第31話 ビズタリートハーレムにて
――どうしてこうなった?
俺はそう考えざるを得ない状況に頭を抱えたが、すぐさまその手をどかされて口にミカンアイスを突っ込まれる。ちゃんとスプーンにのせられていて手つきも優しいが容赦がない。
ところどころに果肉が入っており、ぷちぷちとした食感も楽しめるアイスだ。
甘酸っぱさが最後の最後まで美味しく食べられると保証してくれている。
……のはさておき、困ったのは入れ替わり立ち替わり色々なスイーツを俺に食べさせてくる謎の美女集団だった。
正統派美少女からショートカットのワイルドな美女まで様々な女性が煌びやかに着飾り、果物やデザートが山ほど並ぶ大きなテーブルを囲んでいる。
天井は高く、壁は長い布で隠されておりまるでサーカス団のテントのようだ。
今までとは違った意味で異国じみているが――ここは、俺が四苦八苦して忍び込んだ城の敷地内にある建物の中だった。
俺はあれから城壁の一部に劣化による穴を発見し、夜を待ってそこから侵入した。
城とはいえ武力行使がものをいう世界ではないからか、城壁が薄い作りだったのも大きい。恐らく防衛目的ではなく家の生垣の上位版くらいの意味合いのものだ。
そうして侵入に成功した俺はコムギを探すべく西側にある建物を目指したんだが、候補が多かった。
その中にこの建物があり、中の様子からここはもしや後宮……ハーレムではないか、ならもしコムギがビズタリート本人かもしくはあの時と似た理由で拐われたのならこういう場所にいるのでは、と思って近寄ったんだが。
結果的にハーレムの女性たちに捕まり、なぜかこうして物珍しそうに色んなものを食べさせられている。
今はリンゴの蜂蜜漬けだ。リンゴの甘味ってどうしてこう郷愁に駆られるんだろうな……いや現状からの現実逃避のせいかもしれないが。
「すごーい、本当になんでも食べちゃうのね〜」
一番最初にこちらの姿を見つけ、そして怯えるでも逃げるでもなく持っていたバナナ入りオムレットを俺の口に突っ込んだ女性が感心しながら言った。
いや本当に最初の最初からどうしてこうなった。
「な、なんでこんな状況に……」
「バナナオムレットもらったけど〜、あたしバナナ苦手だからどうしよ〜って思ってたところだったの」
「それで見知らぬ男の口に突っ込むか普通!?」
「そしたらめちゃくちゃスルスル食べちゃったから面白くて〜」
「話が通じない……!」
浮世離れした雰囲気の女性が多くて俺は現状把握に手間取った。
……ちなみにバナナオムレットはバナナも生クリームも生地もすべて甘すぎず調和が取れており、最後にほんの少し舌が名残惜しいと感じる後味で美味だったと言っておこう。
この世界の甘いものはまだ他の食べ物より口にした経験が少なかったから新鮮だ。
閑話休題、そうしてあっという間に集まった美女たちに囲まれて俺は身動きがとれなくなったわけだ。
「っていうか俺が怖くないのか? どう見たって侵入者だろ」
「うーん、慣れてるから〜」
「ねー、王子のハーレム見たさに忍び込んでくるおバカさんが多かったもの」
「ふふ、あたしたちも気に入ったら王子に黙って遊ぶだけ遊んで追い返してたんだけどね〜」
ボードゲームしたりして〜、と女性たちは笑う。
……俺はなんとなく忍び込んだ奴に同情した。
ひとまず今回もおバカな侵入者という名のオモチャとして持てなされているところらしい。
困った状況ではあるが、警備兵を呼ばれないのは僥倖だ。
俺は両手サイズの白桃ゼリーを食べさせられながらそれとなく訊ねた。こうなったら情報収集しよう。
「ひ……ひとつ訊ねたいんだが、ここの新入りにコムギって女の子はいないか? 短い黒髪で褐色の肌をした子なんだが」
「んん~? 見たことないなぁ、褐色の肌ならベリーナとアチェリーがいるけど髪の色が違うしぃ。黒髪の子は肌の色が違うのよねぇ」
「そうか……」
「その子を探しにわざわざお城に忍び込んだの?」
俺が頷くと美女たちは色めき立って「愛だ~!」ときゃあきゃあ騒いだ。
そ、そういうわけじゃないんだが……いや、そういうわけなのか?
とりあえず深く追求すると余計に騒がれそうなので堪え、俺は次の質問をしようと口を開く。と、口にチョコ入り水まんじゅうを放り込まれた。美味い。
「むぐ……、ええと、……ここは王子のハーレムって話だけど、どの王子なんだ?」
ビズタリートは自分を第四王子と言っていたはず。
あいつ以外に似たようなのが三人はいるかもしれない。恐ろしい話だが確認くらいはしておこう。
しかし美女たちは「ビズタリート王子」と口を揃えて言った。
案の定というかやっぱりというか……上に兄が三人もいるし継承順位は低いだろうにハーレムを持ってるとか、筋金入りの女好きだったんだなあいつ……。
「そのビズタリート王子、最近変なことしてなかったか? もしくは、その、君らが何か不満に思うことがあったとか」
もしコムギをどこか別の場所に隠しているなら、そっちにかかりきりになったり訪れる時間が減って彼女らが不満に思うこともあったかもしれない。
そう思い訊いてみると、美女たちは意外なことを言った。
「ビズタリート王子? そうね、男としての風格はまるでないけど良い暮らしはさせてもらってるわ。元々貧民だった私を拾ってくれたの。だから特に不満はないわね」
「ハーレムにはそういう境遇の子が多いんですよー、見境なく女の子を愛人にするけど、本当に見境ないから長所にもなるって感じですねー」
「そもそもあたしたち、結婚が幸せの象徴とは思ってないものね〜」
「今が一番幸せかも」
……なるほど、見ようによっては無理矢理ハーレムに加えられ自由を奪われたように見えるが、本人たちの境遇によってはこの上ない救いにもなるわけか。
テーブリア村でコムギに言った言葉は許せないが、ほんの少しだけ見直しても——
「あー、でも身分には見境ないけどー」
「見た目には見境あったわね」
「好みの子にばっかり声かけるし」
「特におっぱい大きい子~」
——見直すのはもう少し延期しよう。
俺は咳払いすると美女たちを見た。
「じゃあこの辺に食糧庫ってないかな?」
「なになに、忍び込んで食べ尽くす気~?」
「そこまで飢えてはないから……! なんか、その、友達からの情報だとコムギがいる場所の近くに食糧庫があるらしいんだ」
「んー、この近くにもありますけどー、ここじゃないなら……あっ」
敬語の女の子が手をぱちんと叩く。
「来賓用のお屋敷の近くにも大きめの食糧庫があったはずですよー」
「来賓用の屋敷?」
「たしか……第一王子? あれ? 第二王子でしたっけー? とりあえずビズタリート王子以外の管理してるお屋敷ですー」
とするとビズタリート以外の仕業って線も濃厚になってきたわけか。
見知った顔以外の人間が主犯だと思うと少し不安だったが、やるべきことは変わらない。
俺は座らされていた金色のイスから立ち上がると、こちらを取り囲んでいるみんなの顔を見た。
「ありがとう、ひとまず俺の探し人はここにはいないみたいだ。他の場所も探したいから……その……警備には黙っててくれないか」
「まぁアタシたちはいいけど~」
「ねねね、もうちょっと居てよー、食べても食べてもお腹が膨らんで見えないの一体どうなってるのー? 魔法?」
「甘いものまだまだいっぱいありますよー」
カラフルな綿あめを近づけられ俺は眉をハの字にした。
ここであまり時間を食うわけにはいかない。なら食うべきは時間ではなく。
「ほらほら、マカロンも……あれっ?」
「レーズンも美味し……あれれ?」
「ここにあったカステラは~?」
――テーブルの上に所狭しと並べられていた甘いものたちだ。
ショコラケーキもアプリコットジャムのクッキーも香ばしいアップルパイもプリンも多種多様なクレープも氷菓子もシュークリームもドーナツも、その他巨大なタルトやバウムクーヘンに加え様々な果物類もすべて頂いた。
すっごいな甘いものを連続で食べるのって!
今なら自分の歯や舌すら甘い味がしそうだぞ!
「えー……勝手に全部頂いてすみません! いつかお題は払いにくるので! 俺は先を急ぎます! ってことで、じゃ!」
どうなってるの~!? と騒ぐ声は心底楽しんでいる声音だった。たぶん時間があったらすべて俺に食わせようと思っていたんだろう。自分たちのおやつを取られたとは思っていないようだ。
ひとまず敵意を向けられずに済んでよかった、とその場から急いで離れる俺の背中に声が飛ぶ。
「気をつけてね~!」
どこか抜けてる子たちばかりだったが……基本的に良い子しかいない辺り、悔しいがビズタリートの審美眼は確かなようだ。
俺は一瞬だけ振り返ると片腕を上げてそれに応え、闇夜に紛れて移動し始めた。
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