第36話 コムギの役目

 俺が出した『コムギと一緒ならいい』という条件はすんなりと通った。

 駄目ならどう言ってやろうかと考えていたので拍子抜けしたくらいだ。

 タージュ曰く、本来はコムギと俺をセットで拐ってもよかったが、俺に関してはとある調査をしたかったため別途近づいたのだという。

 その調査は俺が王都に着いた後、サーカス団から離れてからもしばらくは続けられる予定だったらしいが――そこで想像以上、且つ大胆すぎる行動を起こしたため予定が狂った、ということらしい。


 先ほどまで居た屋敷から狭く暗い部屋に移動させられた俺とコムギは小さなイスに腰を下ろす。

「あそこに集まった兵士の大半は何も知らない。表向きは侵入者を捕らえた形になっている」

 だからしばらくはこの部屋にいてくれ、とタージュは言った。

 ここは侵入者の一時的な留置、拘束などに使われている部屋らしい。


「……で、話っていうのは? 俺の質問にも答えてくれるのか?」


 何が目的でコムギを攫い、俺に接触したのか。

 詳しいことはそのうち話すと言っていたが、今がその時ではないのか。なにせ他にギャラリーはいないのだから。

 そう問うとタージュは「オレからじゃないって言っただろう」と肩を竦め、そして部屋の外に人の気配を感じたのかドアを開いて脇に退いた。

 現れたのは金髪に青い目をした青年だった。

 美麗な王子様、っていうのはこういう人間のことを指すんだろう。

 しかしその表情は無表情に近いもので、目線には暖かみの欠片もない。警戒する俺の隣でコムギが息をのんだ。


「ロークァット殿下……」

「会ったことあるのか?」

「はい、お屋敷にいる時に……」


 コムギの声に覇気がない。何か嫌なことをされたんじゃないか、と思うと俺は第二王子――ロークァットを睨むのを止められなかった。

 ロークァットは目を細めるようにして俺を見る。

「まるで手負いの獣だな」

「そっちこそ無抵抗の女の子を攫うなんて獣以下だ。……なんでこんなことをする?」

 そうタージュにしたのと同じ問いを再び口にすると、ロークァットは紺のマントを揺らして一歩だけ俺たちに近づいた。


「お前はこの世界をどう見る?」

「……? 一体どういう意味……」

「おかしな世界だと思わないか。フードファイトで物事のすべてを決めるなど狂っているも同然だ」


 俺は思わずきょとんとした。

 この考え方を持つ人間と会ったのはここに転生してきてから初めてのことかもしれない。

 みんな個人差はあれど、それぞれ根っ子のところで食にまつわるもの、そしてフードファイトを神聖視していた。だというのにロークァットはおかしいと断言したわけだ。

 穴開きではあるものの、前世の記憶を持つ俺としては自分には合っているが不思議な世界だなとは思う。それは恐らく隣にいるコムギよりロークァット寄りの意見だ。

 しかし。


「もっと効率的で効果的な方法があるというのに、こんな回りくどいことを盲信しているのはもはや滑稽だろう」

「効率的で効果的な方法?」

「暴力だ」


 次にそう言い放たれた言葉には理解を示せなかった。

 人間が人間に振るう暴力に関して、この世界の人々は意識しないと思考のステージに上がらないくらい縁がない。その点俺は先ほどと同じく前世の感覚のままだったが、ロークァットの言葉に頷くことはできなかった。

「皆は夢物語のように語るが、これがあればありとあらゆることを力で捻じ伏せることができる。……フードファイトなどに頼らなくてもな」

「そ……そんなことはない! 暴力で物事を解決するなんて、それこそ獣じみてる。傷つく人が増えるだけだ!」

 ロークァットは暴力をまるで……そう、前世の世界でいう『魔法』のようなものとして語ったが、そんな良いものじゃない。

 そう俺は言ったが、ロークァットは引かなかった。


「フードファイトが誰も傷つけていないとでも?」


 温度のない声だ。

 ロークァットはそのまま片眉を上げ、それを見た瞬間俺は言葉に詰まった。

「このおかしな世界のおかしな秩序を壊す、そのためにその女が必要だったのだ」

「コムギは……関係ないだろ」

 辛うじて出た声でそう言うも、ロークァットはそれに被せるようにして言葉を重ねる。

「あの不可思議な料理の失敗の仕方、お前は本当に自然と起こったものだと思ったのか?」

「え……?」

 コムギも聞かされていなかった話らしく、突如自分の料理について言及されて声を漏らした。

 ロークァットは冷たい視線のまま続ける。


「この世界のあまねくものを司るという神々。最高位に近しい神にはそれぞれ巫女がいるという。その女はその一柱の巫女である可能性が高い。そしてお前はその従者、巫女を守る獣の化身だろう」


 神に巫女。

 ――そういえばスイハの住居で与えられた本に似たことが書いてあった気がする。

 その昔、神々が今より人間にもう少し興味を持っていた頃、代弁者や下界へ降りる際の助けとして巫女を人間からランダムに選んでいたことがある、と。

 しかし今はお互い世界を分かち、ほとんど関わらずに生きている。巫女を持つ者はほぼいないそうだ。


 なのに巫女? それに一体どんな神の?


「仮にそうだとして、この世界の秩序を壊せる神なんているのか……?」

 俺が従者で獣だという予想は外れている。これは確信を持てる。

 しかしコムギが巫女であるという予想はどうかわからないため、俺は敢えて話を進めた。

「うってつけの者がいる」

 ロークァットはここで初めて口角を上げて笑う。

 そうして口にしたのは、よく耳にした神の名だった。


「数億年前に堕ちて反転し封印されたという――食事の神だ」

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