだ。なんでも昔魚介類以外でも使えるだろうと行商人から買い、しかし結局日の目を見ずに仕舞ってあったのだという。

「ふふ、シロさんのおかげで活躍の場ができました」

「それは光栄だな。美味いたこ焼きを頼むぞ」

 そうぽんぽんと鉄板を撫でて声をかけ、俺はコムギと二人でそれを倉庫から運び出した。



 食事処デリシアの厨房ではすでにミールがほとんどのタコを締め終わっていた。

 持ち帰った時より明らかに色の白くなったタコが並んでいる。タコの急所、つまり人間でいう眉間のやや下が正確に一撃で刺されているのが見える。さすがだ。

「ああ、ありがとうございます。こっちは今から内臓の処理をするところですよ」

 そう言ってミールはタコの頭部分に指を入れ、手慣れた様子で裏返してはらわたを取り除いた。

 こういったことはスピード勝負、まったく躊躇いがないのが職人って感じがする。


「パパ、何か手伝えることはある?」

「それじゃあ内臓を取ったものからぬめり取りをしてもらっていいかい?」


 手伝いを申し出たコムギは頷くと流水でタコを洗い始めた。

 ――コゲが堕ちた神から正常な神へ転じたことにより、その巫女であるコムギの料理下手も改善している。自由にのびのびと調理する姿を眺め、頬を緩めた俺はその隣に並び立った。

「俺も手伝うよ」

「……! はいっ!」

 コムギはそう嬉しげに答えると、眩しいくらいの満面の笑みを浮かべた。

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