第45話 俺は楽しいし美味いよ
コムギと一緒に温かい茶碗蒸しを食べていると「なんだこれは!? 一体全体何がどうなっている!?」と聞き覚えのある声が聞こえてきた。
――執事とメイドを引き連れたビズタリート・フルーディアだ。
ビズタリートは騒ぎの中心に居る俺たちを見つけるなりギョッとし、しかし表情を険しいものに切り替えるとズンズンと近づいてきた。
接近する間にも問い質されているような気分になる圧だ……が、相手が相手なので特に気にすることなく俺は茶碗蒸しを口に運ぶ。うん、エビはぷりぷりしてて噛むだけでも楽しいし銀杏も柔らかくて美味しい。
「今! こちらを認識したであろう! 食べるのを一旦やめろ!」
「いや食べる方を優先するだろ普通」
「お前の普通とは何だ!? そもそもバケツで茶碗蒸しを食する奴があるか!」
おかわりを頼んだら気を利かせた料理人がこれで作ってくれたんだよ。ちなみにバケツは新品だ。
ビズタリートは俺の前まで来ると相変わらずな様子でふんぞり返りながら言った。
「この騒ぎもお前と……その黒いおかしなもののせいだろう、悪の化身どもめ……!」
「あー……」
もしかして城からここへ一直線に来たから俺の噂がこれっぽちも耳に入ってないのか……?
折角美味しく食べていたのに困ったな――と思ったが、ここで追い出すのは簡単だ。食事の神云々以前にこいつの兄の名を出してもいい。
でもな、それじゃ俺の気がおさまらないんだ。
俺はそっと立ち上がるとオロオロしているコムギに微笑みかけてからビズタリートに手を伸ばし。
「お前も一緒に食おう!」
「……ッは!?」
がっしりと肩を掴んで言った。
虚を突かれたビズタリートは完全にぽかんとした顔をする。
「そういやアレルギーとかはないか? 前にフードファイトした時は色々食ってたけどお前の用意したシェフだったしさ」
「いや、そ、そのような呪いは受けていない、が」
「えー! ここってアレルギーが呪い扱いされてるのか!? この辺も理解が必要だな……あっ、まあ無いならこれ食べてみろよ、海鮮茶碗蒸し! 具もだけど出汁が最高なんだ!」
「ななななにを普通に勧めている!?」
「そう、普通なんだ」
俺は口角を上げてビズタリートと肩を組む。仲良しアピールではなく逃げるなよというアピールである。
「これが俺の普通だ、ビズタリート。さっき質問してたから答えてやったぞ」
「……っし、質問ではないわ!」
「美味いものを皆と一緒に食べる、これが俺の普通。だからお前も――おっ」
城の方から他にも歩み寄ってくる人たちが見えた。
煌びやかな衣装に手入れの行き届いた髪と肌、それぞれ個性を活かした化粧をした美女たち。ビズタリートのハーレムの女性だ。
「殿下、やっと見つけた!」
「……と思ったら、食事の神様と仲良しになってる~?」
「は、……は? 食事の神?」
「ハラペコで倒れちゃってるかもと思って探してたのに、損したわー」
「ねー」
「いやお前たち、さっき何と言っ……」
「あっ、ビズタリートさま~。これ食べてみて、砂肝の串焼きタレ味!」
挙動不審になっているビズタリートを取り囲んだ美女たちは皆、道中で手にしたものを飲み食いし腹が減っている様子は微塵もなかった。よかった、封印が解けた時に同じ敷地内にいたから気になってたんだが自力でどうにかなったらしい。
その中の一人が俺に笑みを向ける。
「まさか食事の神だったなんて思わなかったわ、でもあの食べっぷりを思い返すと納得できるかも」
「あの時はありがとう、助かった」
「ふふ、スイーツのお代を返しに来てくれるのを楽しみにしてるわ。まあ私たちのお金で買ったものじゃないけど」
そう言いながら俺の頬を撫でた女性――の向こうで、コムギが口を緩くへの字にしているのが見えて驚いた。えっ、そんな顔もできたのか可愛い。
……じゃなくて、これは唐突に訪れた危機ではないだろうか。コムギに誤解されるのは俺としてはとてもマズい。
そう思っていると女性がくすくすと笑いながらコムギに近寄った。
「あらかわいい。もしかしてあなたが『コムギ』ちゃん?」
「……っへ? えっと、あっ、はい」
「男の子が一人でお城に忍び込むくらい愛されてる~って話題で持ち切りだったのよ。うふふ、愛されてていいわね」
むくれた表情もどこへやら、一気に真っ赤になったコムギはしどろもどろになりながら言葉にならない音を発している。うん、可愛い。
女性はしばらくコムギを撫でた後、俺の手から茶碗蒸しを受け取るとウインクした。
「王子にもしっかりと食べてもらうわ。ここはそういう場所、なんでしょ? 私たちも楽しく食べたいしね」
「……! ああ、皆で楽しく食べよう。……ただ、その」
首を傾げる女性から視線をそらし、俺は足下を見る。
そこには俺の小さな恩人たちがいた。いや、この場合は恩鼠たちか。
「こいつらにも色々助けてもらって……それに一緒に美味いものを食おうって約束したんだ」
「あら、ネズミと?」
「ああ。だから彼らとも一緒に食事をしようと思う。ただ苦手な人も居るだろ、俺は誰でも……どんな生き物でも食べる権利があると思ってるけど、苦手な人がいるのも知ってる。だからそんな時は気にせず距離を……」
「たしかにそんな子もいるけど、私たちは大丈夫よ。ふふ、昔は四六時中見かけてたしね」
俺は目をぱちくりさせる。
――なるほど、やっぱり彼女たちを無理なく今の暮らしに引っ張り上げた点だけはビズタリートの良い所だな。
俺はホッとするとネズミたちにカリカリに焼いたチーズパンや新鮮な野菜をご馳走した。
ネズミたちは最初こそ俺の神気越しに「おいしー!」「これぜんぶたべていいの?」「みっかぶんたべる!」などと言っていたが、途中からは夢中になってちゅうちゅうしか鳴かなくなった。うんうん、食べてるとなんか言葉を忘れることってあるよな。
「……」
彼らにローストしたナッツを手渡しながらちらりとロークァットとタージュの様子を見る。
いつの間にか例のツインテールの女の子を加えた三人で何かを食べていた。よかった、と俺は胸を撫で下ろす。
俺とタージュの仲が修復できるかはわからないが、今この場所で同じ時間を共有しながら食事を出来ているのはとても嬉しかった。ここにタバスコメントサーカスの皆も居ればよかったのに――と思ったところで、少し離れたところから聞き慣れた演奏が聞こえてきた。
サーカスでショーをしていた時の音楽だ。
「さあさあ目を楽しませながら楽しむのも一興! ジャグリングパン食い競争をご覧あれ!」
「投げたドーナツをすべて口でキャッチするのもお見逃しなく!」
「綱渡りしながら舌鼓を打つ様子も是非セットで!」
わあわあと人垣の向こうで盛り上がっている声がする。
コムギは「ジ、ジャグリングパン食い競争?」と興味津々のようだった。あの人たちと旅をしてきたこと、あとで沢山聞かせてやりたいな。
賑やかな食卓だ。
なあ、お前もそう思わないか、と堕ちた神を見る。
堕ちた神は両手に余るほど大きなハンバーガーを持ったまま、液体をぽたりと地面に落とした。
それは空腹によるよだれではなく、目らしき部分から次から次へと湧いてくる涙だった。
俺は隣に座り直して酒麹の香る酒まんじゅうを齧りながら声をかける。
「……お前さ、あれだけ腹が減ってたのに人間を食べ物として扱わずに吐き出したろ」
俺はその気になれば人間だろうが何だろうが食べれるだろう。
それはきっと、堕ちた神も一緒だ。なのに空腹感に追い詰められながらもこいつはそうしなかった。
「本当は誰かと一緒に普通の食事をしたかったんじゃないか?」
一人で食べるのが好きな人も多い。
けど多分、こいつはそうじゃなかったんだ。
腹が減った、助けて、と言いながらこいつは一緒に何かを食べてくれる人を探していた、そんな気がした。
俺は賑やかな食卓をもう一度ぐるりと見る。
「今はどうだ、楽しいか」
「……」
「美味いか」
「……」
「俺は楽しいし美味いよ」
堕ちた神はハンバーガーにがぶりとかぶりつく。
その勢いで涙が弾け飛ぶ。
もう一口かぶりつく。
光る涙の粒は黒い煙とは似ても似つかぬものだった。
その瞬間、周囲を守るべく漂っていた俺の神気が堕ちた神の背中に触れる。なんとなくその近くに黒い煙の発生源がある気がした。
(うなじのお印――ああ、そうか)
ここか、と俺はちっともうなじに見えないが『ここだ』とわかる部分に神気を纏わせた手を添わせ、そして反転した食事の神の紋章を見つけた。教会で見たものと上下が逆で、黒く薄汚れている。
それを磨くように手を動かしたのと、堕ちた神がハンバーガーの最後の一口を食べ終わったのは同時だった。
「……!」
「……っきゃ!?」
「い、一体何だ!?」
驚くコムギやビズタリートたちの前で、空中に反転した食事の神の紋章が浮かび上がる。真っ黒なそれがカチリと再度引っ繰り返り、元の形になった瞬間堕ちた神を覆っていた黒い煙が吹き飛んだ。
僅かに焦げたような匂いが鼻をくすぐり、俺たちの頬を風が撫でていく。
そうして煙が晴れた時、堕ちた神の席に座っていたのは――大粒の涙をぼたぼたと零しながらおかわりのハンバーガーを両手に持って咀嚼する、ボサボサ髪の小さな女の子だった。
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