第32話 シロは運を使い果たした!
ここに来てから不思議なことばかりだけれど、昨日は特に不思議だった。
突然『今日の仕事は部屋の掃除だけで良い』と通達があり、部屋に向かってみるとコムギさんの姿がなかったのだ。
これまでもなぜか彼女の部屋の位置が変更されることが何度かあった。
今なんて城内の一室から移動して、第二王子が所有している屋敷の中にいる。
ここも城の敷地内ではあるから環境が変わったわけではないのだけれど、今までの移動の際は私も同行していたので、ひとり置いて行かれるのは初めてのことだ。
もしかしてこのまま帰ってこないんじゃないだろうか。
そう気になりつつも与えられた仕事をこなす。
それがすべて終わって手持無沙汰になったところで「お屋敷の他の部屋も掃除しよう!」と思い立ち、移動していると――物々しい兵士に挟まれて廊下の向こうから戻ってくるコムギさんの姿が見えた。
護衛、されているのかな……?
護衛っていうよりまるで押送される囚人のように見えてしまう。
しょげた様子のコムギさんはこちらの姿を見つけると僅かに顔色を良くしたが、部屋に戻り兵士が帰った後もどこか落ち込んだままだった。
マニュアルでは相手から話しかけてきたり不都合がない限りは深入りしないように、ってあったけれど――これまで何度も話してきたというのに、ここで話しかけないのは不要な不安を与えるため『不都合がある』だろう。うん、きっとある。
私は背筋をしゃんと伸ばしてコムギさんの前に立つと「大丈夫ですか?」と訊ねた。
「アメリアさん……」
「その、何か嫌なことでもされましたか」
「……お料理を、させられました」
料理を? と予想外の答えに私は目を丸くする。
聞けば調理場でも何でもない部屋に通され、そこで第二王子――ロークァット殿下の目の前で料理をさせられたのだという。不思議なシチュエーションだ。
わざわざ調理に必要なものも部屋に持ち込まれていたらしい。
でもそれでどうしてここまで落ち込んでいるんだろう?
不思議に思っているとコムギさんは自分の手元を見下ろして呟くように言った。
「私、どうしても料理を作ると失敗してしまうんです」
「失敗ですか?」
「はい。どれだけ上手くいってても途中で必ず台無しにしてしまって……誰かに手伝ってもらっても同じなんです。ママが亡くなってからずっとこんな調子で、今日も沢山失敗してしまいました」
……私も失敗することはあるけれど、コムギさんのそれとは性質の異なるもののような気がしたので、下手に失敗例を挙げて励まさずに話の続きを聞く。
「失敗しても王子様たちはなぜか満足げだったんですけれど、食材を無駄にしたことが……申し訳なくて……」
殿下が満足げだった理由はわからない。
でもコムギさんのこの様子だと、その時に作ったものを食べてくれたわけではなさそうだ。
――もしかして目の前で破棄でもされたのかな。
そこまでいかなくても料理を手つかずのまま無駄にされてしまったなら落ち込む気持ちはわかる。
コムギさんは食べ物を大切にできる人だから。
「家で失敗した時は失敗しても自分で食べていたんです。けど今日はそんな時間ももらえませんでした。……ここに」
コムギさんは俯くと小さな声で言った。
「ここに、シロさんがいてくれたらよかったのに……」
「……」
心からの声。
私はかける言葉が見つからないまま、コムギさんの背中を出来る限り優しく撫でた。
***
夜の時間は限られている。
朝になれば各建物で働いている使用人も起きて動き始めるだろう。そうなれば今よりコムギ探しが困難になる。
そう少し速足で目的地を探していると、少し離れた建物の影から巡回中の兵士が出てきて焦った。慌てて茂みに隠れたが、昼だったら完全にバレていただろう。
(危なかった……。もしかしてあの兵士が見張ってる建物が件の屋敷か?)
葉や枝の間から覗き見る。
はっきりとは確認できないが、隣接しているのは食糧庫のように感じた。
見た目はただの小屋だが食事の神としての勘がそう言っている。絶対にあそこには質の良い大量の食糧が――ああいや、それは今はいいとして。
条件に合っているあの屋敷。あそこを調べよう。
ぱっと見の情報を信じるなら三階建てだろうか。
ところどころにバルコニーがあるが、窓はすべて閉ざされている。カーテンも引かれているのか中を見ることはできない。
もしコムギを見つけたらそのまま連れ出すか、説明してから日を改めて救出することになるだろう。そのための時間も必要になるためもたもたしてられない。
俺はまず一階の窓に開いているところがないかチェックすることにした。初歩的だがもし鍵のかけ忘れがあれば棚からぼた餅だ。
巡回兵はどうやら先ほどの一人のみのようだが――途中で増えたり、交代のタイミングでたまたま一人だった、ということも考えられる。
警戒は続けておいた方がいいだろう。
(あっちもダメ、ここもダメ、そっちは……うーん、ダメか)
窓を軽く揺らして確認していくが、そう簡単には見つからない。
最悪の場合、なるべく音を立てずにガラスを割ることになるが、こういう時に神気って使えるんだろうか。物理的にどうこうするっていうのは難しそうだが……。
そう考えていると、一つだけ手ごたえの違う窓があった。
「……?」
引っ掛かっている感じがするが、今までの鍵がかかっているものと少し違う。
周囲を気にしつつ力を込めて押してみると、内側に窓が開いてカーテンに当たった。
幸いそのカーテンのおかげで大きな音は出なかったが、引っ掛かりが取れた瞬間の音はどうしようもなかったため侵入するなら早くした方がいい。
(立て付けが悪くて開きにくくなってたのを、鍵がかかってると間違えたのか)
店の戸締り確認をする時は自分も気をつけよう、と思いつつ窓から中に入ってカーテンの隙間から様子を確認する。
どうやら廊下の端に出たようだ。
電気はないため薄暗いが、要所要所に巡回兵用と思しき燭台が設置されていた。
さて、運は良かったがここからどうしようか。
暴力沙汰にはならないってわかってるからこそだけど、このノープラン丸出しの行動は見る人が見たら凄く怒られそうだな……。
(ひとまず隠れながら情報収集して、……そうだな……もし捕まってるなら鍵のかかった部屋かな。それっぽい場所がないかチェックしてこう)
屋敷内の人間の会話を盗み聞いて、もしコムギに繋がる話題があればここにいるかどうかだけでもわかるかもしれない。はっきりすればそれだけで収穫だ。
そう思いながら廊下を進んでいると。
「あ」
「……あ」
――曲がり角で兵士と目が合った。
まったく気づかなかった。
巡回するからには中に人が住んでいる。つまりその住人の眠りを妨げないため、兵士が足音を殺す技術を磨いていても何もおかしくはない。
それに思い至らなかったことに後悔しながら、俺は回れ右をして脱兎の如く走り出した。
今日の運はハーレムと窓で使い果たしたみたいだと思いながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます