第35話 アメリオの誘い

 アメリオ?

 タージュじゃないのか?


 俺がそう混乱した表情をしていると、金髪の女の子を抱いた男はよろよろと立ち上がって――気が抜けるような満面の笑みを浮かべた。

 そして、その表情に見合った明るい声が発される。


「いやあ、すみませんシロさん! 悪趣味だったでしょ、でもあまり顔を晒せる仕事じゃないんで大目に見てください」


 ……やっぱりタージュだ。

 今度は金髪の女の子が混乱した表情をする番だったが、彼女が何か言う前に男――タージュは俺たちふたりに向かって言った。


「まさかこんな強引に入ってくるとは思わなかったんで肝を冷やしましたよ、どうやったんです? それなりの警備だったでしょ?」

「……外壁に穴があった。そこから入って、まあ、ちょっとした手助けもあってこの屋敷に目星をつけたんです」

「あちゃー、ビズタリート殿下のハーレム目当てで侵入してきた奴らが使ってたやつか、全部閉じたと思ったんだけど残ってたんすね」


 タージュは手の平で額をぺちんと押さえると困った表情をしてみせる。それはまるで日常会話の一幕のようだった。

 俺がこうして悠長に話しているのは、この間に次の手を考えているからだ。

 タージュは本人のようだが油断してはいけない。……本当はこんなこと思いたくなかったけど、そういうわけにもいかなかった。

 俺は話しながらコムギを抱き寄せ、最短の逃げ道を探すべく視線を走らせる。


「こっちの質問にも答えてもらえますか。サーカス団は? なんでこんな所でそんな格好してるんです?」


 まさかタバサやタバスコメントサーカスの団員全員で俺を騙していたんだろうか。

 それともタージュだけ何らかの理由があってこんなことをしているのか。

 一度は気を許して恩を感じた人だからこそ、俺はそれを知りたかった。できることなら本人の口から。


 兵士たちはただならぬ雰囲気を感じ取ったのか近寄ってはこないが、常に全員こちらを見ており隙をついての突破は難しそうだ。

 タージュは少し思案するような表情を見せてから答える。


「さっきあいつらが話してるのを聞きましたよね、オレは王子直属の部下なんです」

「部下……」

「訳あってそこにいるコムギさんが必要でして。で、シロさんのことも……何と言えばいいのか……とある疑いがあって、ちょっと調べる必要があったんです」

「とある疑い?」


 食事の神だとバレたんだろうか。

 それにしては反応が違う気もするが。


「そんなわけで、あなたに自然に接触するために数ヶ月前からサーカスに潜り込んでました。あのサーカスがテーブリアに訪れることは調査済みだったんで」

「潜入……じゃあサーカスのみんなは」

「あはは、安心してください。サーカスのみんなはこの件について知らないんで、マジの良い人たちですよ。詳しいことはそのうち話します、たぶんオレからじゃないですけど」


 サーカスのみんなはこの件について知らない。その言葉にタバサやイチミリアたちの顔が浮かぶ。

 他のみんなが無関係なのは嬉しい。けれど。


「……俺はあなたも無関係な人なら嬉しかったんですけどね、タージュさん」


 これが本心だ。

 目的がなんであれ初めから騙されていたらしい、というのは混乱した頭でもわかっている。

 短い間とはいえ、あそこまで良くしてくれた人間が自分を騙していたなんて思いたくなかったが――どうやら現実のようだ。


 タバスコメントサーカスを隠れ蓑に俺に近づき調査をする、そのための演技。

 もしかして今のこのやり取りでも演技をしているのだろうか。タージュの本心からの言葉なんて一度も聞けたことがなかったのかもしれない。


 タージュは片眉を上げて困ったように笑うと「ご期待に応えられずすみません」と口にした。


「オレとしてもここまで騙されてくれたなら最後まで嘘を突き通したかったんですけど、うーん、こんな短時間で正面からぶつかってくるとは思わなかったんで予定が狂っちゃいました。凄いっすね」

「嬉しくないな」


 本当にちっとも嬉しくないが、俺の無謀っぷりも無駄ではなかったらしい。

 俺は少しでも距離を取ろうと一歩下がったが、タージュは不思議と余裕を崩さず追ってくる様子もなかった。


「コムギが必要って言ってたけど……いったい何が目的なんです? コムギは何も悪いことはしてないし、何らかの理由で罰されるなら俺なはずです」

「ええ、ただの村娘ですもんね」


 もっともな疑問ですよ、とタージュは同意する。


「けど、今オレの口からはその理由を話せません。周りにギャラリーも多いですしね。……ねえシロさん」


 タージュはこちらを見たまま、しっかりと抱いていた女の子を立たせて背中をぽんぽんと叩くと、両腕を広げてゆっくりと近づいてきた。

 手には縄も武器もないが、俺はごくりと喉を鳴らして更に一歩下がる。


「プランの変更がてら、ちょっと話しませんか。――包囲も完了した頃合いですし」


 俺とコムギは目を見開く。

 両腕を広げたタージュの真後ろ、正面玄関の扉が開いて兵士たちが入ってきた。

 その後ろにも数え切れないほどの兵士たちが見える。たったふたりだけの人間に対してぶつけるには過剰なほどの人数だ。

 それだけ大切な案件ということだろうか。


「ああそうそう、言い忘れてましたけどオレの本当の名前はアメリオ。タージュは偽名です。好きな方で呼んでもらっていいんですけど、ここからオレはアメリオとして対応しますね。軽薄にするのもそこそこ疲れるんで」


 やっぱり演技だったらしい。

 今もそれを続けていたのは包囲の時間稼ぎ。奇しくも考えることは一緒だったが、相手の方が何枚も上手だったわけだ。

 そう宣言するとタージュは目を細めた。


「逃げてもいいが、逃げてる最中にその子が怪我するのは嫌だろ。大人しくついて来い」


 一気に冷え込んだと錯覚させる声音だった。兵士たちと暗い屋外にひしめく魔石の灯りを背負うタージュはまるで別人のように見える。

 俺はそっとコムギに視線を向けた。

 初めからわざと捕まって話を聞くのは案としてはあったこと。

 それにコムギが怪我をしないことを最優先にしたい。

 ――話している間に周囲を観察したが、やはり強引に抜けられる様子ではなかった。それを再確認し、俺は「わかった」と頷く。


「……ただしコムギと一緒にだ」


 そう付け加えるのを忘れずに。

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